第124話 ホントに何もしてませんけど
「もう一度言ってみろ……」
「え……!?」
「もう一度言ってみろと言ったんだッ!!」
そう言って私は拳を床にめり込ませる。
なんだって……? コイツ、そんな事が本当にできると……?
「ええと、転生法はその……非常にロマンがある、と」
「違うッ! そのもっと前だ!!」
「お前急にどうしたんだよ、豹変して……」
口を挟むな、ドラーガ・ノート! こいつは今たしかに、たしかに言ったはず……
「その……胸の大きな体に生まれ変わる、とか……」
私の身体に電撃に打たれたような衝撃が走った。
そんな……そんなまさか。
私は持っていた箸を取り落として、思わず後ろに倒れ込みそうになってしまった。
「え、なに? マッピに何が起きたのドラーガ?」
「俺に聞くな。俺だって分かんねーよ」
噂には……聞いたことがある。
温泉とかに入ると、おっぱいの大きい人って乳房がお湯に浮くんだって。
普通に立ってるだけだと、自分の足元が視認できないだとか、やたら肩がこるだとか……そう言った数々の「伝説」に過ぎないと思われていた現象を、自分の身で確かめることができる……だと?
転生法……これはまさか、人類の歴史を塗り替えてしまうものなのでは。
これは、我が身を犠牲にしてでも私自身が確認しなければいけない事なんではないだろうか。そうよ、あの男がエリアスさんの問題がどうたらこうたら言ってたけど、万難を排して私が人類の
「おい」
不老不死がどうだって私には関係ない。ただ、人類全体の夢を背負って、私が人柱となって知らなければいけない事なのよ、これは。そのためならば、七聖鍵の軍門に下ることも……
「おい! どこ行くつもりだ!!」
ぐっと、私はドラーガさんに肩を引かれて立ち止まった。
あれ? いつの間にか私は席を立ってアルテグラ様の方に歩いて行こうとしていたらしい。
「マッピちゃんいったいどうしちゃったの? 急に正気を失ったようになって……大丈夫?」
アンセさんも心配そうに問いかけてくる。ちょっと乳がデカいからっていい気になるなよこの田舎者が。
「とてもまともな精神状態とは思えなかった……アルテグラ! 貴様一体僕の仲間に何をした!?」
「え……? いや、何もしてませンけど」
アルグスさんがアルテグラを睨みつける。そうか、全く記憶が無いけれど、私はどうやら精神状態をあの悪女に操られていたという事か。なんて悪辣な奴だ。アルグスさんは今にも襲い掛かりそうな臨戦態勢になっているけれど、武器の類は全て店の入り口で預けてしまっているためにかろうじて平衡が保たれている状態だ。
「とぼけるな! やはりこの会食は罠だったか。くそっ、武器を取り上げられてなければすぐにでも切り捨ててやるところだ」
「いやホントに何もしてないンですけど」
なおもアルテグラは見苦しく言い訳をしている。情けない奴。人の精神を支配するような卑怯な魔法を使っておいて、それを失敗したと分かると今度はとぼけてごまかそうとするなんて。さすが「悪女」と呼ばれるだけの事はあるわ。骸骨だし。なんか邪悪な感じね。
「というか何を根拠に私がそんな事をすると?」
だって私がおっぱいなんかにつられて味方を裏切るわけがないもの。あるとすれば奴の邪悪な精神汚染魔法、それを使われたに違いない。だって私自分の胸が小さい事なんて全然気にしてないもん。ホントだもん。
「なんでお前泣いてんだ」
ドラーガさんに言われて気づく。私の瞳から涙が。
……これは……あれよ、精神汚染の影響よ。
「話し合いは決裂だな。会食はここまでだ。こんな油断も隙も無いような奴と話し合いの余地なんてない」
アルグスさんがそう言って立ち上がる。そうだ。もうとてもじゃないけど話し合いができるような空気ではない。
「まあ落ち着け、お前ら」
座ったままの姿勢でそう呟いてドラーガさんは懐に手を伸ばした。
「なんとなくこうなるような気はしてたんだよ。そもそも俺達の間に上手い落としどころなんてねえのさ」
ドラーガさんには、こうなることが分かっていたのか。
「こんなこともあろうかと、準備しておいたものがある……」
そう言って、懐からゴソゴソと何かを取り出す。
それは、木箱のようだった。
っていうか、木箱だ。
「店員さん、悪いが残りの豚の丸焼きを切り分けてこれに入れてくんな」
タッパー持ってきてんじゃねえよ! 恥ずかしい!! なんでそんな事ばっかり妙に準備がいいのよ。そういうのを少しは冒険に生かしなさいよ!
「愚かですね……きっと後からこのことを後悔すると思いますヨ」
アルテグラの言葉にドラーガさんも立ち上がって応える。
「人間っていうのは愚かなもんなのさ……」
相変わらずの不敵な笑み。
「食べ始める前は『無限に食える』って思っていても、意外なほどに食えないもんなんだ……
だからこういうものが必要になる」
そう言って店員さんから肉がいっぱいに入ってずっしりとしたタッパーを受け取る。
誰がタッパーの説明しろって言ったよ。
しかし、とにかくこうして私達の会談は喧嘩別れに終わって、お店を後にすることになったのだった。
「残念デス。あなた達とはきっと分かりあえると思っていたんですけどネ」
名残惜しそうに月明りの中、お店の出口でそう声をかけるアルテグラ。彼女はいったい何を根拠にそう思ったのだろうか。
「まあでも、あのデュラエスさんを手ごまにとったというメッツァトルさん達とお話しできて楽しかったです。もし、何か困ったことがあったら是非私の屋敷まで訪ねてきてください。私は、もうあなた達のお友達ですから、是非頼ってくださいネ」
正直言ってリッチにそんなこと言われてもおぞましさしか感じない。
“悪女”という二つ名で知られる割にはたしかに物腰の柔らかい人ではあったものの、しかし私が彼女の助けを欲する事なんてきっとないだろう。あまりにも考え方の価値観が違いすぎる。
私達はあくまでも慇懃に別れの言葉を述べてその場を後にした。
――――――――――――――――
それから一週間余り経過した、新月の夜の事であった。
一面の枯れた木の中、バラだけが咲き乱れている不気味な館。雑草が生え放題で廃屋のようにも見えるが、しかしバラの花だけは綺麗に手入れされている。
施錠されていない鉄の扉はぎぃ、と錆びた音を響かせて開く。
ゆっくりと、おそるおそる敷地に入っていく若い女性。月明りの無い暗闇の中少しずつ、少しずつ庭を進み、そしてついには館の古い木製のドアを開ける。
「ようこそ」
館に入ると、蝋燭だけの薄明りの中、階段の上から鼻にかかるような声が投げかけられる。
「あなたは、きっと来ると思っていましたよ。マイフレンド。
どうぞ。是非上がってください。
クオスさん」
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