第116話 真打ち登場

「どけ」


 低く深い声だった。


 声の主はアルグスさん。彼が、こんなにドスの効いた声を発したのは初めて聞いた。


 市民たちはその怒気を孕んだ声を聞いて市民たちは恐怖の色と共に振り向いたが、しかし刑場の外は人が溢れている。場所を開けることなどできない。


 ずい、と無理やりアルグスさんがトルトゥーガを前にして進む。冒険者のトップをひた走る彼の膂力に抗える市民など居ようはずもない。


 まるで割れるように人の海が切り裂かれ、私はその後をついていく。


「おい、押すな!!」

「何様だてめぇ!!」


 市民達は広義の声をあげるが、しかしそれでアルグスさんが止まるはずもなし。


「せからしか」


 もう一人、アンセさんも怒りをあらわにして市民を押しのける。彼女は女性ではあるものの、その力は一般市民と比べるべくもない。ましてや狂犬ゾラと殴り合いで勝利するような冒険者ぼっけもんなのだ。


 しかし。


「ここまでにごわす」


 刑場との境にはタワーシールドを構える騎士団のむくつけき男ども。


「まかり通る」


 トルトゥーガを前にし、敵のタワーシールドとぶつかる。みしり、と音がした気がした。アルグスさんの前に騎士団の人だかりができ、押し合いが始まった。


 アルグスさんの膂力は常人のそれを大きく凌駕する。しかし敵もさるもの。素手で人の腹を引き裂くような化け物。進めない。


 おそらくは、トルトゥーガを投擲し、回転させれば、彼らを木っ端みじんにすることは出来るだろう。だがそれをやってしまったらお終いだ。


「ふふ、騒がしいな」


 壇上から余裕の笑みを投げかけるデュラエス。ここで終わってしまうの!?


「この処刑は! 無効だ!!」


 大声で叫びながらアルグスさんが力の限りトルトゥーガを押す。


「三百年も昔の、誰も覚えていない罪を問うことに何の意味がある!?」


 ぐい、と押し合い、そして圧し合う。アルグスさんの足が地面の土を削るように埋まる。


「くっ、こん細身のどけにこげん力があっとな!?」


 騎士団の男たちの顔が恐怖に歪んだ。自分達よりも一回りも体の細いアルグスさんの力に抗することができないのだ。自然と彼の周りに人が集まり、二重三重に騎士団の男たちが集まってくる。


「誰もが思ってたんじゃないのか、そんなのおとぎ話だって!! 正当性のない処罰は社会の分断を生むだけだ!!」


 重なる人垣。それでもアルグスさんは、一段身を低くして、巨大な岩を持ち上げるように、騎士団の男たちを押し開く。


「そもそもイリスウーフを裁くために後から作られた法律に、正当性なんてない!!」


 しかし


「これが力だ」


 小さく、デュラエスが呟いた。


「俺は、指一本触れずに、貴様を止めることができる。イリスウーフの首を落とすことができる。貴様ら冒険者如きがはるかに及ばない力を持っているのだ。貴様らは、ここで敗北する。無様なものだ」


 満足げな笑みを浮かべるデュラエス。私達をあざ笑っているのだ。


「分かるか、『力』とは『数』だ。そして『数』とは『金』だ」


 デュラエスはポケットから金貨を取り出し、うっとりとした表情でそれを眺めながら言葉を続ける。


「貴様ら脆弱な人間の生み出したものの中にも『良い物』というものはある。その中でもこの『金』というものは最高の発明だな」


 私も、クオスさんもアンセさんも。全員でアルグスさんの背中を押す。進んでいる。進んではいるのだ。私達はアルグスさんを中心に、少しずつ、少しずつ、警備の人垣を割って、ずるずると進んでいるけど、足りない。このままでは……


 その時、目の前にいた顔のデカい騎士がニヤリと笑って言った。


「アルグス殿どん、お困りにごつか」


 困ってるに決まってるでしょうが。


「おいも警護の身、刃傷沙汰はまずい。じゃっどんこいなら問題なか」


 そう言って拳を見せた。素手なら問題にならないと!?


「シーマン'sの男はみんな喧嘩好き。こいで語るならみな喜びもす」


 これは誘惑だ。乗っちゃいけない。しかしアルグスさんはもはや我慢の限界なのか、歯を食いしばり、そして盾を押していた手を拳に固める。ダメ! 誘惑に乗っちゃ!!


