第133話 ティアグラ仕置屋敷

「実を言うと、今回全然ビジョンが浮かんでねえ」


屋敷の正門に向かいながらドラーガさんが呟く。


 ビジョンが浮かんでないというのは救出の方法が、という事だろうか。参ったな。場所は完全に相手のホームグラウンド、力づくで調べようとすれば不法侵入やその他の罪に問われて捕まる可能性がある。


 一番いいのは探しに来た私達に気付いてクオスさんが自ら救助を求めてくれることなんだろうけど、そう上手くいくかどうか。もういっその事屋敷の前まで来たら大声でクオスさんを呼んでみようかしら。


「クオスに助けを求める気があるんなら、そんな方法もとれるだろうがな……」


 ?


 どういう事だろう? クオスさんは屋敷に囚われているんじゃないの? もし自分の意思でいるというんなら、どんな理由があって?


「完全に俺のミスだ……アルテグラとの会食の時に、あいつの変化に気付くべきだった」


 ドラーガさんが自分を責めるような事を……? しかしそれを問いただす間もなく門の前につく。両脇にいる門番は流石に槍の穂先を私達に向けてきたりはしないものの、しかし緊張した様子で構える。門の内側にいる警備兵が何人か走っていくのが見えた。ティアグラに知らせに行くのだろうか。


「ここに……」


 堂々たる立ち振る舞い。


 決して驕ることなく、そして恐縮する様子もなく、アルグスさんは言葉を紡ぐ。


「クオスがいるはずだ。話がしたい。出してくれ」


 そうだ。真っ直ぐにそう言うしかない。アルグスさんとアンセさんの実力ならば、強行突破、この屋敷を破壊し尽くしてクオスさんを救出することもできるかもしれない。


 でもそんなことをしたら私達は犯罪者になってしまうし、何よりこの屋敷の警備をしているのは「孤児院」の「卒業生」、言い換えてみればみんなティアグラの被害者なのだ。私達からすれば彼らも助けなければいけない対象でもある。


「こんな時間に来て何を言っている。ここにはそんな奴はいない」


 すっ、と槍が水平に突き出される。どうやら門番は私達を敵と認識したようだ。しかし二本の槍がその穂先を夕暮れの陽の赤い光を返してもアルグスさんは怯んだりしない。


「刃を向けるな……僕たちは、仲間を取り戻したいだけだ」


 言葉は柔らかいが、しかし鬼気を孕む声。盾にも剣にもアルグスさんは手を伸ばしてはいないが、その迫力に怯えた門番は槍の穂をアルグスさんの顔の前にまで突き出す。


 危険だ。


 そこまでの事をしたら、アルグスさんが反撃したとしても咎められることはない。恐怖のあまり、この門番達は冷静な判断ができなくなっている。


「あらあら、随分物騒ね。落ち着いて、あなた達……」


 ふうっと、私は思わず大きく息を吐きだした。どうやら緊張のあまり息を止めてしまっていたらしい。緊張を解いたのは、どこか優しさを感じさせるほどの穏やかな女性の声。


 夕日の光を受けてオレンジ色に輝く美しい髪。均整の取れた美しい肢体、シンプルながら美しい白いドレス。年齢は感じさせるものの、しかしそれでも美しい三十代くらいの女性。こいつが悪魔ティアグラか。


「クオスさん……確かメッツァトルのメンバーの……エルフの方だったかしら?」


 当然ながら、ティアグラはシラを切りとおすつもりのようだ。


「そうだ。この屋敷にいるという噂を聞いた」


 明らかにこちらの主張が弱い。不躾に屋敷を訪ねておきながら「噂を聞いた」だけでは……


「仲間思いな方なのね……」


 笑みを見せるティアグラ。それは余裕の笑みか。


「誰か知ってるかしら? エルフの女性の方らしいんだけど……この屋敷で保護している人にそんな子がいたかしら?」


 笑顔のまま警備兵の人達に視線をまわすが、しかし当然ながら彼らも首を振る。


「と言っても納得されないでしょうし、屋敷の中を探されますか? もし、そのクオスさんという方がこの屋敷にいて、助けを求めているのなら、きっと見つけ出せることでしょう」


 え? 中に入っていいの? というかもしかして自由に屋敷の中を調べていいんだろうか? それならさすがに見つけられるはず……もしかして本当にこの屋敷にはいないの? イチェマルクさんの誤情報?


