第73話 不老不死

「ドン・セゴー……この人が……?」


 ドラーガさんの言葉に私は我が耳を疑い、どや顔で立っている青年を見る。


 ……誰だよコイツ。


「どうした? ちょっと見ない間に見違えたか?」


 超絶ウザい笑顔で青年はそう言う。


 いや、ちょっと見ない間って、ほんの二日ほどだよ? その二日の間にいったい何があったのよ。っていうか明らかに別人やんけ。元々のセゴーさんは多分五十歳は過ぎてる年齢だと思ったけど、明らかに二十歳前後の青年じゃん。若く見えるとかいうレベルじゃない。


「わ……私にも何が何だか……」


 イリスウーフさんが目を伏せたままそう言う。ああそうか、クオスさんとイリスウーフさんが変な表情で戻ってきたのはこういう事か。明らかに別人のなんだかよく分からない生き物が「自分はギルドマスターのセゴーだ」と主張しているわけで。


 正直似てるのなんて身長と性別くらいで、明らかに別人じゃん。アルグスさん達も目を丸くして驚いている。


 というかドラーガさんはなんで普通にしてるの。私はドラーガさんに耳打ちする。


「どういうことですか! なんでセゴーさんこんなに若返っちゃってるんですか!」


「若返っ……ん?」


 何かに気付いたようでドラーガさんはマジマジとセゴーさんの姿を上から下までつぶさに観察する。


「言われてみりゃいつもよりも髪の量が多いような……」


 そういうレベルじゃねーだろうが。あんた一体人を何で認識してんだ。


「二人とも……」


 私とドラーガさんがごそごそ話してるとイリスウーフさんがその輪に加わってきた。


「これ、もしかしてクラリスさんの言ってた『不老不死化』の技術なんじゃ……?」

「ええっ!?」


 思わず私は振り返ってセゴーさんの方を見てしまう。だって、不老不死というか、完全に生まれ変わってる感じでは……? これホントにセゴーさん? というか、これがセゴーさんって言えるの? 別人じゃん。


「フッ、別にこそこそ話さなくたっていいぜ? 七聖鍵は不老不死になるための『転生法』については隠す気は無いからな」


 転生!?


「そ、その通り」


 私は再びドラーガさんの方に向き直る。服の合わせのところからクラリスさんが顔を小さく覗かせていた。


「転生法については、ま、前にドラーガが言った通り。

 竜の魔石に記憶を移し替えて……」


「まさかとは思いますが、別の人間の身体にそれを移植するのでは……?」


 クラリスさんの言葉にイリスウーフさんが割って入った。


 別の人間に? じゃあその別の人間の人生はどうなるの? あんまり考えたくないけど、どこかから人を攫ってきて無理やり移植するとか?


「年を取ったり死んだりしたら、別の人間を殺して、体を新調するのが不老不死の骨子っていう事か……」


 さらにアルグスさんも会話に入ってきた。気づけば私達メッツァトルはドラーガさん(クラリスさん)を中心に全員が集まってきている。


「そ、その通り。転生するたびに、あ、新しい、若い人間の死体が必要になる……」


「おいおい、そんなところでスクラム組んだら他の人間の邪魔になるぞ? なにか悩んでることがあるならお兄さんが相談に乗ってやろうか?」


 セゴーさんは上機嫌な表情でそう尋ねてくる。完全に若返って浮かれてる顔だ。それだけなら微笑ましいのだけど、実際には彼が若返るその裏で誰か若者の未来が犠牲になっているのだと思うととてもじゃないが笑えない。


 それよりも直接的な怒りを見せたのはアルグスさんだった。


 彼は振り向きざまにセゴーさんの胸倉を掴んで締め上げる。


「なんだ? 苦しいぞ、放したまえ、勇者アルグス君」


「……貴様!! そこまで落ちたか!!」


 アルグスさんはここ連日のギルドの裏切りで怒りが溜まっている。私利私欲に走って魔族や七聖鍵と共謀して私達を陥れようとし、さらには自分の不老不死のために名も知らぬ若者の命を奪ったとなれば、彼の正義感に火をつけるには充分だ。


「テューマ達は……全員死んだぞ……」


 そうだ。その報告を今まさにフービエさんにしたところだった。彼らは、ギルドにいいように使われて、ダンジョンの奥底で、誰にも看取られることなく殺され、食い荒らされた。


「そいつぁお気の毒だ。ギルドからも香典を出さなきゃな」


「やめてアルグス!!」


 思わず振りかぶる拳。それをアンセさんが抱きついて止めた。


「挑発してるのよ! アルグス!! 分かるでしょう!!」


 アンセさんの言葉に我に返ったのか、アルグスさんは彼女の方に振り返って止められている自分の腕を見た。


(うわ、パイズリみたいになってる……やわらかい)


 んん? なんかいやらしい目で見てないか? 腕を抱きしめるみたいに止めてるから、柔らかい胸のふくらみに腕がうずまるみたいになってるけど……アルグスさん意外とアレだからなあ……


「賢明な仲間を持ったな。

 フフ、まあここ連日の探索で疲れたろう。しばらくゆっくり休むといい」


 そう言って笑いながらセゴーさんは戻っていった。


「一旦落ち着け、アルグス。飯でも食って冷静になれ」


 まだ怒りの収まらないアルグスさんにドラーガさんがそう声をかけた。この人は常に泰然自若というか、何事にも動じないというか……せめてセゴーさんの外見が変わってることくらいは気づけよ、と思ったけど……それでもこういう時は少し頼もしく感じる。


「おや、君達も昼食かね?」


 私達が席に着くと巨大な人影が話しかけてきた。


「ガスタルデッロ……」


 話しかけてきたのは七聖鍵の“聖金貨の”デュラエスと“十字架の”ガスタルデッロだった。

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