「時間だ」


 デュラエスがそう言って指をパチンと鳴らすと、斧を持った覆面の男が前に進み出た。そしてイリスウーフさんを後ろ手に拘束していた刑務官が彼女を跪かせ、うつぶせで枕木に頭を乗せる。


「助け……たすけて……」


 イリスウーフさんの涙に震えた声。


「さらばだ、三百年前の亡霊よ」


 その言葉と共に斧が天高く振りかぶられる。


「自己紹介ありがとよ」


「なにっ!?」


 聞き覚えのある声、尊大な語り口調。ゆっくりと階段を登り、壇上に姿を現し始める。頭のてっぺんから、ゆっくりと。さらさらの茶色のストレートの髪、不敵な笑みを湛えた顔、ゆったりとしたトガのような服に均整の取れた筋肉質な体。


 壇上の上にいる人物が、一人増えていた。突然の事態に、デュラエスが振り向き、首切りアーサーは振り上げた斧をゆっくりと納めた。


「貴様、ドラーガ!! いったいどこから!?」


「悪ぃね。何やら中央に警備が集まってたから手薄になってた裏手から入らせてもらったぜ」


 ドラーガさんはそう言って私達の方を指さした。


「くっ、図ったな」


 いや図ってない。多分デュラエスは私達が騎士団の男たちを引き寄せて、その間に注意がそれたところでドラーガさんが侵入する。そこまでを作戦として立てていたんだろう、ってことを言ってるんだろうけど、そんな計画全然なかった。


 だってよ?


 そもそもドラーガさん一人送り込んだからってなんだっての? アルグスさんやアンセさんならともかく、無機物にすら負ける最弱冒険者を送り込んでいったいどうしろと?


 当然それにはデュラエスも気づく。


「ふん、曲者が一人混じりこんだからなんだというのだ。貴様一人でこの警備の中イリスウーフを助け出せるとでも?」


 その通りだ。今私達を取り囲んで押さえつけている騎士団の男は約二十~三十名程か、しかしそれ以外の騎士団のメンバーは全員刑場を取り囲んで睨みを利かせている。おそらくはデュラエスの合図一つで壇上のドラーガさんを取り押さえる……いや、「ひえもんとり」の餌食にするのだろう。


「この俺様がそんな脳筋な事するためにのこのこ現れるとでも思ったのか? 頭のおめでてぇ奴だぜ」


 ま、まあ、正直それはそうだ。ドラーガさんは額に汗して体を動かすなんて基本的にはしない。彼は正面、見物に来ている市民に向き直ってパンパン、と手を叩いてから大声を出す。


「はい解散!! この裁判はアルグスの言った通り無効!! さあさあ帰った帰った!!」


 え? そんな一方的に……


「お前らそんなだからいつまで経っても貧乏人なんだよ! こんなことしてる暇あるなら仕事するなりスキルアップなり自分の人生を一生懸命……あいだっ!!」


 絶対やると思った。


 せっかくの娯楽を取り上げるだけでなく、正面から一番触れられたくないところに土足で入り込んできて説教するドラーガさん。彼に対して市民は、投石で以て応えた。


 ぶっちゃけて言えばいずれこうなるとは思ってたわ。


 しかし見事と言えば見事。今日の刑場の主役、イリスウーフさんに集まっていたヘイトが一瞬で全てドラーガさんに注ぎ込まれる。


「いたッ、ちょっ、お前ら……ッ!! ほん……やめ……」


 次々と石礫が刑場に投げ込まれる。デュラエスは石が届かないように一歩下がり、首切りアーサーはイリスウーフさんの前に立って受刑者を守っている。ドラーガさんは誰も守らない。自業自得だもん。


「やめろやボケェッ!!」


 とうとうドラーガさんが切れてデカい声で怒鳴った。この人こんな大きい声出せるんだ。


「お前らほんっ……あのなあ! お前らこれ……アレだぞ! 傷害だからな!! なあ、おい……お前、お前見たよな? あいつらが石投げたの!」


「え? ああ……」


 ドラーガさんは唐突に自分を壇の下から取り囲んでいた騎士の男に話しかけた。本来ならば敵同士の男、しかし急な問いかけだったために普通に返してしまう。


「いいかよく聞けお前ら……今からこの賢者様が、この裁判が何故無効かをサルでもわかるように教えてやるからな。そもそもだ、法というのは原則として守らなければいけない決まりが……あいたっ」


 ドラーガさんは血走った目で刑場の端まで走ってくる。


「なんなんお前……今完全に説明パートに入った流れやったろうが……お前顔覚えたからな。

 っかしいやろこんなん……完全に終わった流れやったやん……空気読めや」


 お前が言うな。

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