第193話 復活
その言葉を聞いた瞬間、アンセさんの瞳に希望の光が宿った。
「アルグスを……? 生き返らせられるの!?」
そして同時に、ドラーガさんの表情は曇った。
「ええモチロン! そのために魔法でトランクケースを低温に保ってましたので」
クオスさんとイリスウーフさんも複雑な表情を、戸惑うような表情を見せている。おそらくはドラーガさんと同じ事を思っているのだろう。
「私の技術ならバ、ほぼ100%の再現度で、アルグスさんをリブートすることができます。伊達に三百年も転生法を実施してたわけではないですからネ」
アンセさんの顔は既に悲しみの色が消え、笑顔すらも浮かべていたのだったが、やがて何かに気付いたようでハッとした表情を見せ、ドラーガさんの方を不安げに見た。
ドラーガさんの方はというと腕組みをしたまま口を真一文字に結んでいる。
「ね……ねえ、みんな」
アンセさんは両膝を地についたまま、すがる様に皆に話しかける。彼女も気づいたんだ。今皆が何を考えているのかを。
「アルグスを……生き返らせられるのよ!!」
脂汗を流し、黒い魔導衣は灰にまみれ、目の周りは涙で荒れている。そして叫ぶ様に言うのだ。アルグスさんが生き返ることができるっていうのに、なぜ喜ばないのかと。
「本気なの、あなた達……? アルグスを、生き返らせないつもりなの?」
「おや? どういう事デス?」
不思議そうにアルテグラが首を傾げる。しかし彼女の言葉は無視して、ドラーガさんが立ち上がり、アンセさんの方に向かって話しかける。
「お前の気持ちは分かる、アンセ。だが、アルグスを生き返らせることは、できない」
「なんでよ!! 生き返られるのよ!! なんでよ!!」
彼女も、分かってはいるのだ。だがそれでも抗わずにはいられない。
「レプリカントクオスの復活を拒否したアルグスが、自分が死んだらてのひら返して『特別扱いでやっぱり生き返らせてくれ』なんて 、そんなこと言うとでもお前本気で思ってるのか?」
言い方は酷いけれど、しかし誰もが分かってはいるのだ。誰もが分かってはいることだった。だからと言って今のアンセさんにそれを受け入れられるような余裕はないのだけれど。
「そうよ! 特別扱いよ! いいじゃない! ここまでみんなのために命を削って戦ってきた勇者なのよ!! 誰が文句を言うっていうのよ!!」
分かっているんだ。他の誰でもない、アルグスさん自身がそれを許せないと。アンセさんは再び両目から大粒の涙をこぼしながらドラーガさんに訴える。
「お願い……誰にも言わなければ、バレないわよ……私達だけの秘密にすれば……ね?」
「だが……アルグスには分かる」
ドラーガさんの言葉は尤もだ。他の誰に知られることがなくてもアルグスさん本人には分かるはずなのだ。そして、生き返ったアルグスさんは何を思うだろうか。
鏡を見て、以前の自分とは似ても似つかない自分の姿を見た時。
自分が復活するために犠牲になった人間の事に思いをはせた時。
何を思うだろうか。
「そんな事をすれば、あいつは自分を責め、自ら命を絶つかもしれない」
「そんな……はず」
ドラーガさんはしゃがんでアンセさんの両肩に手を置く。ドラーガさんを見つめるアンセさんの表情には恐怖の色さえも見える。
そう、人は自分にとって都合のいい未来を思い描こうとする。
何もかも元通りに戻って、「そんなこともあったな」と笑いながら語り合える未来。
そんな未来なんて決して手に入らないという事が分かっているにもかかわらず。
そこに「真実」を突き付けるドラーガさんの言葉は、いつだって残酷だ。
それが「残酷」だという事が分かっていれば、行方不明になったレタッサさんはイチェマルクさんの説得に応じていたのかもしれないが。
ドラーガさんは眉間に寄せていた皺を解放させ、努めて優しい表情でアンセさんに語り掛ける。こんな表情をするドラーガさんは初めて見る。
「禁忌を犯してまで生き返らせたアルグスが、呪いの言葉を吐き、自分を責め、自殺する……そんな未来に、お前自身が耐えられるのか? もしそうなったら、お前まで……」
そう。
それはきっと、アンセさんにとっても辛い未来にしかなり得ない。二度も愛する人を失って、しかもそれが自分の判断のせいなのだとしたら、アンセさんの心は、いったいどれだけ傷つくのだろうか。その時、アンセさんはどうなってしまうのだろうか。
「……俺はもう、仲間を失いたくない」
「綺麗事」とも言えるような、ドラーガさんの口から紡がれた言葉。しかしいつものような厭味ったらしいニヤついた表情ではなく真剣な表情。彼は、本気でそう思って、その言葉を口にしているんだ。
いつもの、残酷なだけの言葉じゃない。
本気で仲間の事を思っているからこそ、今までになかったような、相手を思いやる言葉も出てくる。
「それでも……それでも私はアルグスを……」
「お前は愛したアルグスは、そんなことしてもらって喜ぶような奴だったのか」
とうとうアンセさんは、言葉を失い、その場にへたり込んだ。しんしんと灰が降り積もり、彼女の頭を白く染める。
「え? ちょっと、本気ですか、皆さん? 本当にアルグスさんを復活させないと!?」
その私達のやり取りにどうやらただ一人戸惑っているのがアルテグラだったようだ。彼女は露骨に狼狽えて、身振り手振りを大きくしてドラーガさんに話しかける。
「死んでるように生きてる奴、生きる気力を失って項垂れてる奴、きれいな死体でもいいんですヨ? 今ならその辺にたくさん転がってマス! 本人がどう思うかなんて、とりあえず生き返らせて聞いてみればいいじゃないですカ! ダメだったらその時また改めて殺せばいいでしょウ?」
ドラーガさんは冷静な、いや、冷たい目で彼女を見下ろして言った。
「恐ろしい女だな。命というものにまるで頓着がない。
それとも、人類よりもはるかに優れた技術力を持って、三百年もの間命を自由自在に扱ってくると、誰でもそうなっちまうもんなのか?」
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