第22話 チェスト2

「改めて自己紹介しよう、魔剣士テューマ……アルグス、てめえを葬る男の名だ。冥途の土産によく覚えておけ」


 カルゴシアの街にも数少ないAランク冒険者パーティー、闇の幻影のリーダー、戦闘能力だけならアルグスさんにも負けない(と、本人は豪語する)魔と武の達人。ドラーガさんは「勇者の下位互換」と言っていたけど。


「魔導士フービエ・キーレ……アンセ、あんたはここで私が潰すわ。純粋な戦闘力なら負けない」


 以前によく分からない魔法対決でアンセさんに敗北したフービエさん。攻撃魔法のエキスパートだという噂だ。


「戦士、イザーク・ヘラト」

「アサシン、カバーマ・クス」

「僧侶、イーリ・キーン」


 一応5対5、確か闇の幻影はこの人たち以外にも補佐や二軍の人が大勢いたはずだけど、その人たちは連れてきていない、選りすぐりのメンバーってことか。


 一方こっちはドラーガさんは役に立たないから実質4人。さらに言うなら、私は……私は、どうしよう? 頭数に入ってるのかな? できれば、人間となんて戦いたくないな……


 とはいえ、これで少し心が軽くなった。


 なんせ私の軽はずみな発言のせいでテューマさん達に裏切り者の濡れ衣を着せてしまったと思っていたから。しかしフタを開けてみれば何のことはない。なぁんだ、やっぱり裏切り者だったんじゃん。心配して損した、このギルドの犬どもめ。ペッ。


 そう思いつつもメイスを持つ手に力が入る。いざとなれば、私だってやるしかない。でもその私の手にぽん、とアルグスさんが手を重ねた。


「ここは俺達三人でやる。補助魔法もいらない。マッピはドラーガを守っててくれ」

「ぺっ」


 そう言ってアルグスさんは私に背中を向け、テューマさん達の方に一歩近づく。それと同時にクオスさんが私に向かって唾を吐いた。ホントやめて欲しい。


「始め!!」


 ドラーガさんが戦闘開始の合図を出す。ホント何様なのこの人。その合図は無視して、私がドラーガさんを引っ張って部屋の隅に行き、アルグスさん達とテューマさん達の距離が縮まる。アルグスさんはまだ剣を抜く気配は見せない。


「殺すなよ……」


 アルグスさんは二人にそう言って無造作に近づく。


「大地の精霊ノームよ巌の如き加護の片鱗を我らに、アースガード!」


 敵の僧侶、イーリさんが呪文を詠唱すると地面からキラキラと光が湧き出し、テューマさん達の身体を包む。他にも何やら連続して呪文を詠唱すると辺りがキラキラと光る。本当なら私も同じように魔法でアルグスさん達をサポートしなきゃいけないけれど、「必要ない」と言われた以上、ドラーガさんを守る様にメイスを構えて立つのみ。せめてけが人が出たら迅速に手当てをしないと……


 しかし事態は目にも負えないような速度で展開した。テューマさんは背中に担いでいた両手剣を構え、一気に突っ込んでくる。


「フレイムフュージョン!」


 叫びと共に振りかぶった剣に炎が宿る。魔法剣だ! だがそれよりも早かったものがある。


 いかに炎を纏おうが、補助魔法で筋力や防御力が高かろうが。


 それら全てを無にかえす力。


 単純な突進力。


 誰よりも早く。


 そして誰よりも力強く。


 シールドバッシュ。


 肘と前腕、それに肩で固定した盾で相手に突っ込み、同時に頭突きで補助をする。


 まるで高速で突っ込んでくる戦車チャリオットに跳ね飛ばされたかのように、長身ではあるが細身のアルグスさんの突進を受けて一回りほども大きなテューマさんが吹き飛ばされる。両手剣も離してしまっている。おそらく意識を失っているのだろう。


「むお!?」


 すぐ後ろに居た戦士イザークがそれを受け止める。その隙間に一陣の黒い風。アサシンのカバーマが左手に持ったダガーでアルグスさんの急所を狙うが……


「あっ……クッ!?」


 正確に前腕部を矢が貫く。この混戦の中で、敵を殺さずに無力化する正確な射撃、クオスさんのショートボウの一撃だ。


「天地を焦がせ! 煉獄の炎!!」


 テューマさんが吹き飛んでスペースの空いたところにフービエさんが魔法による攻撃を加えようと呪文の詠唱をする。


「ヘルファイア!!」


 一方のアンセさんは……


「んんんんんんん~ッ!!」


 え……詠唱は……?


