第155話 駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは犬と豚

 騎士団の全権委任。


 シーマン家当主アルキナリアは、はたと考え込む。


 先のガスタルデッロの無礼な物言いにははらわたが煮えくり返る思いであったが、しかし「指揮を任せろ」とは悪いことではないかも知れぬ。もちろん「全権」の委任などは流石に出来ぬが。


 何しろすでに市民には多くの犠牲者が出ているのだ。この先七聖鍵が指揮を執ったところで大なり小なり犠牲は出る。


 この不手際を上手くすれば七聖鍵にひっ被せられるかもしれぬのだ。


 だとすればこの動乱に於いての七聖鍵の責を問える。今後、このカルゴシアの中での力関係に於いて七聖鍵に対し「負い目」を作ることができるかもしれないのだ。


「加えて言うならば」


 しかしガスタルデッロの言葉はまだ終わってはいなかった。


「貴公は大将の器量うつわあらず。国一つは荷が重かろう。このカルゴシア、私が貰い受ける」


 シーマン'sが腰の剣に手をかける。


 アルキナリアが手を上げかけ、そして胸の辺りの高さで一瞬止まった。


 この者を亡くしてよいかと逡巡したのだ。


 だが最終的にはその手は顔の高さまで上げられた。


 もうよい。ここまで虚仮にされては家臣の手前顔が立たぬ。それにこいつがらなんでもあのアルテグラさえいれば「術」は実行できる、とふんでの判断である。


 そこまで考えねば、手を上げることすらできなかったのだ。


「チェストセキバハラ(※)」

※シーマン家中の隠語で「ぶち殺せ」の意


「よかど!!」

「ようごわすとも!」

「チェストオォォ!!」


 身の丈八尺にも及ぶ、とても尋常の人であるとは思えない大男。しかし無手である。我ら殺魔武士の敵に非ず。そう考え及んでの突撃であった。


 しかし彼らが駆け出した時にはガスタルデッロはその場におらず。二百キロに及ぶその巨体は風の如く突進し、一足にてアルキナリアとの距離を詰める。


「だから、遅いと言っている」


 アルキナリアはあげた右手を下ろすことも、その攻撃を避けることもできずに。


 ガスタルデッロの縦拳がアルキナリアの顔面にめり込む。


 鈍い音を立て、頭蓋骨は大きく歪み、割れ、そして脳挫傷を引き起こし、痛みすら感じる間もなく彼は絶命した。


 玉座に座したまま、力なくその上半身が折れ曲がる。まるで己の過ちを恥じて謝罪するように。


 謁見の間は再び静寂に包まれた。


 誰も声を発することができない。玉座の両脇に控えていた近衛兵の長であってもだ。身動きすらできなかった。


「やはり器量うつわに非ず」


 そう言ってガスタルデッロは母猫が仔猫を運ぶように奥襟を掴んでアルキナリアの体をぶら下げると、うなじの辺りを掴んでその皮膚ごと竜の魔石を引き剝がし、それから彼の体を無造作にごみの様に投げ捨てた。


 そこまでやってようやくアルキナリアの玉座の両脇に陣取っていた近衛騎士二人は動くことを思い出した。


 素早く抜刀しようとする古強者の手、その柄に駆けられた手をガスタルデッロは前蹴りで蹴り抜く。騎士は後方の騎士を巻き込んで壁まで吹き飛ばされて気を失った。


 反対側の近衛騎士はその隙に抜刀し、切りかかるが、ガスタルデッロの手刀が彼の前腕を叩き、ガントレットごと尺骨を粉々に打ち砕く。打ち飛ばされた剣が家老の一人を串刺しにした。


 その事態にも冷静さを崩さない近衛騎士は残った左手の人差し指、中指、親指で蟷螂手を形作り取眼(目突き)を試みるが、しかしリーチの差、ガスタルデッロの左掌が一瞬早く彼の頭蓋骨を包み込む。


 小さい悲鳴を上げて近衛兵はまるで人形のように持ち上げられてその脚が床から浮き、じたばたともがき苦しむ。


「軟弱だな……鬼シーマン'sともあろうものがこの体たらくか」


「お相手しもんそ!!」

「よかぐえじゃ!」

「チィェストオォォッ!!」


 向かってくる騎士達。ガスタルデッロはにやりと笑みを見せ、苦しそうにもがいていた近衛騎士の頭部を放し、そして左腕の手首に持ち替え、振りかぶる。


 無手のガスタルデッロは彼の体を武器にするつもりなのだ。


「おおおおおッ!!」


 ガスタルデッロの怒号と共に近衛騎士の体が男どもを薙ぐ。既に力なく、人形のように振り回される近衛騎士はまさしく彼の道具のようであり、その胴体や脚に触れる騎士達は鎧が弾け、吹き飛び、体中の骨を粉々に粉砕される。


 二度、三度とガスタルデッロが近衛騎士を振り回すと、もはや彼の周り十歩以内の騎士はみな物言わぬ肉塊と化した。


「つあぁッ!!」


 最後にもう一度近衛騎士の体をスイングすると腕が抜けた。


 骨が抜けたのではない。文字通り腕が肩の部分で抜け落ち、体はすっ飛んでいったのだ。ぼたぼたとちぎれた面から血液がしたたり落ちるが、しかし「噴き出す」という感じではない。おそらくはとうの昔に心の臓は止まっていたのだろう。


 ガスタルデッロは無造作に腕を投げ捨てると息を切らす様子もなくにこやかな笑顔を浮かべて騎士達に話しかける。


「さて、まだ文句のある方はおられるかな?」


 死屍累々、まさにその言葉通りであるが、全滅ではない。だがそれでも、もう残った者達は恭順の姿勢を見せた。片膝をついてこうべを垂れる。


 力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する時代。


 ガスタルデッロが言った通り、スタンピードを経験しても何の備えもしておらず、挙句の果てに逆賊の侵入を許し、判断も遅れ、容易くその首を取られた領主はその器量うつわに非ず。

 加えて言うなら唐突に若い姿に変わって「不老不死になった」などと言う領主はその求心力も失いつつあった。


 彼らはガスタルデッロの「国盗り」を認めたのだ。


「フン」


 小さく鼻を鳴らすとガスタルデッロはぎしりと椅子をきしませて座った。


 「その気になればカルゴシア一つ落とすことなど容易い」……そううそぶいていたガスタルデッロの言葉は決して大げさではなかった。実際彼にとってみれば手順を気にしなければいつでもできることだったのだ。「それ」をする利点が今までなかったからしていなかっただけで。


「公爵閣下」


 一人の衛兵が彼の前に出て跪き、巨大な両手剣を捧げるように前に出す。正式に叙勲されたわけではないので本来は公爵などではないが、もはやそのことに異を挟むものなど居ない。


「先ほどは失礼を。お返しいたします」


「うむ」


 ガスタルデッロは悠々と自分の十字剣を手に取る。やはりこれがないと収まりが悪い。彼は満足げな笑みを見せた。


「それと」


 衛兵の用事はそれだけではなかったようである。


「城下では未だ化け物が暴れ、それに便乗して暴動略奪も起きているようです。城門の前には対応を求める民草も押しかけております」


「私が直接指揮を執る。騎士団を出すぞ。それと」


 邪悪な笑みを見せるガスタルデッロ。


「法を犯す暴徒に人権などない。容赦なく踏み潰せ。私が許可する。城門内に避難民なども入れてはならぬ。これを機にはかりごとを企む輩などもおるかもしれん。私のようにな」


 そう言って笑って見せると騎士団の男達からも笑みがこぼれた。


「逆らう者は片っ端からチェストだ。よいな」

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