 ぎり、と歯噛みする音が聞こえた。私はすぐ隣にいたドラーガさんに視線を移す。


 彼は、眉間に皺をよせ、歯を食いしばっていた。



――――――――――――――――



「アルマー、お前はここで待っていろ」


「し、しかし……」


 当然アルマーはイチェマルクと共に屋敷に侵入するつもりであったが、しかし彼はここでの残留を言い渡された。だが考えてみれば当然の事。忍びの者であり、「夢幻」を使えるイチェマルクについていくことなど常人には不可能。足を引っ張ることになるのは確実なのだ。


 イチェマルクの鋭い視線に、アルマーは渋々頷くしかなかった。


 その瞬間、靄が発生して、イチェマルクの姿が歪んだ。


 ばさりと、彼の着ていた衣服がその場に落ち、代わりに現れた霧が昇っていき、塀の上に集まって、そしてそれは人の形をとった。


 ぶらん。


「心配するな」


 塀の上から見下ろす偉丈夫。


 しかし真上なので見上げるアルマーの位置からは角度的にちん〇んしか見えない。


「レタッサは必ず取り戻す。俺を信じろ」


 ちん〇んはそう言うと、再び霧になってぶらん、と、屋敷の中へ消えていった。



――――――――――――――――



二時間ほどが経っただろうか。


私達がティアグラの屋敷を捜索し始めてから。もはや、屋敷の隅から隅まで調べているとは思う。敷地の中は池があったり、通路が途切れていたり、離れがあったりで、中々思うように進めない迷路のような屋敷だった。


途中、隠し扉が無いか、怪しいところは全てくまなく調べたつもりであったけど、全て「外れ」だった。


「気は済んだかしら、メッツァトルの皆様方?」


 正門付近まで引き返してきた私達に、ティアグラが穏やかな笑みで話しかける。本当に、本当に何の手がかりもなかった。


「ドラーガさん……」


 私は思わず彼を頼ってしまう。しかし彼の横顔は無表情なままだ。私達の様に苦悶に歪んではいないけれど、しかし何か見つけていればいつものように余裕の笑みを見せているだろう。


「俺はずっとティアグラ達の視線を追っていた。人は隠し事があると『バレやしないか』と不安になりに視線を送っちまうもんだ」


 その視点で見て、やはり見つからなかったという事……?


「やはり、クオスをってことは無さそうだな」


「疑いは晴れたかしら?」


 ティアグラがそう言った瞬間アルグスさんが声を上げた。


「クオス!! 出てきてくれ!! もしいるなら!!

 君を探しに来たんだッ!!」


 辺りに響き渡る声。おそらくは屋敷の中だけでなく、外にも聞こえるほどの大声だ。


 だがこの言葉にもクオスさんが姿を現すことはない。アルグスさんの魂の叫びですら、届かないのか。


 いや、それどころかティアグラでさえもアルグスさんのこの突飛な行動に焦りの色すら見せなかったのだ。もしクオスさんをどこかに隠しているならばこの言葉は必ず届く。


 駆けつけることは無理でも大声で返事をするなんてことはあるかもしれない。


 しかしそれを恐れるような素振りすら全く見せなかった。


「うふふ、そんな大声を出したら近所迷惑になりますわよ。もう日も落ちたというのに」


 相変わらずの余裕の笑み。


「でも、それほど仲間の事を大切に思ってらっしゃるのね。クオスさんという方は幸せ者ですわね」


 突然の、屋敷の主人に対して無礼ととらえられても仕方の無い様な行動。それを受けてもティアグラは激昂することなく、むしろこちらを気遣うような素振りすら見せる。


 まさか、本当にこの屋敷にはクオスさんはいないんだろうか。イチェマルクさんの誤情報だったんだろうか。


 そんな時だった、遠くから、衛兵の声が聞こえた。


「曲者だ!! 出会え!!」

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