第12話 調子乗んなよ

「冒険者のSランクってのがなんなのか、お前に分かるか……?」


「あ……えと、Aランクより強いってことですか?」


「フッ、分かってないな」


 ダンジョン内を進みながらドラーガさんが話しかけてくる。


「いいか? ただAより強いだけなら、そのカテゴリをAにして、続くようにB、C、D……とつけていけばいいだけだ。Sってのはな、そういうのとは別ベクトルに測れない強さがあるってことだ。だから『特別special』なんだ」


「はぁ……」


 さいですか。


 正直、今話しかけないで欲しい。


 今までに入っていない新しい区画に入ったのでマッピングで忙しい。さらにトーチの魔法も維持して、慣れないダンジョンの中、周囲を警戒しながらみんなの後をついて行っている。私は今、人生最高に忙しいのだ。


「まっ、そこは一般人共はみんな勘違いしてるところだがな。そこが分かってないから……あの、なんだっけ? セゴーか? あいつらはいつまでもAランク止まりなのさ」


 テューマさんです。いい加減名前覚えてください。


「もちろん一人一人の能力も高く、戦えば強いぞ? 俺も含めてな。だが、さっきのクオスの索敵能力の高さを見たろう? うちが少ないメンバーで、斥候も無しにやっていけるのは、それぞれの能力が……」


 まあ、この人、暇なんだな。


 そりゃそうだ。クオスさんとアルグスさんは前方の索敵に集中してるし、アンセさんは殿しんがりとしてパーティーを守っている。私はトーチの魔法で明かりを灯しながら、同時にマッピングもしている。


 ドラーガさんは……荷物を運んでいる。


 でっかいリュックサックに、ぱんぱんに荷物を入れて、全員の分の荷物を運んでいる。……完全に、ポーターだ。ものすごく他人事目線で、パーティーを見ている。緊張感が無いというか。


「道が広くなってきているわ、横方向からも何か来ないか気を付けて下さい」


 先頭のクオスさんの声が聞こえる。見れば、大分ダンジョンの雰囲気が変わってきているのに私も気づいた。


 アルグスさんが、前を向いたまま私達に向けて手のひらを見せる。そのまま少し顔をこちらに向けて口の前で人差し指で封をした。


「あれはダンジョン内でのハンドサインだ。人差し指はたしか……ええと、なんだっけ」

「静かにしろ、です」


 私がドラーガさんの口を押えながらそう言う。もちろんダンジョンに入る前に一通りのハンドサインは予習済み。ドラーガさんは覚えてないみたいだけど。


 それはともかく、前方に何かいるということだろうか。アルグスさんとクオスさんが先頭の方でぼそぼそと喋っているけど、こちらまでは聞こえてこない。


「何かあったんですか?」


 急にデカい声を出して敵に存在を知られるとか、如何にもドラーガさんがやりそうな事なので、私はドラーガさんの口を押えたまま二人の元に近づいていって小声で話しかけた。


「ちょっとこの先の様子がおかしいみたいでね……」


 アルグスさんは小さい声で応えたが、いまいち状況が把握できていないようで歯切れの悪い回答だった。一方クオスさんは私の方を頭からつま先まで繰り返し顔を上下させて舐めるように見ている。何なんだろう。


「ちょっといい?」

「えっ?」


 私はクオスさんに襟首を引っ張られて、近くの岩陰まで連れていかれた。10メートルくらい離れた、皆からは見えない場所。一体どうしたんだろう?


 クオスさんは私を岩壁に押し付けて、壁ドンしながら睨んで言葉を放った。


「お前ホント調子乗んなよ?」


「!?」


 全く予想していなかった言葉に私は固まってしまった。


 聞き返そうともしたが、それよりも早くクオスさんは今度は襟首ではなく私の手を引いて皆の元に戻っていく。


「おまたせ」

「何かあったの?」


 アルグスさんの問いかけにクオスさんはちらりと私の方を見てから「なんでもないわ」と笑顔で応えた。これはつまり「何もなかったよな」と私に言っているということだ。


 普段温厚で笑顔でいるだけにさっきの豹変ぶりは恐怖でしかなかった。というか、私の何がクオスさんの琴線に触れたのか。そこが分からないとまたなんかやらかしちゃうかもしれないし、その『やらかし』にアルグスさんは気付いてないみたいだったし。


「ちょっと作戦を考えないといけないですね」


 ああ、次の話に移行しちゃった。


 クオスさんが言うにはこの先いくつかに道が分かれているらしく、その道の一つにちょっとした小部屋があるそうだ。


「誰か住んでんのか?」


 ドラーガさんが突拍子のないことを言う。


「そのとおりです」


 しかしクオスさんの応えは意外なものだった。住んでいる? このダンジョンの中に誰かが? しかしよくよく考えてみればそこまで不思議な事でもないのかもしれない。


 実際このダンジョンにモンスターたちがそこから出てきて付近の村を襲ったりしているし、さっき倒したゴブリン達だってここに住んでいるなんだから。


 他にも外の町で暮らせない無頼漢、例えば野盗なんかがアジトにしてる可能性だってある。


「中にいるのは3人、足音からして、とても人間とは思えない重さよ」


 つまりモンスターの可能性が高いと。私はアルグスさんの顔を見上げる。


「さて、どうするかな……人間の可能性は低いが、モンスターだとしても敵対的でない可能性だってゼロじゃない」


 当然ながら、戦闘を最も有利に進めるコツは、『奇襲』だ。相手にコンタクトをとるということはそれを放棄することになる。


 ゴブリンのように知能が低く攻撃的なモンスターは倒すしかないけれど、トロールのように知能の高い相手ならば敵と味方、どちらに転ぶかは会って話してみないと分からない。そこは人間と同じだ。問答無用で攻撃を仕掛けるのは戦術的には正しくても戦略的には問題がある。


「アルグス、まさか正面から真正直に接触するつもりじゃないでしょうね?」


 それまで沈黙を守っていたアンセさんが口を開いた。魔法職はパーティーの頭脳。さすが、こういう時は頼りになる。


「奇襲をかけるにしろ接触をとるにしろ、十分に敵の事と周辺の地形を調べてからの方がいいわ。異論はないわね?」

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