第72話 そして別れ

「僕は正直、今回の事で自分自身が『勇者』にふさわしくないんじゃないかって、思い始めてるんだ……」


 天文館一階のフリースペース。


 軽食を取ったり、冒険者ぼっけもんたちが打ち合わせをするスペースで、アルグスさんが目を伏せ、ゆっくりとそう話し始めた。


 ドラーガさんとクオスさん、それにイリスウーフさんは今回の依頼が完了したことを報告に受付に話しに行っている。そんなときのアルグスさんの呟きだった。


 確かに、今回の依頼にはいろいろと思うところがあった。


 そう言えば最初、アジトに戻って休憩を取ってから行こうとしていた皆を焚きつけてすぐにダンジョンに向かわせたのも私だった。


「自分という人間の小ささに辟易としてしまうよ」


 ダンジョンの中では石壁とウコチャヌプコロして動けなくなってしまったクオスさんを置いて一足先に目的地に向かうという決断を迫られたりもした。途中でやはりクオスさんのところに戻ろうと主張したのはアンセさんだった。


 そして、結局依頼の主目的だったテューマさん達は既に殺害された後だった。アルグスさんだけでなく、私も、みんなも、今回のダンジョン探索については色々と思うところがあった。でもそれは決してアルグスさんが至らないからとかじゃあない。


 出口付近でのかなり危険な場面もあったけれど、結局はアルグスさんの機転と実力で突破できたわけだし……


「僕みたいなちん〇んの小さい奴が、本当に勇者を名乗っていいのか、って……」


 今回の件ってそっちですか。


「本当に勇者にふさわしいモノを持ってるのは、クオスなんじゃないのかな、って思ったんだ」


 どうでもいいわ。


「はいはいはいはい、ちん〇んデカいだけが取り柄のエルフが通りますよ」


 ちょうどクオスさんが帰ってきた。アルグスさんの座っている椅子を蹴り飛ばしながら、当然だけど不機嫌そうな表情でどっかと椅子に座ると、その隣にドラーガさんとイリスウーフさんも着席した。もう依頼達成の話は済んだんだろうか。


 と、思ったらその後ろに大柄な青年が立っている。


 誰だろう? 大柄だけど、見た感じは私と変わらないか、少し上くらいの年齢に見える。全然知らない人だ。


「もうちょっと待てばフービエも来るとよ」


 ん? この人の説明は無し? アルグスさんとアンセさんも彼が何者なのか疑問に思っているのか、言葉には出さないけれどずっと席に座らず立ったままの彼を見ている。イリスウーフさんとクオスさんは……なんだろう、この表情? 睨むわけでもなく……訝しむ? そんな感じの目線だ。ドラーガさんは特に普通の表情。


 いやホントに誰なのよ。ギルドの職員さんか何か? でも立ち振る舞いは事務員というよりは冒険者然としている感じだ。なんというか、こう、隙が無い感じ。


 しかしそうこうしているとすぐに黒髪の小柄な魔導士、フービエさんが近づいてきた。


 大分憔悴しきっているような雰囲気だ。ふらふらと足取りは覚束なく、ローブのフードを被っているせいか、表情も暗い。

 目の下にはクマがあり、白目も赤く充血している。仕方ない。長年生死を共にしてきた仲間の事を思っていたのだろう。


「まずは……依頼の達成、ありがとうございます。事のあらましはギルドの方から聞きました……」


 か細く震える声で、フービエさんはそう言った。なるほど、結局テューマさん達を助けられなかったことはすでに聞いているのか。私は心が締め付けられるような気持ちになる。


 もしこれを自分に置き換えてみたら。


 もし自分だけがダンジョンを脱出出来て、アルグスさん達が帰らぬ人となったりしたら。アンセさんやクオスさんが助けられなかったとしたら……ドラーガさんが……う~ん、微妙。だけどまあとにかく私まで泣き出しそうになるほどに彼女の気持ちがよく分かる。


