第129話 クオスはどこに

「あ……」


 私はドアを開けて入ってきた細身で長身の男性を見て思わず小さな声を上げてしまった。


「お、ようやく来たか、何か情報が入ったか?」


 アジトのリビングで何か熱心に資料を見ていたドラーガさんが声を上げてドアの方を見ている。


 ドアを開けて入ってきた男性は忍び装束に身を包んだ男、七聖鍵の一人、“霞の”イチェマルク。


「……服着てる……」


「俺が服を着てると何か問題でも?」


 イヤ別に問題はないんですけど、なんか私の中ではイチェマルクさん=イコール全裸の公式が完全に出来上がっていた。いや全然問題はないです。むしろ服はいつも着ててほしいです。


 う~ん、こうして服着てれば普通にイケメンなのに……おしいなあ。っていうかこの人には全裸以外にもロリコンという欠点もあるんだった。


「その……考えてくれただろうか……?」


 ん? 何を? 唐突なイチェマルクさんの言葉に私は疑問符を浮かべる。なんか私に決定権を投げられるようなことがあったっけ? 私が首を傾げているとイチェマルクさんは少し悲しそうな表情をして私の肩をがしっと掴んだ。


「俺は本気だ。君の事を……」

「無視してんじゃねえよコラ!」

「あいたっ!」


 いたたた……ドラーガさんの投げた木のカップが私の頭にスマッシュヒットした。これイチェマルクさんを狙ったんだよね。逆に私を狙って投げたらイチェマルクさんにヒットするんだろうか。私はドラーガさんにカップを投げ返してからイチェマルクさんの方に振り返る。


 そう言えば思い出した。私この人に求婚されてたんだ。


 でも私知ってるんだよ。この人、ロリコンだから胸の小さい私を選んだって。ふざけんなぶっ殺すぞ。


「そんなのはどうでもいいですから!」

「あがっ!?」


 私は思いっ切りイチェマルクさんのすねを蹴り上げる。ドラーガさんに何か聞かれてたよね? この人。


「何か情報を持って来たんじゃないんですか?」


 イチェマルクさんはしゃがんですねを抑えながら唸っている。大袈裟だなあ。


「誰か来たのか? マッピ……う、一体何が!?」


 アジトの奥からアルグスさんの声がして振り返ると、ドラーガさんが脇腹を抑えて椅子から降りて屈んでいた。何があったんだろ?


「う……マッピにやられて……肋骨にひびが」


 え? うそでしょ? 確かにカップは投げたけど、なんでそんなことで肋骨にひびが? どういう受け方したのよ。


「そこにいるのはイチェマルク……? 何が起きて……敵襲?」


 玄関の方を見ながら言うアルグスさんの言葉に振り返ると、こっちではイチェマルクさんがスネを抑えてうずくまっている。


「マッピに……スネを折られて……」


 ち……違う。


 私はなにも……



――――――――――――――――



「まあ、この暴力女の蛮行は置いておいて、だ」


 いや納得いかない。イチェマルクさんの方はともかくカップを先に投げたのはドラーガさんの方だ。


 まあそれはいいや。二人とも私の回復魔法で治したんだし。重要なのはそういう事じゃない。本当に。二人の怪我なんて気にする必要は全然ない。私は悪くない。彼の持ってきた情報が問題なんだ。


「直接見たわけではないが、どうやらクオスはティアグラの屋敷に捕らえられているらしい」


 リビングにはメッツァトルの全員が集まっているが、イチェマルクさんの言葉に全員が顔を見合わせ、そして戸惑いを見せる。


 無言のまま、ドラーガさんがゆっくりと右手の人差し指を立てて、それからイチェマルクさんを指さして言った。


「ひっ捕らえろ!!」


「なんでですか!」


 唐突過ぎる。イチェマルクさんぽかんとしてるじゃない。言いたいことは分かるけども。とはいえイチェマルクさんも別に私達を混乱させようとしてこんな情報を持ってきたわけじゃない筈。いきなり「ひっ捕らえろ」は酷いよ。


「あの……非常に申し訳ないんですけど」


 イリスウーフさんが言いづらそうに言葉を挟むが、そんな遠慮などというものが存在しない男、ドラーガ・ノートが懐からクラリスさんを取り出してドン、とテーブルの上に置いた。


「クラリスがどうかしたのか?」


 イチェマルクさんの言葉にクラリスさんが答える。


「じ、実を言うと、私は私でアルテグラの屋敷にクオスがいないかを、し、調べてたの」


 そう。私達はイチェマルクさんに依頼を出していながらも、同時に一番怪しいと思っていたアルテグラの周辺を、彼女に一番近かった人物、クラリスさんにお願いしてクオスさんの居場所を洗ってもらっていたのだ。そして……


