第68話 狂戦士

「トルトゥーガッ!!」


 狭い瓦礫の道の中、アルグスさんの叫び声が響く。


 アルグスさんからの私への謝罪の言葉、それはもちろんここで人生を諦めることの、私を無謀な冒険に巻き込んでしまったことへの悔恨の念からくる言葉などではなかった。


 最初にこの技を見た時。


 そう、青銅製のゴーレムをバラバラに切断した時のように、アルグスさんはトルトゥーガを投擲はせずに回転させたままのこぎりのように自分にしなだれかかる死体を切断する。

 いや、すり潰し、削り取り、粉々にしていく!


 たちまち死体はミンチになり、血と肉の欠片が狭い通路内に飛び散る。


「ヒイッ!?」


 その奥に居て、仲間の身体ごとアルグスさんを突き刺した男。


 おそらくその男もやはり死ぬ覚悟ができていてこの作戦に当たっているのだろうが、恐怖のあまり思わず体をのけぞらせるが、しかしアルグスさんは止まらない。止まれない。


 そうなのだ。止まれないのだ。


 通路の外では魔法を詠唱する女がいる。


 詠唱が完成してしまえばこの小さな通路は全て炎で包まれ、私達は哀れな消し炭となってしまう。もはや選択肢などない状態なのだから。


「助け……」


 しかし回転するトルトゥーガに慈悲は無い。縦横無尽に走る盾の軌跡に切り裂かれ、血と脂をまき散らしながら、人だったは粉々になる。アルグスさんの近くの特等席でそれを見ていた私は、おぞましい臭気に思わず吐いてしまった。


「焼き尽くせ! ヘルファイ……」


 詠唱が完成したのか、通路の外にいる女性が手をこちらに向けているのが見える。


 しかしアルグスさんは盾の縁を掴んでフライングディスクのように水平にトルトゥーガを投擲する。


「キャッ……」


 真っ直ぐに、正確に。


 狭い通路を抜けてトルトゥーガは回転しながら飛んでいく。小さな悲鳴と共に外にいた女魔導士の身体は真っ二つになった。



――――――――――――――――



「うえぇぇ……ひでえ匂いだ」


 そう言いながらドラーガさんが鼻をつまむ。


 まあ、通路も酷い匂いだったけど……多分一番匂うのは私とアルグスさんか……


 なんか今回スプラッタが多いな。酷い目にあった。


「ごめんね、マッピ。血と内臓の匂いでひどいね」


「い、いえ……ほかに方法もなかったですし……」


 アルグスさんの謝罪は血と脂にドロドロに汚れてしまう事へのものだった。すぐにでもアジトに帰って体を洗いたいけれど、でもこの襲撃の正体を見極めないことにはそれもできない。


「人間……ですよね、この人たち……いったい何者なんでしょう」


 イリスウーフさんが悲しそうな表情で、絶命している女魔導士の人の顔を確認し、そしてその瞼をゆっくりと手のひらで撫でて、目を閉じさせた。他の二人はアルグスさんのトルトゥーガの攻撃を受けて肉片しか残っていない。他に方法がなかったとはいえ、沈痛な空気が流れる。


 他の二人は暗くてよく分からなかったけれど、この魔導士はかなり若い。まだ少女と言っても差し支えない年齢だ。


「顔つきや髪の色から考えて、オクタストリウムの人間だとは思うが……さすがに身分が分かるようなものはつけていないな……冒険者だろうか」


「少なくともここ一、二年ではカルゴシアでこんな子を見たことはないわ……それに、冒険者なら当然持っているタグを身に着けていない」


 アルグスさんの問いかけにアンセさんが答える。タグとは冒険者の身分証のようなもので、たとえダンジョンで野垂れ死んでもこれさえ見つかれば死亡証明となり、少ないが遺族年金や保険金の給付に困らない。


「威力偵察……もしできるならそのまま殺害しようと考えていたんでしょうか」


 クオスさんが言葉を発するが、実際のところ何だったのかは分からない。しかし最初から死を覚悟していたような決死隊だったのは間違いない。彼らの作戦は間違いなく死を前提としたものだった。


 だったらなおさら冒険者だとは考えられない。冒険者は軍人ではない。自分の死を前提とした作戦なんて普通は考えられないからだ。


「七聖鍵の子飼いの兵隊じゃねえのか? おい、クラリス、こいつらに見覚えはねえのか?」


 ドラーガさんが呼びかけるとクラリスさんがひょこっとドラーガさんの服の間から顔を覗かせて、そして顔をしかめる。彼女も自分の死を前提とした作戦を立ててはいたけれども、それは後から復活できるというがあったからだ。


「こいつらももしかして復活すんのか? お前みたいに」


 ドラーガさんが続けて尋ねるとクラリスさんはふるふると首を横に振った。


「ふうん、『なんか知ってる』って顔だなあ? 言ってみろよ、こいつらはなにもんだ?」


「うう~……さ、さすがにこれは、言えない。で、でも、七聖鍵の手の者って言うのはその通り」


 言い淀むクラリスさん。結局彼女から詳しい事情は聞けなかったけれど、やはり七聖鍵の差し金というのは確かなことのようだ。


 それにしてもどういう心境でこの作戦に臨んだんだろうか。私は直接対峙したわけではないけれど、それでも彼らからは恐怖心というものはあまり感じなかった。そして瓦礫を崩して作った「トルトゥーガ封じ」。


 この人たちが最初からアルグスさんを殺すために作戦を練っていたのは確実だ。近いうちに私達がまたムカフ島に行くというのはフービエさんの依頼の事を知ってるギルドから七聖鍵に流れたんだろう。


「麻薬や、精神汚染魔法によって恐怖心を失くしたり、洗脳する、といった方法も無くは無いけど」


 アンセさんが戸惑いながらそう言うがアルグスさんがそれを否定する。


「しかし直接戦った僕だから分かるけど、彼らからは正気を失っているような気配は受けなかった。強い意思と、確かな自我を持って僕と戦っているように見えたが」


「あ、アルグスの言うとおり……」


 再びクラリスさんが口を開ける。


「こ、この子達は、自分の意思で、七聖鍵に……“聖女”ティアグラに心酔し、忠誠を誓って命を投げ捨てたんだと思う……ご、ごめん。これ以上は言えない……」


「いいんです、クラリス先生。あなたにも立場というものがありますから。少しでも情報を貰えただけで充分です」


 先生!? いつからクラリスさんはクオスさんの先生になったの? なんかダンジョン入るまではドラーガさんを狙う者としてライバル視してたと思うんだけど?


「なんにしろ、てめえの命を他人のために使うなんて馬鹿のやることだぜ。俺には理解できんね」


 今回ばかりはドラーガさんの意見に賛成だ。


 しかし考えていても答えは出ない。


 一つ分かるのは、七聖鍵というのは私達が考えていたよりももっと大きな組織なのかもしれないという事。そして、普通の人間に兵隊がいるという事は、今後私達はギルドの中だけじゃなくカルゴシアの町でも同じように狙われるかもしれないという事だ。


 私達は仕方なく、形の残っていた魔導士の遺体だけでもダンジョンの外に運び出し、簡単に埋葬して帰途についた。


 最初から最後まで、なんとも後味の悪い冒険になってしまったのだった。


「一つだけ言えることがある……向こうにも、相当な詐欺師がいるってこった。それも虫唾が走るような」


 私結構ドラーガさんにも虫唾が走るんですけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る