第132話 作戦前

「まさか本当に正面から?」


 アンセさんがそう呟いて振り返る。アルグスさんは無言でこくりと頷いた。付近の建物の陰からのぞき見るは大きな屋敷。もうすぐ夕暮れという慌ただしい時間の中訪れたのは七聖鍵の一人“聖女”ティアグラの屋敷である。こちらの屋敷は緊急性が高いというドラーガさんの判断からだ。


 七聖鍵の財力は知っているつもりであったが本拠地であるキリシア以外の都市にもこんな大きな拠点を持っているとは。


 ただ、元々ティアグラは各地に孤児院を開いているのでそれほど不思議ではないと言えばそうなのかもしれない。それよりも異様なのは警備の厳重さだ。塀の高さは5メートルほどもあるし、正門の両脇には警備の兵が槍を持って立っている。


「ティアグラはアルテグラと違って屋敷の中で怪しげな研究をしているわけではないが、孤児院関係で見られたくない人間がいたり、行動を制限したい人間がいたりするからな。人の出入りを厳しく管理しているし、中の構造も複雑だ」


 私が呆けた顔で屋敷を見つめていると、それを察したのかイチェマルクさんが解説してくれた。


 でもまあ警護の強固さは関係ない。アルグスさんは正面から堂々と尋ねると言ったんだから。ドラーガさんもそれを黙認している。さらに言うなら私達のメンバーに元々隠密作戦で適地に潜入、なんてマネの出来る人はいない。唯一それができたのがクオスさん……いや、今はもう一人いるか。


「俺は……君たちが正面からティアグラを訪ねているうちに裏手から忍び込む」


 そう宣言したのはイチェマルクさん。今日はいつもの忍び装束ではなく、チュニックのようなゆったりした服装だ。まああの服動きやすそうではあるけど町中じゃ目立つからね。


「すまないけど、俺達はレタッサを優先して探させてもらう。もちろんクオスさんも探すが、基本的には自分達で解決してほしい、すまない」


 イチェマルクさんの隣でそう宣言したのはアルマーさん。この二人で進入するらしい。他の人達、フィネガンとヤーッコ、アイオイテは何かあればすぐに駆け付けられるように付近に控えているらしい。


「日が暮れちまう、さっさと行くぜ」


 ドラーガさんがそう言うとイチェマルクさんは私の前に歩み出て、私の手を取った。や、やだ、何なの急に。イケメンにこんな態度取られると、ドギマギしてしまう。いかんいかん。こんな時はこないだのパステルカラーピチピチワンピースを思い出して……


「マッピ……もしこの作戦から無事に戻ってこられたら……その時は」


 ちょ、ちょっと……分かりやすい死亡フラグ立てないでよ。私は手を引きはがして数歩離れる。アルマーさんも「なんだかなぁ」という表情だ。


「俺は……竜言語魔法『夢幻』にて屋敷に忍び込む」


 「夢幻」というのは恐らく、あの霧になる術の事なのだろう。ってことはまた全裸になるのか。まあそれは置いておいて、確かにあの技は潜入にはもってこいの技だ。っていうか無敵なんじゃないの? 霧になれるとか、チート過ぎるでしょ。


「だが『夢幻』も万能ではない」


 え? そうなの? 弱点があるってこと? 全裸以外に?


「姿を霧に変えられるのはせいぜい息を止めていられるほどの時間。それを越えると……」


 せいぜい1,2分っていうところ? それを越えると実体化しちゃうんだろうか。


「自己認識の統合性を失い、ゲシュタルト崩壊を起こし、霧散して、二度と元には戻れなくなる」


 えっ? どういうこと? 霧散って? 本当の霧になっちゃうの? イチェマルクさんは自分のうなじのあたりを指さして言葉を続ける。


「魔石も同じだ。霧散してしまえば、記憶情報も消失する。つまり、完全なる死だ。

 ゲシュタルト崩壊は感覚器の疲労と順応によって起こる。己の体を全て変容するというのはそれだけの負担がある」


 私達は思わず言葉を失ってしまった。


 それほどまでの覚悟を持って……


 全裸になっていたなんて。


 うん、なんかイマイチ締まらないな。


「い、イチェマルク、無理はしないで……し、死んだら元も子もない」


 ドラーガさんの服のあわせから顔を出したクラリスさんが不安そうな表情でそう言った。まあ……私も正直イチェマルクさんはいい人だと思う。死んでほしくない。ロリコンだけど。


「もう、な、仲間を失いたくない……」


「お前の口から『仲間』なんて言葉が聞けるなんてな……大丈夫だ。俺は必ず戻ってくる。そしてマッピと結ばれる」


「勝手に話進めないで下さい。お前ロリコン、全裸、女装でスリーアウトなんだよ気持ち悪い」


 イチェマルクさんは相当ショックだったのか、瞳孔が開いて膝が笑い、二歩、三歩と後ずさりした。逆に聞きたいんだけど上手くいくと思ってたのかコイツ。


 イチェマルクさんはアルマーさんに肩をぽんぽんと叩かれながら肩を落とし、明らかに意気消沈した様子で屋敷の裏手側の方に歩いて行った。あの人本当にニンジャなのかな。仕事に私情絡めすぎじゃない?


 私の中でニンジャってもっと、こう……格好いいカンジなのになぁ……

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