第23話 獣王ヴァンフルフ

「いいか? 不意打ちで一気にやっちまえ。アルグスの陰に隠れて魔法と矢の準備をしろ。クオスは右から。アンセは左からだ。やれ!」


 この人は自分では何もしないくせにこういう所は……とはいえ、正直この作戦には私も賛成だ。なんだか、この四天王、自分に自信がないのか……適当に話を長引かせてテューマさん達を逃がそうとしてるとしか思えない。


「いいかい? そもそもこのムカフ島は、1万年ほど昔の火山活動によってできた山であって……」


 なんか全然関係ない話を始めた気がする。アンセさんとクオスさんもドラーガさんの作戦に賛成だったようで、アルグスさんの陰に隠れて静かに襲撃の準備を整える。


 二人息を合わせ、調子を整え、一気に飛び出し、同時に仕掛ける。


「くらえッ!」

「ファイアボール!!」


 クロスファイア攻撃。防御に優れたこの陣形の攻撃により話を通していないアルグスさんにも準備をする一瞬のが生まれる。


「わぁッ!?」


 突然の攻撃にヴァンフルフは垂直に飛び上がる。後ろに下がるかと思ったけど、まさか空中とは。


「トルトゥーガ!!」


 しかしそれは好都合。翼もないモンスターが空中で動きを制御することは出来ない。アルグスさんの盾が回転を始め、そして空中のヴァンフルフに狙いをつけ、放つ。私とドラーガさんを落とし穴から救った時の技、鎖を持ったうえでの盾の回転投擲!


「ひっ!?」


 しかし異様な動きでヴァンフルフはそれを躱した。この広間は4メートルほどの高い天井だったが、空中で反転したヴァンフルフは天井を蹴って、元居た場所に着地。


 まずい、まだトルトゥーガの鎖が伸びきったまま! ヴァンフルフはその鋭い爪、最初にアルグスさんを襲った爪での斬撃を……決めるかと思ったらすぐに横っ飛びに逃げた。それとほぼ同時にヴァンフルフがいた場所にズンッ、と、トルトゥーガの縁が突き刺さる。アルグスさんがトルウーガを引き戻したんだ!


「おのれちょこまかと!」


 悪役みたいなセリフを吐き捨てて、アルグスさんは鎖のついたトルトゥーガを縦横無尽に振り回す。私達はそれに巻き込まれないように慌てて距離を取る。一方ヴァンフルフは……


「なんなのこの武器怖い!!」


 そう一言いうと、広い部屋の中を縦横無尽、それこそトルトゥーガ以上に。壁に天井に床にドアに、超高速に鞠のように跳ね回り、動き回る。目算でトルトゥーガの倍ほどの速度がありそうだ。すでにゴーレムを倒した時のようにトルトゥーガの縁には刃が現れており、少しでも触れれば四肢を捥ぐだろう。しかし十分に安全を取った距離で飛び回り、全く狙いをつけさせない。


 振り回されるトルトゥーガの中、クオスさんも弓矢で援護するものの、しかしやはりヴァンフルフを捉えられない。


 そんな中、アンセさんだけは不動の構えで部屋の出口にずっと狙いを定めている。


 この臆病な四天王が部屋から逃げ出そうとすれば、そこを焼き尽くしてやろうという構えだ。


「やり方が汚いよッ!!」


 どうとでも言って。命がかかってるのに汚いもくそもない。と、思うのがこちらの甘さだったのか。


 ヴァンフルフはあえてアルグスさんに正面から突っ込んできた。トルトゥーガと交錯、紙一重で躱しそのままアルグスさんに……


 攻撃を加えるかと思ったらショートソードを構えたアルグスさんをパス、狙いはこの私だった。


 まずい、やられる!


 そう思ってメイスを持つ手に力がこもる。ヴァンフルフと目線が交差する。


 しかしヴァンフルフは直前で横っ飛びに私を避けた。なぜ!?


