第123話 ロマン

「おお!!」


 私達の前には今日のメインディッシュ、豚の丸焼きが運ばれてきた。こげ茶色になった艶のある皮、かしら付きで大迫力だ。


「すごい! これ全部私が食べていいんですか!?」


 皆で食べるんですよ? イリスウーフさん。


 お店の人がナイフを入れるとパリパリと音を立てて皮に亀裂が入っていく。焼きたてで一番おいしいのがこの皮なんだそうだ。一番小さいサイズだそうだけれどもこれでも十人から十五人前ほどの量があるらしい。さすがのイリスウーフさんでも全部は食べられないだろう。


 皿に取り分けられた皮を塩コショウだけで食べてみると臭みは全くなく、濃厚で香ばしい風味がある。味付けがほとんどしてなくても肉の旨みだけでイけそうなほどだ。


 お肉の方も焼き上げていく過程で脂が落ち、クドさが全くなく、それでも肉の旨みが凝縮されてる感じだ。くどくないのにとにかく濃厚。ドラーガさんもいつの間にか復活して美味しそうに皮を食べている。イリスウーフさんは相変わらずダストボックスだ。


「……不老不死を?」


 そんな中、アルグスさんだけはメインディッシュには手を付けずに険しい表情でアルテグラを睨んでいる。


「そうです。お気に召さないですかネ?」


「正直に言って不愉快だ。不老不死の概要についてはクラリスや、セゴーからの情報でおおよその事は掴んでいる」


 ちらりとアルグスさんはクラリスさんの方を見る。


 クラリスさんは一応席に座って料理も並べられてはいるものの、やはり人形の身体では食べることは出来ないようで、時々名残惜しそうにお酒の匂いを嗅いでいるだけだ。


「気に召すわけないだろう、あんなものッ!!」


 アルグスさんは心底不愉快そうな表情でそう吐き捨てるように言う。未来ある若者の命を奪って自分の糧とする。他の人達はどうか知らないけれど、そんな自分勝手で邪悪な方法を高潔なアルグスさんが良しとするはずがないんだ。


「おやおや、どうやら随分と一方的な情報だけで先入観を持ってしまってるみたいですネ。でも、『転生法』は必ずしも人を殺されなければ使えないわけではないですヨ? たとえばイチェマルクさんは……」


 ううむ、一応筋は通っている。アルテグラはイチェマルクさんを例にとって説明を始めたが、実はその話は本人から私が聞いて、すでにアルグスさんにも説明してある。

 イチェマルクさんは不慮の事故だかなんだかで亡くなった少年の遺体をもらい受けて転生をしたという。


 しかし私達は転生法で、不老不死を使って七聖鍵が何を企んでいるのかを知っているのだ。


 人間の社会に停滞を生み出して生きる力を奪う。アルグスさんが不老不死を得たとしてもそんな事にはならないだろうけれど、しかし不老不死に反対している当の本人が不老不死化しているんじゃあ示しがつかないのも事実だ。


「何を言おうともお断りだ。不老不死は交渉材料にはならねえぜ」


 きっぱりと言いきったのは意外にもドラーガさんだった。


「転生法にはいくつかの解決できてない問題がある。それもできてないのにいい面だけ語ってるんじゃただの詐欺師だぜ?」


 詐欺師のくせに偉そうに。でもちょっとだけ意外だった。「お得感」だけで判断するドラーガさんにとっても「不老不死化」は魅力的じゃなかったのか。


「そもそもそんな簡単に『不老不死にしてやる』ってのが気に食わねえんだよ」


 そう言ってドラーガさんはアルテグラの方を見もせずに豚の皮を口に運ぶ。肉を切り分ける店員さんはこういうものは慣れたことなのか、不穏な空気を気にせず、聞こえていても聞こえないふりで作業を続ける。


「単純な話、『容易く与えられた力は容易く奪われるかもしれない』……それだけでもお前らの提案を受ける事なんてできねーよ」


 んん? どういう事だろう。簡単に不老不死を得られたら、簡単にその力をいつでも奪われるかもしれないっていう事? でも仮に不老不死の力を奪われたとしても元に戻るだけなのでは?


「簡単に言えば一度『転生法』を受け入れちまえば未来永劫お前ら七聖鍵のメンテナンスを受けねえと不老不死を保てねえのさ。転生を繰り返さないと不老不死にはなれねえんだからな」


 なるほど、そういう事か。つまり転生法を受け入れたセゴーさんとシーマン家は完全に七聖鍵の言いなりという事だ。変わった身体が年老いて、また転生する、という時になればまた七聖鍵に転生をさせて貰わなきゃいけないんだから。


「それだけじゃねえ、重要な点がもう一つある。

 ……お前、エイリアス問題はどうやって解決したんだ?」


 エイリアス問題? ……ってなに?


「いやぁ……えへへ」


 アルテグラは恥ずかしそうにぽりぽりと後頭部を掻く。リッチだし、本当に痒いという事は無いんだろうけど。よほど痛いところを突かれたんだろうか。


「まあ、そこは古い体をすることで解決を……」


「ハン、そんなこったろうと思ったぜ」


 え? どういうことなの? 全然話が見えないんだけど。エイリアス問題に、古い体の処分、二人の間でどういうことを話しているのかが、私には全く分からない。


「まあお前らに説明しても分かんねえだろうから簡単に言うとな、『不老不死』なんてもんは実現してねーんだよ。とんだ詐欺師だぜ。

 まっ、当の本人が転生法やってない時点で推して知るべしだな」


 詐欺師はあんたでしょうが。……まあそれは置いといて、実現してないっていったいどういう事? それじゃ本当に詐欺じゃん。


「いやあ、噂には聞いてましたけどドラーガさん、あなたなかなか賢いですね。転生法の問題点を一瞬で見抜くなんて。私あなたみたいな賢い人大嫌いですヨ。

 やっぱり人間はもっと愚かじゃないと、新しいものを発見なんてできませんヨ?」


 結局アルテグラが用意してた交渉材料っていうのは転生法による不老不死っていう事だったのか。でも残念。私達の中にそんなくだらないものに心を揺り動かされる人はいないわ。


「なかなか『転生法』も面白い技術ですけどネ。全く新しい自分に生まれ変われるわけですから」


 そんなこと言われても私達の中に動揺する人はいない。皆ありのままの自分に誇りを持っているんだから。


「たとえば女性だったら胸の大きな体になる、とかロマンありますよね?」


 …………


 …………


 ……なんだと?

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