「すぐに来たんで驚いたかもしれませんが、この二日間、気が気でなくて……ずっとギルドで待っていたんです……」


 そう言ったフービエさんの、テーブルの上に乗せられた手はカタカタと震えていた。フービエさんの隣に座っていたアルグスさんは彼女の手を優しく両手で包み込むように握って暖めた。


「力及ばず、助けることができなかった……本当にすまない」


 そう言ってからアルグスさんは大きめの袋を取り出す。中から出てきたのは短剣、指輪、ブレスレットなど。黒く煤で汚れたものもある。これらは、テューマさん達の遺品となった品々だ。


 フービエさんはそれに気づいたらしく、テーブルの上に置かれたそれらをみつめ、そして大粒の涙を流して泣き始めた。


「ああ……テューマ、イザーク、みんな……ううっ、ああ……ッ!!」


 遺品の数々を掻きいだくようにして、テーブルに突っ伏して泣き始める。


 私はまだ見るのは初めてだけど、ギルドでこうやって悲しみに打ち震える姿を見るのはそう珍しくないらしい。周りにいる冒険者の人達も、ちらりとこちらを見て沈痛な表情を浮かべている。


「すいません……取り乱して……冒険者失格ですね。

 『力及ばず』なんてとんでもないです。依頼からわずか二日で遺品を持ち帰ってきてくれるなんて、本気で助けようと努力してくれたんだな、って……それがよく分かります」


 フービエさんはそう言いながら遺品を袋に入れると、今度は自分の荷物から小さい袋を取り出した。


「本来はギルドを通してお支払するものですけど、今回はどうしても直接手渡したかったので……」


「君は……これからどうするつもりなんだ? 冒険者は、続けるのか?」


 アルグスさんの口からは意見何の関係も無いような言葉が出た。


「私はもう……引退します。田舎に帰って、ゆっくりと過ごすことにします」


「だったら報酬は受け取らない。これからもライバルとして競い合うならともかく……君も何かと入用だろう」


「そんな! これはケジメです。報酬は受け取ってください!」


「いいんだ。じゃあそうだ、報酬は受け取るけど、見舞金として受け取ってくれないか。他の皆もそれでいいかい?」


 そう言ってアルグスさんは皆の顔を見る。もちろんそれに反論する人などいなかった。


「そんな……」


「好意は素直に受け取っておくもんだぜ?」


 そう言ってドラーガさんは袋の口を開け、金貨を一枚だけ取り出して自分の懐にしまうと、袋の口を締めてフービエさんに押し付けるように手渡した。


 おいおい嘘だろ。


 こいつ今自分の分の報酬だけちゃっかり受け取って残りをフービエさんに渡したのかよ。ハート強すぎひん? この空気でそういうことします? 普通。


 まあ確かに自分の分の報酬をどうするかは個人の自由だし、フービエさんに返すのを強要することは出来ないけどさあ。


 しかも今のドラーガさんのセリフって完全に自分も見舞金を渡すような雰囲気だったじゃん。


 しかしフービエさんは心が弱っていて突っ込む気力もないのか、それとも前後不詳でそこまで気が回らないのか、立ち上がって、何度もお礼を言ってから去っていった。


 「もう、二度と会う事もないでしょう」とだけ言い残して。


 冒険者が冒険をやめるという事は当然ながらこういう別れ方もあるのだろう。


 もちろんテューマさん達のように人知れずダンジョンの奥深くで誰にも看取られることなく死ぬこともあるのだろう。いや、彼らはまだ幸いな方だ。フービエさんがいたのだから。


 さて


 ところで


 私は残された大柄な青年を見上げる。


 この人は一体何なんだろう?


「まっ、これで依頼は達成だ」


 ドラーガさんが口を開く。いやこの人誰なの? その説明ないの?


「まだなんか用事あんのか、セゴー?」


 ええっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る