第5話 入団試験

「そんなことがあったんですか……」


 ほんの一週間前、このS級パーティーで起こっていた追放劇……というのも少しおかしいか、正確に言うと追放未遂劇。


 私はメッツァトルのリーダー、勇者アルグスさんからその一部始終を教えてもらって、ようやくこの異様な空気、ドラーガさんが喋るたびに微妙な雰囲気になる理由を知ることができた。


 私がアルグスさんの目を見ると、アルグスさんも真っ直ぐに見返してくる。アルグスさんの端正な顔立ち、その中心にある真っ直ぐなまなざしが、それが冗談ではなく、事実であったのだと物語ってくる。


「つまり、『賢者』ドラーガ・ノートさんがパーティーの足を引っ張るため追放しようとしたんだけど、組合の力が強く、明確な背任行為などがないとそれができない、っていうことなんですよね?」


 私がアルグスさんに尋ねると彼はこくりと頷いた。アンセさんとクオスさんも神妙な面持ちで静かに頷いた。


 にわかには信じがたい話だけど、組合によって冒険者の生活が支えられるとともに、時としてこういう障りもあるのか。私はちらりと視線を外した。


 そして、最も信じがたいのは……


「ハハハ、まあ過去の話だ。お前が気にすることじゃないさ、マッピ」


 特に自室にこもったりして席を外すこともなく、普通に今の話を平気な顔してドラーガさんが横で聞いているということだ。どういうメンタルしてるんだこの人。ちょっとは気にしろ。


「ということでね。悪いけれど、いくら貴重なヒーラーと言っても、実技試験もなく仲間に入れることはできないのよ。『前例』があるからね! いくらかわいい女の子だからってそこはしっかりやるわよ、いいわね?」


 憎々し気な視線をドラーガさんに向けながらアンセさんがそう言った。私は少し赤面してしまう。アンセさんみたいな綺麗な『大人の女性』に『かわいい』なんて言われると、言葉の綾だとしても照れてしまう。


「『かわいい』ってのは言葉の綾だからな?」


 うるせーこのやろう。


 即座にいらない補足を入れたドラーガさんに私は心の中で突っ込む。うん、まあ、ここまでの流れだけ見ても、この人ホントに『いらん一言』を言う人だな。


 けど、そこでふと私の脳裏には一つの疑問が沸き上がった。


「あのぅ……ドラーガさんが加入した時には実技試験とかやらなかったんですか? 面接だけで加入を決めてしまったんですか?」


 私がその質問を発すると、やはりまた一様に思い空気が場を支配した。しまった、聞いてはいけない質問だったんだろうか。でも気になる。それに命を預ける仲間を選ぶのに実力を全く見ないなんてことがあるんだろうか。


「まあ、いろいろあったんだよ……」


 アルグスさんが重い口を開いてゆっくりと話し始めた。


 それは、1年ほど前の事だったという。



――――――――――――――――



「えっと、じゃ、じゃあ、キミがドラーガ・ノートさんで間違いないんだね?」


 緊張を隠しきれていない口調で僕、アルグスはメッツァトルの拠点を訪ねてきた男に訪ねた。声がかすれてしまう。


 正直言ってこういった、全く知らない人をパーティーに迎えるのは初めてだ。今までのメンバーは元々知り合いだったり、そのメンバーが連れてきたり、知り合いの紹介だったりといったものだったので、こうしてギルドを通して面接をするなんてなかったからだ。


「いかにも」


 その、バンダナをした長髪の男は腕を組んで椅子に座ったまま、落ち着いた態度で頷いた。面接される側なのにえらいデカい態度だとは思ったが、しかしむしろその時の僕にはこの堂々たる態度は頼もしくも感じたし、それだけの態度が許される人物だと思っていた。


 なぜなら……


「その、ギルドの資料だとクラスが『賢者』とあるけど、これは本当なんだよね?」


 その男、ドラーガは大げさに両手を広げて「ハッ」と笑って答えた。


「おいおい、ギルドの資料を疑うのか? それとも俺が文書偽造をしたとでも?」


 そう、ギルドの文書は公文書ではないものの、偽造すれば重罪となる信憑性を持つ確かなものだし、『クラス』もまた偽ることはできない。なぜなら、クラスは自己申告でも試験があるわけでもない。自動で判別されるからだ。