「チェストーーーーーッ!!!!」


 部屋の隅に下がっていた私達の身体が引き寄せられる。耳がキーンと鳴る。そして…


 フービエさんの炎を、フッとばされたテューマさんとイザークさんを、アサシンのカバーマさん、僧侶のイーリさん、ついでに一番前にいたアルグスさんを。全てを突風が吹き飛ばす。


 全員が壁に叩きつけられ、最後にそこにアルグスさんが蓋をするようにドシン、とぶつかり、ドサドサと床に落ちた。


「ふしゅううぅぅぅ~……」


「す……すごい」


 実質アンセさん一人で全員( +アルグスさん)を倒してしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「う……む……」


 私は大慌てでアルグスさんに駆け寄り、彼の身体を背負ってテューマさん達から離れて治療を始める。気を失っているとはいえさすがにテューマさん達の近くで治療をするのは少し怖い。


「う……あり、がとう……」


 私がヒールの魔法で治療をするとすぐにアルグスさんは上半身を起こした。どうやら胸骨が折れてたみたいだけど無事だったようだ。アンセさん無茶苦茶するなあ。


「しまった、テューマ達は!?」


 慌てて首を部屋の奥の方に向けるアルグスさん。しかし時すでに遅し。テューマさんは一足先に意識を取り戻し、扉を通って部屋から出ていくところだった。壁から近かった分アルグスさんよりもダメージが少なかったんだ。最後尾にいたフービエさんが部屋を出る時に捨て台詞を残す。


「これはアンセの持ってるロッドと私のロッドの性能の差だ! 同じ装備なら絶対に負けなかったからな! 覚えてろ!」


 このロッド、壊れた椅子の脚ですけれども。あと3つアジトに予備がありますけれども。


 しかしアルグスさんが彼らを追おうと扉に差し掛かった時だった。黒い影、そして閃光。


「ムゥッ!?」


 ガキィン、と金属音がした。何者かの攻撃をぎりぎりでアルグスさんがトルトゥーガで受け、後ろにバックステップする。


「へぇ、よく今のを受けたね」


 扉に何かがぶら下がっている。扉の向こう側の天井から背中を向けて、そのまま反り返って顔をこちらに向けている人間……いや、人間じゃない。


 その人影は天井から飛び降り、くるん、と廻って足音をほとんど立てずに着地した。


「ボクの名は、魔族四天王の一人、獣王ヴァンフルフ」


 2メートルほどの巨躯、寝間着のような簡素な服を破いて覗かせている野太い手足はごわごわした剛毛に包まれている。大きく裂けた襟元から生えている首の上にはオオカミの顔。


「見ての通りライカンスロープだ、コンゴトモヨロシク……」


 アルグスさんは慎重に、視線を外さずにショートソードを抜く。テューマさん達と戦っていた時は抜かなかったものだ。ライカンスロープはモンスターの中ではかなりのメジャーどころ。そこまでの強敵ではないけれど、アルグスさんが警戒するほどの使い手なのだろうか。


 私達はアルグスさんのサポートをすべく彼のもとに集まる。慎重にアルグスさんが間合いを詰めようとするとヴァンフルフは口を開く。


「今テューマ達を殺られると困るんだよねぇ……」


「テューマ達はこんな魔物まで味方に引き入れてるのか……お前らの目的は何だ!」


 アルグスさんが怒鳴りつけるとヴァンフルフはニヤリと笑った。……なんか、違和感がある。


「ふふ、それは言えないなあ……どうしても知りたいなら……」


「いや、いい。お前を殺してすぐにテューマを追いかけて聞き出してやる」


「ま、まあ待て待て。どうしても言わないとは言ってないよ! こう……なんだろうなあ……」


 ヴァンフルフは顎に手を当てて考え込む。


「こう……うん、違うな……どう言ったらいいかな」


 長い。


「ちょ、ちょっと待って! いや、頭の中にはあるんだよ?  だけど、なんていうかうまく言語化できないというか……」


 時間稼ぎしてる?


  ヴァンフルフがああでもないこうでもないと言ってるうちに、ドラーガさんがクオスさんの肩をちょいちょいと叩いて、小声で話しかけた。


「おい、なんか弱そうだし全員で一気にやっちまおうぜ」

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