第74話 仲良くお食事

「ちょうどいい、私達もこれから昼食なのだ。ご一緒させていただこうか」

「そうだな。キリシアとカルゴシアで支部は違うが冒険者ギルドのSランクパーティー同士、食事しながら意見交換といこうか」


 ガスタルデッロとデュラエスはそう言って私達の意見など聞かずに席に着こうとする。こんな奴らと仲良く食事なんか……


「誰が……」

「奢りか?」


 アルグスさんが何か言おうとしたけれどそれを即座にドラーガさんが封じた。


 おいおいおいおい……こんな時に聞くことがそれですか。もうちょっとこう……あるでしょう。ガスタルデッロはその言葉に面食らったようにしていたがやがてにこりと笑って席に座った。


「もちろん。私達は年長者だからな。ご馳走させていただこう」


 この二人が七聖鍵のリーダーと副リーダーだとは聞いている。つまり一連の事件の黒幕であり、ドラゴニュートの復興を狙って謀略を巡らせている当人なのだ。


 ドラーガさんは満面の笑みでウェイトレスに注文をしているが、他の皆は一様に沈んだ面持ち。特にアルグスさんからは怒りすらも感じ取れる。


 やがて注文したメニューが運ばれてきたけれど、食が進むのはドラーガさんと七聖鍵の二人のみで他のメンバーは少しずつ、申し訳程度に食べているくらいでなかなか進まない。


「しっかし大盤振る舞いだな!」


 ドラーガさんがフォークに牛肉のステーキを突き刺したままでそう言った。普段はチキンなのに、ここぞとばかりに一番高いメニューを頼んだな、この人。

 ドラーガさんの声に応えたのはデュラエスだった。


「俺は黒キリシアで儲けてるからな。気にすることはない。君達も遠慮せずに……」

「あんなボンクラに不老不死を与えるなんてよ!」


 その瞬間たしかに時間が止まるような緊張が流れた。ドラーガさんは相手の油断を誘っておいていきなり本題に切り込んでいったのだ。


「わざわざギルドを抱え込むってことはアレか、やっぱり優秀な探索者が必要ってことか。魔剣野風なんか手に入れてお前ら何するつもりなんだ?」


 ドラーガさんはステーキの肉をナイフで切り分けながら、まるで今日の天気について話すように何の気なしに核心をつく。デュラエスは既に食事の手を止め、鋭い目つきでドラーガさんの様子を窺う様に覗き込んでいる。


 あまりにも何事もないかのようにドラーガさんが話すため、周りの冒険者たちはこの異常事態に気付いてもいない。もちろんガスタルデッロのその異様な風体のために注目を集めてはいるが、その程度である。


「この国を手に入れたいか? そんなことして何になる? ドラゴニュートを滅ぼされた意趣返しに人間を支配したいってのか? 子供じみた仕返しだな」


 にやにやと笑いながらドラーガさんがそう言う。デュラエスさんは「ふう」と一息つき、ナプキンで口を拭い、ワインで口を湿らしてからゆっくりと答えた。


「どこまで知っているのかは知らんが……国を落とすだけならば別に野風の力などに頼らんでもできる。だからこそ我らにはイリスウーフが必要なのだ。この大陸のどこかにはまだ雄のドラゴニュートもいるはず。それが揃えば、再びドラゴニュートの数を増やし、再興も叶うのだ」


 この言葉に思わずイリスウーフさんは口を押えて青ざめた。


「へっ、イリスウーフを苗床にして犬っころみたいに子供をぼこぼこ産ませようってのか? お前エロ小説の読みすぎなんじゃねえか?」


 そう、口は悪いが、今デュラエスが行ったことはまさにドラーガさんが行ったことの通りなのだ。


「たとえそれでオスのドラゴニュートが見つかったとしてだ……」


 ドラーガさんはそう言ってステーキの最後のひとかけを口に放り込んだ。ゆっくりと咀嚼して飲み込む。


「ドラゴニュートってのはもう絶滅してんだよ……お前らが生殖能力を失った時点でな」


 この言葉にデュラエスさんの顔色が変わった。


「なぜそれを……ッ!!」


 そうか、考えればすぐにわかることだ。転生法はさっきのクラリスさんの説明の通りなら魂だけを別人の身体に乗りうつらせる方法。転生した相手もドラゴニュートでない限りは既に自分の、ドラゴニュートの子供を残すことは出来ないっていう事か。


「ガキくせえなあ……ああいやだいやだ」


 ドラーガさんは余裕の表情でワインをあおる。デュラエスは怒りのためか握った拳を小刻みに震わせている。この人本当に人を怒らせるのが上手いなあ。確実にその人の逆鱗に相当するところを突いてくる。


「私が野風を求める理由は少し違う……」


「じゃあなんのために? まさかその力を使ってこの世から争いをなくすとでも言うのか?」


 デュラエスは怒りの表情を見せているが隣のガスタルデッロは余裕の表情を崩さない。何のために野風を求めるのか、それをアルグスさんが問いただすと彼からは聞きなれない単語が漏れ出た。


「アカシックレコードだ」


「おい、そこまで言う必要はない……」


 慌てて冷静さを取り戻したデュラエスがガスタルデッロを咎める。アカシックレコード? 聞いたこともない。いったい何のことだろう。


「ふん、世界の始まりからの全ての出来事や感情が記録されてるっていう世界記憶か……そんなもんが実在するとでも思ってんのか?」


 ひええ、ドラーガさんが賢者みたいな発言を。


 ガスタルデッロは懐から緑色の宝石を取り出し、うっとりとそれを見つめながら独り言のように呟いた。


「少なくとも私は信じている。竜の魔石と、多くの人の命を吸収した野風の……その先には、きっとそれがあるとね……」


 その時だった。


 カン、カン、カン、カン……


 遠くで半鐘を打ち鳴らす音が聞こえる。


「この音は……」


アルグスさんがそう言って耳を澄ます。それと同時にクオスさんの顔色がみるみるうちに青くなっていった。


「敵襲を知らせる音……まさか、ダンジョンのモンスターがスタンピードを起こして……!?」

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