第79話 襲撃
「本当にこれ良かったのかなあ? カルナ=カルア?」
「うるッせぇなヴァンフルフ! もう始めちまったもんだ、引っ込められねえぞ」
カルゴシアに近い森の中、戦況を見守る魔族の四天王、カルナ=カルアに狼男のヴァンフルフ、それとダークエルフのビルギッタ。相変わらずリッチのブラックモアはいない。
「ガスタルデッロの旦那も言ってたでしょう? 『基本的にお前らは好きなようにやれ』って」
そう言ってビルギッタは木の枝の上から戻ってきて話しかける。
ムカフ島からは少し離れた場所。小高い丘の上から戦況を見守る三人。秋とはいえまだ暑い昼過ぎの午後、その襲撃は堂々と行われた。
カルナ=カルア達は支配下に置いているモンスター達を総動員してカルゴシアの町に攻撃をかけた。手始めにムカフ島の詰所を守る衛兵たちを皆殺しにし、夜の闇に紛れるのではなく、日中に突然の奇襲。
モンスター達に与えられた指示は「とにかく派手に暴れろ」、である。
「奴らは別にカルゴシアの町を守りたいわけじゃないわ。一にも二にも魔剣野風とイリスウーフ。そのどちらも手に入れられていないこの状況、何とかしてイリスウーフを奪えは交渉で優位に立てるわ」
「奴らの狙いがいまいち見えねえのが不安だがな……人間のくせに、人間の命を屁とも思ってないみてえだな……」
向こう見ずなカルナ=カルアが珍しく不安そうに呟く。
混乱を起こし、それを機にアルグス達からイリスウーフを奪う。彼らの立てた作戦は単純である。領主シーマンのおひざ元であるカルゴシアの町がそう簡単に落ちるとは思っていない。しかしそう簡単にモンスターが退けられるとも思っていない。
「問題はイリスウーフがどこにいるか、ね。前回みたいにこちらの意図が読まれてたらまずいわ。私はとりあえず空から偵察をしてくるわ」
ビルギッタはそう言うと指笛を吹き、上空を旋回していた飛行生物を呼び寄せる。
重量を感じさせる着地音と共に猛獣の如き唸り声。青黒い肌に身を包む、二本の角を備えた巨大な羽根を持つ悪魔、アークデーモン。
その巨大な悪魔の背にビルギッタは跨り、そして空に消えて行った。そう、その恐ろし気な
「町の方はあいつに任せる。俺達はここで状況を見守って、アルグスが現れれば『叩く』ぞ!」
ニヤリと笑みを浮かべるカルナ=カルア。それとは対照的にヴァンフルフの顔は沈んでいた。
「本当にいいのかな……この作戦……」
――――――――――――――――
「さて、どこまで考えて動いているのやら」
天文館の二階、小会議室で自分の前に置かれたコーヒーカップにスプーンで砂糖を入れながらガスタルデッロは呟く。
「おそらく、大したことは考えておるまい」
一方のデュラエスは立ったまま、木窓を少し開けて外を確認してからそう言い、コーヒーを一口飲んだ。
「さっき言った通り、イリスウーフを失った焦りからこんな短絡的な作戦に出ただけだろう。おそらくもう少しすれば、空襲部隊がここにも来るだろうな」
「イリスウーフを探しにか」
ガスタルデッロはそう応えて苦笑した。
「いかに
そう言ってデュラエスはガスタルデッロの対面の席に座って、コーヒーの香りをゆっくりと鼻に吸い込んだ。
「別にこの闘い、どちらが勝っても我らには痛手にはならん。魔族がイリスウーフを取り戻しても元に戻るだけだし、無事にアルグス達が防衛しても現状が変わらないだけ……ああ、一つ。イリスウーフがどさくさ紛れに殺されでもしたら少し面倒か」
「それでも野風が他の者の手に渡るよりはよほどマシだな」
「その通りだ」
デュラエスはそう答えて、内ポケットから煙草入れを取り出し、葉巻の端を齧ってブッ、とゴミ箱に吐き捨てると、ゆっくりとした手つきで落ち着いて先端を炙り、煙を口内に味わう様に溜め、吐き出す。
「野風を奪われる危険性を考えるのなら、イリスウーフを始末する選択肢も除外するべきではないな……布石は打っておくべきかもしれん。気が進まんが、ティアグラに相談するか……」
窓の外にはまだ戦闘音は聞こえてこない。冒険者と衛兵たちはおそらくまだ町の郊外でモンスター達を押しとどめているのだろう。しかし市民達の狂乱の悲鳴は聞こえてくる。どうやら七聖鍵は今回の騒ぎ、動く気は本当に無いようであった。
――――――――――――――――
「トルトゥーガ!!」
気合一番、アルグスの盾が投擲されると複数のオークの首が刎ね飛ばされる。
アルグスを先頭に、冒険者と衛兵が敵を撃ち漏らさないように町の外郭から少し引いた場所で戦闘をし、少しずつ、少しずつ敵を押し戻している。幸いにも住民たちは最初の被害が出た時点ですぐに町の中心部に避難していったため死傷者は少なかった。
混戦の中、アルグスは思う様にトルトゥーガの投擲ができず苦戦していたが、それでも彼の戦闘力は頭一つ抜けた圧倒的なものであった。
「これがSランクの実力か……」
モンスター達と激しい戦いをしながらも、冒険者達はアルグスのその異様な強さに目を奪われていた。
「アルグスさん、空を飛んで町に入っていくものがいます、部隊を二つに分けた方がいいかも……」
「いや、こっちも手一杯だ、後から来る騎士団に期待するしかない! それよりも気になるのは……」
クオスの言葉を流してアルグスは敵のモンスターの群れを見遣る。主力はゴブリンやオーク、たまにトロールやオーガが出てくると冒険者達が苦戦する程度、まだまだ本格的な戦いとは言いづらい。
彼が気にしているのは「四天王」の存在である。戦った経験があるのは獣王ヴァンフルフだけであったが、アルグスは彼に傷一つ付けることができなかった。他の三人も同等の実力があるに違いない。
「アンセ、クオス、ここは大丈夫だ、僕が押さえる。他の場所を回って苦戦しているところがあれば助けに行ってくれ!」
「分かったわ!」
アンセ達が離れると同時に目の前に一際巨体のオークが現れ、こん棒で殴りつけてくる。しかしアルグスはそれを精密な動きで以て盾で受ける。
盾は回転し、こん棒を後ろに逸らし、体勢を崩したところにショートソードで一突き。体力を消耗せずに、危なげなく敵を処理していく。
(おかしい、こんなものなのか? 総力戦のように見えるが、その実全く本気の作戦には見えない。普通ならまず最大戦力を先頭にして、そのサポートにザコどもをつけるはずなのに……まるで)
アルグスは戦いながら考え、そして考えながらモンスターどもを剣の錆にしてゆく。
(まるで何かを探っているような戦い方だ……四天王は出てこないのか!?」
「ぐわああああ!!」
少し離れたところから衛兵の叫び声が聞こえた。続いて火だるまになった人影が飛び出し、そして地面を転がって、やがてそれは動かなくなった。
地響きと共に民家をはるかに超える体高の巨体が現れる。
赤いうろこのその生き物は、口の端から、寒い雪の日の朝の吐息の如く炎を漏れ出させていた。
「レッドドラゴン……」
そしてその竜の頭の上には灰褐色の肌の、見事な角を頭部に備えた若い魔人が仁王立ちしていた。
「見つけたぜぇ、アルグス!」
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