第125話 膠着

「完全に手詰まりだ……」


 そう言ってアルグスさんは頭を抱え、リビングのテーブルに突っ伏した。


 町はずれのメッツァトルのアジトの中、私達は一人を除いて全員が特に何をするでもなくリビングに集まっているのだが……本当に特に動きを取れることがないのだ。アルテグラとの会食から2週間ほどの時が流れたのだが、あれから事態は一向に進展していない。


 アルテグラからの不老不死化の提案、いや、事実上の七聖鍵の傘下に入ることの提案だったのだが、当然私達はそれを断った。


 これまでダンジョンの探索や冒険者の救助、モンスターの襲撃からイリスウーフさんの捕縛まで、七聖鍵とギルドは常に手を休めずに攻勢を仕掛けてきていたのだが、それがぱったりとやんでしまった。


 まるで「この話はもうおしまい」と言わんばかりに。


 いや、もしかすると本当にもうおしまいなのだろうか。彼らから何か仕掛けるという事は、もうないという事なのかも知れない。


「これは、町の人達が話してたことなんだが……」


 アルグスさんが頬杖を突きながらそう語り始める。


「七聖鍵は、この町に本腰を入れて駐留する、と」


「なぜ?」


 駐留? 駐留とは活動を停止してその場にとどまるという事。もう野風の探索をしないという事だろうか。魔剣野風の最大の手掛かりを持つイリスウーフさんにはもう干渉してはこないの?


 それは「諦めた」という事だろうか。もしそうならば、この戦いは私達の勝利に終わったという事?


「表向きは、三百年前の惨禍を引き起こしたイリスウーフを監視するため」


「表向き? 裏はどうなんです?」


 イリスウーフさんが尋ねる。裏の事情など本当のところでは分からないのかもしれないけど、アルグスさんは何か知っているようで、話を続ける。


「市民達は七聖鍵とメッツァトルが敵対してることは既に知っている。そして七聖鍵が何やら不老不死の秘術を使えるらしい、という事もね。セゴーやらシーマン家やら、結構目立つところに術を使ってるから……」


 その前提がある上での奴らの真の目的、最初それは私には全く想像がつかなかったのだが、しかしアルグスさんはそれを説明するべく言葉を紡ぐ。


「つまり、この膠着状態は奴らにとって不利ではないという事だ。魔剣野風の在処を知るイリスウーフはメッツァトルに身柄を握られている。だが五十年もすればどうなる?」


 五十年もすれば? どういう事だろう。何を言っているのかが分からない。


「ムカフ島ダンジョンの出口が瓦礫で封鎖されていた時、ドラーガは『危険な可能性があるなら1か月でも2か月でも待てばいい』って言ったよな?」


 ドラーガさんはアルグスさんに視線を向けられて、腕を組んだままこくりと頷く。


「つまり、『待つ体力』があって、将来確実に状況がよくなる見通しがあるなら『待つ』のは立派な戦略となりうるっていう事だ」


「あっ……」


 ようやく合点がいった。五十年も経てば、メッツァトルのメンバーは全員が老人、もしくは死んでいるかもしれない。しかしドラゴニュートであるイリスウーフさんは違う。そして「不老不死」である七聖鍵もだ。


 「逃げ勝ち」……私の頭の中にその言葉がよぎった。


 まさか、数々の未踏のダンジョンを攻略し、歴史的に重要な発見をいくつもして、当代最強と誰もが認める冒険者集団七聖鍵がそんな消極的な策を取ってくるなんて、本当にあり得るんだろうか。


「し、七聖鍵は、か、『勝ち方』にこだわらない……」


 口を開いたのはクラリスさんだった。そうだ。この中で最も七聖鍵の事情に通じる人物、というか当の七聖鍵本人なんだから。


「ぼ、冒険者は、『強い』だけじゃ、い、生き残れない。少しずつの、偶然の『不運』が重なってパーティー全滅なんてことも、め、珍しくない。

 その『不運』を極力排除して生きてきたのが七聖鍵。そうじゃなければ、い、生き残れない」


 なるほど、そしてその「不運」の分を差っ引いても「勝てる」ように、とことん勝ち方にこだわらずどんな方法でも採用するという事か。たしかに三百年も生きていればそんな方法論にもなるのかもしれない。


 苦虫をかみつぶしたような顔でアルグスさんが呟く。


「正直言ってこれは、僕達にとって相当まずい状況だ」



――――――――――――――――



「もし真意に気付いたのなら、奴等相当焦っているだろうな」


 デュラエスがコーヒーカップを傾け、ニヤリと笑みながらそう呟いた。


 天文館二階の小会議室。もはや天文館の二階以上の部屋についてはまるで自宅かのように七聖鍵が好き勝手に使用しており、誰もそれを咎めることなどできない。何しろトップのセゴーが完全に七聖鍵の支配下にあるのだから。おまけに領主のシーマン家ですらも同じである。彼らはこのカルゴシアに於いて王にも等しき存在なのだ。


 ともかく、一階に行けばいつでも食事が提供され、喫茶などの雑務も職員に申し付ければよく、冒険者としての実務はセゴーに言えばよい。おまけに最新の情報も早く入ってくるこの天文館は彼らにとって大変に居心地が良いのだ。


 部屋にはいつもの二人、七聖鍵のリーダーと副リーダー、ガスタルデッロとデュラエスである。他のメンバーはそれぞれ別の場所で活動をしていることが多く、天文館にはいない。


「しかし、ある意味では大胆な作戦を考えたものだな、デュラエス」


「まあ、散歩していた時にふと思いついただけだがな。

 イリスウーフが野風をアルグス達に渡す気がないのなら、別に放置しても問題はない。時が過ぎて、奴ら全員が死んでから、悠々とイリスウーフを攫い、そして野風を奪えばよい。発想を転換してみれば、何も難しいことなどないのだ。

 奴らはイリスウーフと野風を守り切ったという満足感を得て天寿を全うする。俺達はその後野風を頂いて世界を手に入れる。ウィンウィンの関係という奴さ。

 野風の在処は目処がついているのだろう?」


 そう言ってデュラエスはカップを持った手で指さすようにガスタルデッロの方に手を向けた。ガスタルデッロは少し目を伏せて苦笑し、自分のコーヒーを口に含む。


「そこまで期待されると困る。確信があるわけじゃない」


「別にそれでもかまわんさ。いずれにしろ『護衛』さえいなくなれば残るは小娘一人。野風などいくらでも探せる」


「だがもし……」


 ここで一転、ガスタルデッロの表情が険しくなった。


「イリスウーフが野風をアルグス達に渡したらどうする?」


 一方、デュラエスは対照的にその顔に笑みを浮かべる。


「その時はその時、いよいよお前の出番だな」



――――――――――――――――



「……なんて考えてるだろうな、奴らはよ」


 相変わらずの悪そうな笑みを浮かべて、ドラーガさんはそう言ったのだった。

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