第126話 時間稼ぎ

「……いったいどういう事なの? ドラーガ」


 困惑の表情を浮かべてアンセさんが尋ねる。ドラーガさんは不敵な笑みを浮かべるのみ。


 全く分からない。


 アルグスさんの持ってきた情報、市民の噂で、七聖鍵はここで攻勢をやめて、メッツァトルが老いて死ぬのを待つ「逃げ勝ち作戦」に出るらしい、という事であり、私達にはそれに抗う方法なんて何もないように思えたんだけど……


「つまり、その情報の大本を流したのがこの俺様ってことさ」


 ……ますます分からなくなってきた。


 ドラーガさんが「七聖鍵が逃げ勝ちを狙っている」って情報を流したと? そんなことして何の意味が? しかもその情報を拾ってきたのは七聖鍵じゃなくってアルグスさんなんですけど。


「そっちじゃねえよ。俺が流したのは『メッツァトルは膠着状態に陥ったら為す術がない』って情報だ」


 まずいぞ。聞けば聞くほど分からなくなってきた。


 だって実際その通りじゃん。為す術がないじゃん。私達の情報、それも本当の事を流布していったい何がしたいのこの人は?


「いいか、市民達の間で『最近七聖鍵とメッツァトルの間での衝突が止んだな』、『どうやら七聖鍵にはもうメッツァトルを相手にするつもりがないらしい』、『衝突できなければメッツァトルは逆に何も出来ないからな』、『手詰まりだ』と情報を流す。

 噂ってのは広がっていけば直接耳に入れなくてもどっかを回って本人の耳にも入るもんさ。それがギルドでの噂か、セゴー辺りが御注進するのか、はたまた偶然散歩中に市民の噂を聞くのかは分からねえがな」


 ……それはそれとして、結局その通りなのでは? 実際為す術がないんだしさ。刑場でドラーガさんも言ってたけど、あれだけ煽って挑発しまくったのに結局デュラエスは怒りに我を忘れて手を上げたりすることはなかった。


 向こうから先に手を出してくればこちらも奴を倒す「大儀」ができる。


 だけどデュラエスはあれだけブチ切れていても結局手は出してこなかった。「作戦の立て直しが必要だ」って言ってたじゃない。この状況は私達に不利なんじゃ?


「ぶっちゃけて言えば、今時間が必要なのは、七聖鍵じゃない、俺達の方だ」


 ……その通りだ。実を言うと七聖鍵の「逃げ勝ち作戦」にはある重要な要素……人が抜けている。この「逃げ勝ち作戦」が通用しないただ一人の長寿命の人物。


「クオスさんの居場所を探し出す時間稼ぎ、ですか」


 イリスウーフさんが真剣な表情でそう尋ねた。


 そう。今このアジトに欠けているただ一人の人物。クオスさんの姿がこの数週間見えないのだ。


 彼女がどこにいるのか、なぜ姿を消してしまったのか。そのあては全くついていない。


「アルグスさんとアンセさんがメッツァトルの両腕であるなら、クオスさんは目や耳、このパーティーに欠かせない人物だと思います」


 イリスウーフさんのいう事は尤もだし、仮にそうじゃなくとも仲間が行方不明のままでそれを放置する事なんてできない。ドラーガさんは彼女を探し出す時間を作るために膠着状態を作り出した?


 しかしこの状況はお互いに次に打つべき手を少し考える局面だったと思う。そんな折にクオスさんが行方不明になった。正直私はこれにも七聖鍵が関与していると思っているけど。


 確かに今時間が必要なのは万全な七聖剣ではなく私達の方だ。でもそれは向こうも分かっているはず。ちょっと情報を流したくらいでそれにうまく乗ってくれるものなんだろうか。


「ちょっと賢い人間ってのはよ、他人から吹き込まれた『答え』には反発するもんだが、自分が考えて導き出した答えを疑うことはないんだ。いや……」


 ドラーガさんはドン、とテーブルの上に肘を乗せて前傾姿勢で付け足すように言った。


「正確に言うと『自分で考えたと思い込まされた答え』には、だな」


 そこまで考えて情報を流したと? つまりドラーガさんはクオスさんのいない今、自分達には時間が必要と考えた。そこで市民の間にあえて「メッツァトルはもう手詰まりだ」という誤情報を流し、氾濫させることで遠回しにそれが七聖鍵の耳に入る様にする。


 そしてその情報を得た七聖鍵は誰に言われるでもなく「メッツァトルには時間稼ぎが有効だ」という答えを出した。


 自分で出した答えだから、それを疑いもせずに。


 しかしその答えは実際にはものだった。ドラーガさんによって。


「さて、アルグスの拾ってきた噂によると、どうやら作戦の第一段階はうまく行ったのが確認できた」


 ううむ、確かに、でもよくよく考えるとまだ疑問点がわく。


 そもそもドラーガさん、その噂どうやって流したの? だってあんた友達いないじゃん。


「もう忘れたのか? あの~、ホラ、あいつら……いるじゃん、ほら、あの……名前なんだっけ」


 お前が忘れてんじゃねーか。


「もしかしてアルマーさん達ですか?」


「そう! そいつら!!」


 おお、さすがイリスウーフさん。私も思い出した、旧カルゴシア市街地であったティアグラの孤児院卒業生の人達。あの人達を使って情報を広めたのか。


「処刑場で石を投げ始めたのもデュラエスに怒号を浴びせたのもあいつらだぜ」


 マジか、全然気づかなかった。いつの間にか活用してたなんて。


「とにかく、今のうちに何とかしてクオスを探さないと……クラリス、何か手掛かりはないのか?」


 アルグスさんがそう尋ねた。さらに彼は言葉を続ける。


「クオスがいなくなったのはアルテグラとの会食の直後だ。何かあったとすればそこが今のところ一番怪しい。何とかして探りを入れることは出来ないだろうか?」


「私も! そこが怪しいと思います!」


 私もアルグスさんの意見に同意する。元々不老長寿のエルフであるクオスさんが不老不死に目がくらむとは思えないけれど、でも何かあるとすればそこのような気はする。


「私は……皆さんに命を助けていただきました……」


 イリスウーフさんが俯いてそう言い、そしてしっかりと決意した表情を見せ、顔を上げた。


「今度は私の番です。クオスさんは恋敵かもしれないですけど、絶対に、私は彼女を助けます!」


 そのまま彼女は、ドラーガさんの方を向いてにっこりと微笑んだ。


「ドラーガとクオスさん、お似合いの二人だと思いますよ?」


 ううむ、彼女はいったいどういうスタンスなんだろう。


 ドラーガさんは複雑な表情で、小さく呟く。


「掘られたくねんだけど」

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