 各地のギルドの中でも比較的大きな拠点には『クラス判別』のための、魔力の込められた銅板タブレットが存在する。それは当然僕たちの滞在するカルゴシアの町にあるギルド拠点、『天文館』にも存在して、それが判別ミスをすることは決してないからだ。


 銅板に手を当ててギルドの職員が呪文を唱えると判別が始まる。例えば賢者なら「格闘と魔法どちらが得意か」「攻撃魔法は使えるか」「回復魔法は使えるか」などをフローチャート式に次々と内部で自動的に判別されゆく。


 賢者の主な特徴としては、『魔法を使って戦闘する』『攻撃魔法が使える』『回復魔法が使える』『補助魔法が使える』『複数の属性魔法を別々に同時に制御できる』などがある。


 特に最後の条件が厳しく、これこそ『賢者の証明』であるとも言われる条件であり、これをクリアして『賢者』の称号を受けたものは歴史上数人しかいないとか。手前味噌で悪いが、僕の『勇者』と同じくらいレアなクラスだ。


「疑うわけじゃないけど、『勇者』がいるパーティーともなると寄生して甘い汁を吸おうなんて奴も多いのよ。気を悪くしないで」


 隣にいたアンセがそう言った。まあ、本人の僕からは言いづらいけど、つまりそういうことだ。そして、このパーティーに迎える初めての回復職が賢者というのも正直言って少しできすぎた話だから、最初から疑ってかかってたのだ。


「ちっちっち……」


 ドラーガがおどけるようにしながら右手の人差し指を立て、自分のこめかみのあたりで左右に振りながら目をつぶって話す。


「疑り深いねえ……実に臆病だ……」


 一瞬バカにするようなことを言って言い逃れするつもりなのかと思ったが、違った。ドラーガが目を開けると人差し指の先にボッ、と火が灯った。


「だがその臆病さがいい! 死地で生き残るのは常に臆病者だ。俺から見て、あんたたちはどうやらのようだな」


 その言葉を聞いた時、僕にはバカにするような話し方への怒りよりも、驚きの方が大きかった。


 試していたのは僕たちの方だったはずなのに、実は僕たちが試されていたのか、という事態に畏怖の念すら覚えたからだ。


 しかし魔法の炎は指先で小さく灯っているだけ。正直言ってこの程度の魔法ならちょっと優秀な子供でもできる。そう思って僕が口を開きかけた時だった。

 ドラーガは次に中指を立てた。


「欲しいのは賢者の証か? それとも俺の力か?」


 今度は中指の先に白銀の、球状の光が灯る。


「これは……間違いない、聖属性の魔法……ッ!!」


 アンセが震えながらそう呟いた。攻撃魔法と回復魔法、そしてそれらを同時に扱える。賢者の証だ。しかも話に聞けば普通はもっと離れた場所、たとえば右手と左手で発動させるというのに、人差し指と中指という、極めて近い場所で同時に発動させている。こんな高等技術は伝承の中ですら聞いたことがない。


「アルグス、勇者と賢者が揃えばこの世界に解けない謎はない」


 次に薬指を立てて、魔法を発動した。小さな風切り音と共に細かい塵やほこりが渦巻くのが見える。今度は風魔法だ。三属性の同時発動。こんなのは聞いたこともない。


「俺とお前で世界の謎を全て解き明かし、この世界をクソ退屈なものに変えてやろうぜ」


 ドラーガは最後に小指を立てた。指の先にポツン、と小さい水の玉が現れ浮いている。水属性。


「うそ!? 火と水の属性を同時に発動させるなんて! 人間業じゃない!!」


 アンセは冷や汗を流しながら恐怖に震えている。反対属性を同時に扱えるものなのか、その実力は魔法にあまり精通していない僕でも十分に理解できた。


 ドラーガは全ての魔法を消すとパンパンと両手を叩いた。


「まっ、ざっとこんなもんさ」


 ドラーガ・ノートは足を組んで座ったまま。汗一つかいていなかった。

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