「わ、私は確かにクオスをアルテグラの屋敷の敷地内で見たわ」


「なにっ!?」


 なんということか。ここに来て情報が錯綜してしまった。クラリスさんの情報とイチェマルクさんの情報、どちらが一体正しいのか。でもイチェマルクさんは直接クオスさんを見たわけじゃないんだよね……


「クラリスは直接その目でクオスの姿を確認してるんだ。イチェマルクには悪いがティアグラの方は後回しにして、まずはアルテグラの屋敷の方を調べようと思うんだが……」


 そう言ってアルグスさんはみんなを見回す。中でもドラーガさんに視線をやっている時間が長かった。


 ここ最近ドラーガさんのメッツァトル内での立ち位置はこれまでと大きく変わってきている。


 これまでは……まあ、正直産廃みたいな扱いで、みんなもうどうにかしてこの素材をリユースする方法が無いものかと考えていた感じだったけど、ダンジョンの外での頭を使った七聖鍵との対峙では本当に頼りになる。


 適材適所とはこういうことを言うのか。もはや七聖鍵と事を構えるにあたって欠かせない人材だ。常に先手先手を打ち、彼の知識とハッタリが面白いようにピタリとハマる。


 しかしそのドラーガさんは腕を組み、目をつぶったまま一言も話さない……寝てないよね? しばしの沈黙の後、ゆっくりとドラーガさんは目を開け、あくびを一つする。寝てやがったか?


「クラリスはどう思う?」


「ど、どう思うって……わ、私は実際にアルテグラの屋敷でクオスと会ってる。矢をつがえて、攻撃的ではあったけど、な、何か事情があるんだと思う。アルテグラの屋敷に行くべき」


「そうじゃねえ」


 そうじゃない? クラリスさんにどうするべきかの意見を聞いたんじゃなかったの?


「アルテグラの屋敷にいるクオスに、危機が迫っていると思うか?」


 その言葉にクラリスさんは腕組みをして首を傾げる。私も首を傾げる。どういう事だろう? 危険どうこう関係なく、そこにクオスさんがいるのが確実ならまず出向いて話を聞くべきだと思うけど。


「あ、アルテグラは“悪女”なんて二つ名で呼ばれてはいるけど、望まない者に無理やり自分の都合を押し付けたりはしない。さ、差し迫った危機はないと、思う……多分だけど」


 確かに会食で受けたアルテグラの印象としては紳士的な物だった。しかし相手が何を企んでいるのかが分からないのが不安だけれど。でも、ガスタルデッロやデュラエスから何か指示を受けて害意を持っているとしたらどうなんだろう?


「アルテグラは、他の七聖鍵とは一線を画してる……た、たとえガスタルデッロからの指示でも、無法なことはしないと、思う」


「決まりだな」


 そう言ってドラーガさんは組んでいた腕をほどいて、どん、とテーブルの上に両手を乗せた。


「イチェマルク、ティアグラの屋敷へ案内しろ。クオスの救出作戦だ」


 どういうことなのだろう。私には全く分からなかった。


 クラリスさんは確かにアルテグラの屋敷でクオスさん本人と出会ったというのに、ドラーガさんの下した決断はイチェマルクさんの情報通りティアグラの屋敷にクオスさんを救出に行くというものだった。


 話の整合性が全く無いように感じる。


「俺の勘じゃクオスは恐らくティアグラの屋敷にいる。そしてあの詐欺師の元にいるのは危険だ。優先して助ける必要がある。ただ、何のためにティアグラがクオスを囲っているかまでは分からねえし、クオスがどうするつもりなのかも分からねえがな」


 ドラーガさんに詐欺師呼ばわりされるなんてティアグラはよっぽどなんだな。それにしても「勘」かぁ……はっきり言われるとそれはそれで不安だ。クオスさんはアルテグラの屋敷とティアグラの屋敷を行き来しているって事なんだろうか。


「実はもう一つ……頼みごとがあるんだが」


 イチェマルクさんが険しい表情で話し始めた。頼み事? クオスさんを救出するついでにティアグラをぶっ殺せって事だろうか。相手が無法を働いていないならそれなりに「大義」が必要になると思うんだけども。


「レタッサが……ティアグラに囲われている」

「レタッサさんが!?」


 私は思わず大声を出してしまった。


 旧カルゴシアの町の中で私達を襲った「孤児院」の「卒業生」の女性レタッサ。ティアグラの孤児院の卒業生なんだからティアグラの元にいるのに不自然はないんだけど、それはもちろん尋常な事態じゃないという事だろう。


「……おそらくティアグラは、レタッサを次の『転生先』にするつもりだ」

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