(危ない! 無防備なふりをしてメイスでカウンターを食らわせる気か!!)


 ヴァンフルフの跳んだ先にいたのは、よりにもよってドラーガさん。いや、最初からこれが狙いだったのか。


「え?」


 ドラーガさんは間抜けな声を出し、ヴァンフルフに頭を鷲掴みにされる。まさか! 握りつぶされる!?


 しかしヴァンフルフはそのままドラーガさんの身体を投擲する。その射線上にはアルグスさん、そしてアンセさん。やられた! 二人が巻き込まれて吹き飛ばされる。


「ぜはーっ、ぜはーっ……!!」


 力なく跳躍して、荒い息を吐きながらヴァンフルフは扉に手をかけてこちらを振り返る。


「な……なんてやつらだ、勇者……命がいくつあっても足りない……はぁはぁ、もう二度と戦いたくない……」


 どちらかというとこっちの方がヴァンフルフのスピードに翻弄されていたような気がするんだけれど、正直もう駄目だ、って何度か思ったし。なんて慎重な奴。


「アルグスさん、ケガはないですか!」


 とにかく無事でよかった。アルグスさんは大して息も切らしておらず、ケガもないようだった。


「クソッ、あいつめ! 僕はすぐに追う。僕を見失わないようについてきてくれ!」


 どういう体力してるんだこの人。挙句の果てには「僕を見失わないように」とくるとは。すぐに駆けだすアルグスさんを目で追いながら、私は意識を失ってるドラーガさんにヒールをかける。


「そんな奴ほっといて! すぐ行くわよ!」


 アンセさんはそう言うがさすがに放っておくわけにもいかないでしょうに。


「うぐ……まだ奥に進むのか……? もう今日は休んだ方がいいんじゃないのか」


 それに引き換えドラーガさんの体力の無さ。この人だけ今日何にもしてないぞ。私はドラーガさんの手を引っ張って先行するクオスさんとアンセさんの後を追って走る。


 トーチの光は私を中心に発しているため先の方は暗くて見えないが、たまにガンガンと音がして、少し遅れて石が飛んでくる。どうやらヴァンフルフが石を投擲してアルグスさんをけん制しながら逃げてるみたいだ。


 視界のその奥、うすぼんやりと火花とアルグスさんの後ろ姿が見える。


 こんな真っ暗な中で先行して敵を追うアルグスさんもとんでもないし、ここまで逃げに徹するヴァンフルフも凄い。戦わないならいったい何のために出てきたんだろうか。


 ……それはもちろんテューマさんを逃がすためか。


 ギルドだけじゃない。テューマさん達はダンジョンに巣食う魔族とどんな約定を取り付けているのか。このダンジョンにいったい何があるのか。


「もうやだ……しんどい……休もう……」


 鬱陶しいドラーガさんの泣き言を後ろに聞きながら彼の手を引っ張って、私は必死でアルグスさん達に遅れまいとついていく。もうホントに置いてっちゃおうかなコイツ。


 と思ってたらぐい、と手を引っ張られた。なんなの!?


「もう無理だって言ってんだろうが! なんで引っ張るんだよ!」


 うわ……逆切れしやがった……


「もう……はぁ、はぁ……こんな無理な行軍なぁ……」


 しんどすぎて急には止まれないのか、ドラーガさんはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら歩き回る。こんな事をしてる間にも置いて行かれてしまうかも……と思ったら視界の端にアルグスさん達が映った。どうやら待っててくれるのか、それともヴァンフルフを見失ったのか。気づけば私達は少し大きめの部屋にたどり着いていた。


 周りには大きな彫像がいくつもある。なんか嫌な予感。


「ほんっとお前ら体力馬鹿でさあ……おぇ」


 えづきながらドラーガさんが体を休めようと壁の出っ張りに手をかけた。その時……


 ガコン、と音がして……


 ズンっ……


 私達が入ってきた入り口が、岩戸で塞がれた。

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