第117話 逆転裁判
(しまった……)
突如として刑場に現れたドラーガさん。市民たちに石打ちをされつつも、何とか死刑回避の流れを作っている……んじゃないんだろうか。ここまでは。後ろ手に拘束されていたイリスウーフさんも、呆然とした刑務官は手を放してしまっている。
(完全に騎士団投入のタイミングを逃してしまった……)
デュラエスも焦っているのが目に見える。
……とはいえ、ここからどうするつもりなのか。どうやってイリスウーフさんを助け出すつもりなのか。
「いいかボンクラども、今からこの裁判が無効だってことのいくつかの根拠を教えてやるから耳かっぽじって聞きな!」
しかしここからイリスウーフさんを無罪に出来る方法なんて実際あるんだろうか? 何しろ裁判は既に終わってしまって、刑の執行の段になっているというのに。
「その必要はない」
ホラやっぱり。デュラエスからの茶々が入った。いや、シチュエーションを考えるとドラーガさんの方が茶々なのか……デュラエスは一枚の紙を手にしてそれをドラーガさんの方に見せる。
「この通り死刑執行令状もある。ちゃんと肉筆の領主のサインもあるぞ。まさかこの令状が無効とは言うまいな?」
「ふぅん、どれどれ……」
ここまでさんざん難癖付けられただけあってデュラエスの方も万全だ。ドラーガさんはじっくりとその令状を覗き込んで確認する。ここからどうやってゴネるのか……
「なるほど、令状に不備はねえな」
ないの!?
「だったら……」
「まあ待て、処刑をするのは俺の話を聞いてからでも遅くねえぜ? これからお前らに法の何たるかをレクチャーしてやる」
相変わらずのドラーガさんの余裕の笑み。しかしその余裕は殺気だった市民達を煽るには十分だったようで、あちこちから不満の声が漏れる。
「ペッ、余計なお世話だぜ」
「オイお前!!」
その場に不満そうにつばを吐いた市民を突如としてドラーガさんが指さした。まさか自分が指名されるとは思っていなかった市民は一転恐怖に怯えた目を見せる。
「今唾を吐いたな? 明日の法律施行以降、公共の場で唾を吐くことは銀貨5枚の罰金刑に処される」
そんなの聞いたことない。市民もなにがなんだかわからず狼狽えている。
「……と、なった場合、今日唾を吐いたお前は明日から効力を持つ法で罪に問われると思うか?」
そんな筈がない。そんな無法が通るわけがない。当然市民も全力でぶんぶんと首を横に振る。
「はい、せいかーい。その通りだ。
いいか、よく聞け? 愚民共。お前らは『法』なんてもんは上が下を縛るために都合よく作ったものと思ってるかもしれねえがな……」
違うの? 正直私もそんなイメージを持っていたんだけど。ドラーガさんは壇上を歩き回りながら話す。これは多分、その場にいる市民全員、そして騎士団の男達にも語り掛けているという事だろう。この場は既にドラーガさんのステージなんだ。
「実際は全くの逆だ。上の人間は法に書かれている以上の事は出来ねえ。法ってのは上の人間を縛るためにあんのさ。但し、それには法をよく知らなきゃならねえ」
ドラーガさんは両手を広げ、少し前かがみになり、わる~い笑顔を浮かべて市民に語り掛ける。
「今日ここに来たお前らは幸いだ。法の専門家たるこの俺様のレクチャーが受けられるんだからな」
いつから専門家になったの? 確かに詳しいことは間違いないけど。しかし私の目にはドラーガさんの後ろで苦い顔をしているデュラエスが目に入った。
そうだ。これでデュラエスは騎士団投入の機会を完全に失った。聴衆がドラーガさんに聞き入ってるこの状況でもはや話を止めることなどできない。市民を味方につけ、場を完全にドラーガさんが支配した瞬間だったのだ。
「法は無秩序に作られるものじゃねえ。たとえば今の話が法のルールの一つ、『不可遡及の原則』だ。基本的に、作られた法は未来に向かって適用されるものであり、過去の出来事には適用されない」
おお、なんだか専門家みたいだ。
なかなか難しい言葉を使用しているからおそらく今の言葉は市民のほとんどには理解できないだろうけど、その前の市民とのやり取りから言っていることはなんとなく分かるだろう。
そしてそれは私がずっと抱えていた「違和感」を裏付けてくれるものだった。
つまり、三百年前にイリスウーフさんを捕らえてから作られた「人道に背く罪」……これは事件が起きてからイリスウーフさんを裁くためだけに作られた法であり、旧カルゴシアの町崩壊に適用されるのはおかしいんじゃないのか、という事だ。
「いいか? 今日処刑される予定だったイリスウーフ、その罪状は旧カルゴシアの町を滅ぼしたことだが、その根拠となる『人道に背く罪』とは事件が起きてから半年もたってから作られた法律だ……つまり、旧カルゴシアの町崩壊の事件には適用されねえ」
市民達から「おお」と、感嘆の声が漏れる。
そう、彼の理論で言えば、確かにイリスウーフさんは無罪なのだ。
「待て!!」
しかしこれを止めたのはデュラエス。七聖鍵随一の頭脳。
「その原則には例外がある」
え!? 原則に例外なんて認めたら際限が無くなっちゃうじゃん!!
「法概念の一つ、
原則よりも優先される物? 聴衆の注目は今度はデュラエスに注がれる。相変わらずドラーガさんは余裕の笑みを浮かべている。イリスウーフさんは不安そうな表情を浮かべたまま、死刑台の前で正座している。
「それは即ち、記録に記されるよりも昔、法整備がされる以前に慣習や常識、先例に基づいて裁判が行われていた時代。その『常識』に適う場合、新法の遡及が認められる」
んんん? ……どういうこと? よく分からない。誰か噛み砕いて。
「ほう、つまり『人道に背く罪』、イリスウーフのやったことはたとえ法に記されていなくても当然違法に決まってんだろうが、ってことか?」
ドラーガさんが翻訳してくれた。
「当然だ。たとえその時の人類に魔剣と虐殺の因果関係が認められなくとも、旧カルゴシアの虐殺は認められるものではない。それは三百年前の裁判で決着した内容だ。この女は『有罪』だ」
げ、逆転されちゃったじゃん。どうすんのよドラーガさん!
「ほほう……」
にやりと笑みを浮かべるドラーガさん。その不気味な笑みに私達も、市民も、そしてデュラエスでさえも恐怖を覚えた。
「確かに言ったな? 三百年前の裁判で決着した、と」
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