第6話 最大出力

「んん~……」


 ドラーガさんの実技試験の話をアルグスさんから聞いたけれど、少しして私は『重要な点』に気付いた。


「あれ? でもその実技試験の時、ドラーガさんは2種類どころか4種類の魔法を同時に、しかも片手でそれら全てを制御して見せたんですよね? じゃあ確かに実力があるってことなのでは? それが何で役立たず扱いされてるんですか!?」


 そう、当然気になるのはそこである。私は聖属性魔法一種しか使えないから分からないけれど、4種の魔法を同時に、しかも聖属性も交えて制御、それも片手の4本の指で、なんてはっきり言って聞いたこともないような神業だ。


 それなのに今のドラーガさんが無能扱いされて荷物持ちをしてるってどういう事なんだろう?


「もしかして、何かトリックを使って同時に魔法を出してるように見せかけてたとか、そんなオチでもあるんですか?」


 しかしアルグスさんは暗い顔で首を横に振った。


 横に振ったという事は……否定という事。でも顔は暗いまま……どういうことなんだろう? 実際ドラーガさんはパーティーの戦力にはなってないけれど、トリックではないってことで……例えば何か制約があって常に賢者としての実力を扱えるわけじゃないとか……? 賢者モードの時しか力を使えないとか?


「あの時はまさか思いもしなかったんだ」


 静かな部屋の中、アルグスさんは呟くようにそう言った。何を思いもしなかったというのか。


「あの指先の魔法が、まさか最大出力だったなんて」


「え?」


 最大出力? 指先に炎を少し出すだけで?


「ドラーガはどんなに頑張っても集中しても、指先に少し魔力を出すくらいしかできないんだよ! とても戦闘で使えるレベルの魔法じゃないんだよ!」


 な、なるほど……確かにそりゃ戦闘で役に立たないわ。


 で、でもこれはきっとアレよ、きっと創作物、小説とか伝説とかではよくある、旅の途中で成長して爆発的な魔力を得て、元々の特性だった賢者の力と相まって最強になるとか……」


「あれから一年、何とかして使い物になる様にって魔力の鍛錬を私が指導したけど、一向に強くなる気配はないし」


 アンセさんがため息をつきながらそう言った。


 ……あ、でもアレだ、きっと土壇場になると威力が弱くても複数の魔法を同時に使える能力をうまく利用して危機を脱するような見返しイベントが! メドローアみたいな、って、指先程度の魔法じゃどうしようもないか……


「肝心の回復魔法も一週間で治る擦り傷が3日程度でかさぶたがはがれる、って程度のお粗末なもんだし……」


「何言ってるんだ、超便利だろう!!」


 アルグスさんの言葉にドラーガさんが反論した。この空気で反論できるメンタルが凄い。便利は便利だけれど、便利程度の力で戦闘の役には立ちません。


「あれは、絶対アンセさんのリアクションのせいですよね……」


 それまで沈黙を保っていたクオスさんが苦笑いしながらそう言った。


「魔法のエキスパートのアンセさんがが物凄く大げさに驚いてたから、『そういうもんなんだ』って皆ビビっちゃったんですよ」


 この中で一番若く見える。外見的にはローティーンくらいのクオスさんだけど、結構言いたいことははっきり言うみたいだ。エルフだし、見かけよりも年を取ってるんだろうか。


 ところで、私は私で一つ気になることがあった。


「あのぅ、まず、実際にその『反対属性』を同時に使うってそんなに神業なんですか?」


 元々聖属性一種類しか使えない私にはそこが分からない。アンセさんが少し考えこんでからそれに答える。


「うぅん……どうなんだろ? 私は火属性と風属性しか使えないからそれを試せないんだけど……っていうか、そもそも複数の属性を同時に使える人自体がいないから正直言うと分からないのよね」


 そうだった。そもそもそれが『賢者』の条件なんだからサンプルが少なすぎて凄いのかどうかもよく分からないんだ。アンセさんはそのまま言葉を続ける。


「だから正直言って四属性同時発動も、それを体の近い部位で発動することも、凄いのかどうかがまず誰にも分からないのよ。試そうにも誰もできないから」


「何言ってるんだ、誰が何と言おうと俺様は天才だぞ?」


 この人ちょくちょく会話に割り込んでくるなあ。目の前で自分の能力の批評されてて、いたたまれないとか気まずいとか、そういうの一切思わないんだろうか。


 ある意味賢者としての能力よりもこの鋼のメンタルの方がこの人の真骨頂のような気がしてきた。


「と、いうわけでだ」


 そう言いながらアルグスさんが自分の腰に差してる剣を抜いた。


「いまから僕がドラーガを切り殺すから、マッピさんはそれを回復してみてくれ。実技試験だ」


 ん?


「聞こえなかった? まあいいや、とりあえず殺すから、見てて」


 え? いやマジ? というか、アルグスさん目がイッちゃってる……


「いや、アルグスさん! 何をする気ですか! 切り殺すとか、仲間を切るのもアレですけど、さすがに死んだ人は蘇らせられないですよ!!」


「何言ってるんだ、やってみなきゃわからないだろう! 男は度胸! 何でもためしてみるのさ!!」


 これはあれか、とうとう不満が爆発してしまったのか、とにかく私はアルグスさんを抱きついてとめて叫んだ。


「だ、ダメですって!! ドラーガさん、逃げて!!」


「……アレ?」


 アルグスさんを抑えたまま私は後ろを振り向く。返事がない。ドラーガさんは……いなかった。


 ……え? いつの間に?  ドアを開け閉めする音なんて聞こえなかったけど。そう思ってるとクオスさんが口を開いた。


「 ドラーガさんならアルグスが剣の柄に手をかけた瞬間部屋に戻りましたよ? 凄い速さでした」


 え? 剣の柄に手をかけた瞬間ってアルグスさんが『と、いうわけでだ』って言ってた辺り? 確かにその辺だったらまさかこんな展開になるとは思ってなかったからドアの音にも気づかなかったかもしれないけど……逆にあの時点でこうなることを予測してたってこと?


 いくら何でも判断が早すぎない?

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