第13話 チェスト1

 ほんの一時間ほど。


 ダンジョンに巣食う『奴ら』の調査にあてた時間だ。


 慎重に対象の動きに注意しながら、クオスさんは岩の壁に耳を当てて音を探る。アルグスさんとアンセさんが周囲の地形の調査を行い、私はドラーガさんが何か余計なことをしないように見張っている。


 なんかドラーガさん、パーティーの役に立つどころか余計なリソースを割かれているような……


 まあそれはともかく、もっと時間をかければ対象の正確な人数、武装、何のためにここにいるのか、生活リズム等いくらでも調べようはあるが、しかし時間は有限。


 持ち込んでいる食料や燃料にも限りがある。重要性の判別もできていない相手にあまり時間は割けない。


 一旦適当なスペースに集まって、情報の取りまとめを行う。アルグスさんが周囲の地形の見取り図を地面に書き記す。クオスさんは一番『敵』に近い位置に陣取って座り、動きが無いか耳をそばだてている。


「部屋への出入り口は一つ。どうやら人工的に土を掘って作られた部屋みたいだね」


 アルグスさんが描いた地図を指し示しながらそう話した。


 ダンジョンはモンスターか動物か、はたまた人か魔族か、何者かが掘ったのかは分からないが、明らかに自然にできた穴ではなく、人工的に掘り進められた形状をしている。


 ここまでのダンジョンの壁を構成する土は主に二種類、花崗岩と土。ダンジョンの入り口付近は土によって構成されていたが、この辺りは花崗岩によって構成されている。


 それを掘られているという事は、つるはしのような道具を使ってか……それともモンスターの爪なら掘れるのか……なんにしろそこいらの野盗が「ちょっくら掘ってみるか」と気軽に掘れるものではない。


 さらにクオスさんの情報も併せて考えると、二足歩行型の知性の高い大型のモンスターの仕業が濃厚だ、との事。


「ん~……」


 アンセさんがふらふらと視線を天井に彷徨わせる。


「通路の天井の高さからしても体高は3メートルはないわね。その大きさだと、トロールかオーク、それかオーガ辺りがメジャーどころかな……変わったところだとゴーレムなんかの可能性もあるけど、エンチャンターは室内にいないみたいなんだよね?」


 エンチャンターとは広義には魔法をかける者、魔法をかけたように魅了する者、という意味。冒険者の用語として狭義の意味では魔法によって何らかの効果を物に付与したり、ゴーレムなどを操る人の事を指す。


 クオスさんの話では室内にいるのは大型のモンスターが三頭、何かごそごそと作業をしていたが、今はおとなしくしており、室内には他に気配はない。


 もしゴーレムなら見える範囲にそのマスターがいるはず。遠隔自動操作のゴーレムは複雑な動きは出来ないのでスタンドアロンで作業させていることはないだろう、という判断らしい。


「おとり兼交渉役として誰かが先行して話しかけて、もし敵対的なら誘き出して攻撃ってとこかな……」


 アルグスさんがぽつりと言う。


「行くなら最大戦力のアルグスだろう?」


 ドラーガさんが口を挟んできた。この人、作戦会議に参加するのか。


「一人で行ったら『伏兵がいる』って白状してるようなものよ。そうね……」


 アンセさんはそう言って少し考え込んでから手にしていたロッドで、地面に書いた地図を指し示しながら話し始める。


「交渉するならある程度の人数が必要ね……私以外は全員で部屋の前に移動して姿を見せた方がいいわ」


 地図に書かれた部屋の前をトントンと指さす。交渉の出来る相手ならそのまま話をする。アンセさんを抜いても4人いる。少し少ないが不自然な人数ではない。アンセさんは少し離れたところで魔法の準備をして待機。


「戦闘になりそうだったら部屋から出て通路の反対側に移動、敵が出てきたところで私がチェストするわ」


 ん?


「私の魔法が止んだらアルグスが反対側からチェスト。その間にまた私が魔力をチャージして、まだ生きてるようならさらにチェスト」


 え?


「大抵ん奴はこいで殺せっ。まだ生きようもんなら両側からさらに押し潰しもす」


「ちょ、ちょっ……」


 思わず私は言葉を挟んでアンセさんを止めた。


「チェストって……なんですか?」


 私が質問すると、場を沈黙が支配し、「はぁ」とアンセさんがため息をついた。どういうこと? 狩人がヤマコトバを使うように、何か冒険者ぼっけもん特有の言葉なんだろうか。でもそんなの噂でも聞いたことないよ。


「チェストはチェストよ。チェストん意味聞くようなもんにチェストば出来ん」


 ええ……?


「その……だね」


 気まずそうな表情をしてアルグスさんが助け舟を出してくれた。


「アンセは元々カルゴシアの出身で……興奮するとちょっと、地元の言葉が出ちゃうところがあって……まあ、チェストはね……」


 少し考える。


「こう……チェストー!! って感じだよ」


 ええ?


 分かったような分からないような。まあいいや、とにかく挟み撃ちにするって事だろう。でもこの作戦、よくよく考えたら反対側にいるアルグスさんに魔法の流れ弾が当たっちゃうんでは?


「それは大丈夫。僕にはこのトルトゥーガがあるからね」


 そう言ってアルグスさんは左手に装備している大きめの丸盾を見せる。


 アルグスさんはライトアーマーに、大きな丸盾、そして意外なことに腰に差してる剣は無銘の市販のショートソードを持っている。無銘に見えるけど……


「その……持ってる盾って、そんなにすごいものなんですか? 魔法が付与されてる魔道具とか?」


「いや、これは市販の丸盾を僕が自分で改造したものだけど」


 市販の? そんな盾で魔法から身を守るって?


「このパーティー、装備してるのはみんな市販のものだよ」


 クオスさんが事も無げにそう言う。


 マジで? もしかして、アンセさんの持ってる魔法のロッドも?


「こないだリビングのイスが壊れたから、その脚で削りだして作った奴よ。あと三本予備があるわ」


 市販のやつですらなかった。


 というか改めてみてみるとクオスさんがさっき使った弓矢も普通のショートボウだし、腰に差してる短剣も普通のダガーだ。


 ぶっちゃけて言うと私の持ってる杖も何の魔法も付与されてない撲殺用のメイスだし、ローブはカルゴシアの町で新調した市販の物。


 そしてドラーガさんに至っては何故かスコップを持っている。


「正直ドラーガに何持たせてもあんまり変わりないし、ステッキやロッドを持たせたところで魔力も焼け石に水だからね。だから探索でいろいろと役立つスコップを武器代わりに持たせてるんだ」


「フッ、弘法筆を選ばずってやつさ」


 アルグスさんの言葉にドラーガさんは何故かドヤ顔で付け足す。今ものすごくバカにされたと思うんですけど。


 というか、この大陸でも数グループしかないSランク冒険者パーティーの装備がそんなので大丈夫なの?


 私が来るまで回復職もいなかったっていうし、このパーティー本当に大丈夫なんだろうか。段々不安になってきた。

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