第154話 全権委任

「七聖鍵のガスタルデッロだ。公爵閣下に火急の儀あれば、無礼を承知で先触れなく参った。お目通り願う」


 堂々たる振舞い。


 もう日も落ちて随分と経つ。尋常であれば斯様な折に城を訪ねる者などありはしない。領主とよほど親密な間柄であり、事前に話を通してあれば別であるが、ましてや平民の冒険者ぼっけもん風情が、それも先触れ無しなど、その場で切り捨てられても文句の言えぬ所業である。


 ここ、領主シーマン家の居城であるカルゴシア城は両端に大きくせり出した城郭が鶴の開いた翼の様に正門を取り囲んでいることから鶴丸城とも呼ばれる。


 城の中は慌ただしい様子。現在城下に謎の化け物が現れて市民を襲っているという情報が入ったため、騎士団が急遽出撃の準備をしているのである。


 その騒ぎの中、冒険者のトップであるSランクパーティー、七聖鍵のリーダーであるガスタルデッロが訪ねてきたのだ。まず十中八九此れに関するものであるとみてよいであろう。


 その上七聖鍵と領主のシーマン家は不老不死の秘術をめぐって懇意にしていることはもはや誰もが知っている公然の秘密である。


 門番はすぐにガスタルデッロに待ってもらうように告げ、この報を上にあげた。


「ふむ、中々面白い状態になってきたな。デュラエスの思い描いていた絵図とは全く違うものになってしまったが、やはり臨機応変に事を進めるのは胸が高鳴る。嫌いではないぞ」


 ガスタルデッロは遠く、土煙を上げて荒れ狂うモンスターに荒らされる街を眺めながら腕組みをして嗤う。


 ティアグラが破れ、そしてイチェマルクの存在が確認できなくなり、消失した可能性が高いという情報を受けてもガスタルデッロとデュラエスは動揺することはなかった。


 ティアグラが自分達の指示を聞かずに好き勝手に動いているのはいつもの事であったし、まさか裏切るとは思っていなかったものの、しかしイチェマルクがそのティアグラを憎々しく思っていたことには気づいていた。よもや存在が消失するとまでは思っていなかったが。


 しかし既に七聖鍵は崩壊の危機、ゾラとティアグラ、それにイチェマルクが死亡し、その内ゾラとイチェマルクは復活不可能、ティアグラの魔石の在処は不明、さらにクラリスも行方不明。


 残るは彼とデュラエス、そして協力者ではあっても目的を同じくしていないアルテグラの三人だけである。


 それでもガスタルデッロとデュラエスはこの状況を確認して、顔を見合わせて思わず笑ってしまった。


 こんなに楽しいのは久しぶりだ。


 しかも機を同じくして町中に突然制御不能の化け物が現れた。ムカフ島からではない。と、なれば事の顛末はなんとなく想像はつく。どうせまたあのドジなリッチが何かやらかしたのだろう。


 デュラエスは不慮の事態に対処するため町に残り、そしてガスタルデッロは城へ。少し計画は早まってしまったが、もうこの際最終局面の一手を打つことにしたのだ。


「ガスタルデッロ様」


 先ほど応対した門番が声をかける。


「すぐにお会いになられるそうです。こちらへ。それと……」


 門番はガスタルデッロの下げている巨大な両手剣に視線をやる。


「失礼とは存じますが、お腰の物を」


「うむ」


 ガスタルデッロは嫌な顔一つせずに腰に下げていた鞘の金具をベルトから外し、門番に渡す。受け取った門番はあまりの重量によろよろと後ろに二歩、三歩と下がる。


「そうだ」


 城内に入ろうとするガスタルデッロは門番に一つ言葉を投げかける。


「怪異の鎮圧に騎士団が出るなら四半刻ほど待ってくれ。これからその話を閣下とするのでな」


 今現在の彼にそんな権限などないのだが、しかし彼の言葉には「力」がある。自信に満ちた態度と、彼の経歴。それが人を動かす。


 肩で風を切り、巨体を上下に揺さぶりながら彼は進む。悠々と進むその姿にはしかしそれでも体幹のブレは一切ない。自信と、技と、そして力に満ち溢れた姿である。


 まかり通る。


 その言葉がしっくりとくる。身分の違いも常ならぬ振舞いも、全てその実力で以てしてまかり通っているのだ。


 城の広間に通されたガスタルデッロは玉座に座るシーマン家当主に対峙する。たかが地方領主の分際で謁見の間と玉座を拵えている厚かましさにガスタルデッロは思わず苦笑してしまう。


 当のシーマンはそれを親愛の笑みと受け取ったようではあるが。


「何事ぞ」


「此度の城下における怪異の起こしたる動乱、閣下に申し上げたき儀が」


 そう答えるガスタルデッロは跪くことも敬礼をすることもなく真っ直ぐに領主を見据える。領主とはいえガスタルデッロとの身分の差は歴然。その無礼な態度に一瞬ぴくりと眉根を動かしながらも、しかし当主アルキナリア・シーマンは努めて冷静に振舞う。


 アルキナリアの外見はまるで二十歳前の少年のようである。実際には齢六十を超えた老齢のはずなのであるが。


 しかしもはやそのことに異を唱える者などこの家中には居はしない。もちろん「転生法」の事を知っているからであり、そして無礼な態度をとり続けるガスタルデッロに対してこれをいさめることをアルキナリアがしないのもここに理由がある。


 永遠の命を手に入れ、そして実質上シーマン家が七聖鍵の軍門に下ったことを誰もが知っているのだ。


「申してみよ」


 しかしあくまでアルキナリアは領主であり公爵、無冠の一市民に対してへりくだったような態度はとらない。たとえそれが表面上だけの物であってもだ。


「すでに知っておられましょうが、今この時、城下の町では人ならざる魔の物が暴れ、数多くの市民が犠牲となっており、我ら冒険者ぼっけもんが事に当たっております」


「知っておる。なればこそ、我ら家中の者もこれを討ち果たすべく、いそぎ支度をしておる」


「動きが遅い。話にならぬ」


 謁見の間がしん、と静まり返る。


 何も難しい言葉を使ったわけではない。この上なく平易な言葉であったが。しかしその場にいる誰もがガスタルデッロが何を言い出したのかが理解ができなかった。


 家老の重臣たちも、はち切れんばかりの筋肉をフルプレートメイルに包んだむつくけき近衛の騎士達も、そして当主のアルキナリアもだ。


 二の句を告げられないアルキナリアを差し置いてガスタルデッロは言葉を続ける。


「先のスタンピードに於いても騎士団の投入が遅れて民草に多くの犠牲を出したというのにこの体たらく。この期に及んでも市中に兵を置かず対応に遅れる始末。もはや閣下にはこのカルゴシアを率いる資格なしと存じます」


「こ……この無礼……」


 アルキナリアの隣に控えていた壮年の男性、家老のタルミーが怒りのあまり震えながら「無礼者」と声を上げようとし、そして当主の顔色を窺うように声を止めた。


 はて、ここでガスタルデッロを叱責してよいものか。当主はまだその色を見せてはおらぬ。尋常では即座に手打ちにするのが最善ではあるものの、しかし相手は不老不死のカギを握る七聖鍵。迷ったのだ。


「つきましては、騎士団指揮の全権をこの私に委任して頂きたく」

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