第169話 パンツ
玄室の方向に歩きながら私とドラーガさんは会話をする。
「つまり、ヴェリコイラの群れを連れて、デュラエスが襲い掛かってくると……?」
一匹でもこれだけ苦戦したっていうのに?
「まあそういうこった。ここまで大きいのは流石にいねえだろうがな。ほれ」
そう言ってドラーガさんは私に樫の杖を返すけど、まさかこれで戦えっていうの? ついさっきヴェリコイラにほとんど効果がなかったっていうのに。
「とりあえず、聖水が効果があるのが分かった。あれをもっと用意してくれ」
無茶言うな。もう出んわ。
「え? もう作れねえのか、あれ」
はぁ、白々しい。なんだかんだ理由つけてもう一度私のおしっこ手に入れようっていうのね。男子ってほんとにえっちなんだから。そんなこと言われてももう出ません!
「となると……まずいな、もっと急ぐべきだった」
「どういうことですか? 他にも方法があるならそれを実行すればいいんじゃないんですか?」
「いやまあ、デュラエスが死体を漁りに行っている間に魔法陣を探してそこから元の次元に戻るっていう方法もあったんだが……」
私とドラーガさんが話していると通路の向こうからびちゃびちゃと水音が聞こえてきた。
「来やがったな……」
それもさっきと違って一匹だけの足音じゃない。無数の重なった足音、薄暗い通路の向こうで獣の瞳が光る。
「
低くしゃがれた、とぎれとぎれに聞こえる死霊の叫び声のような歌声。たしかに急ぐべきだった。デュラエス達が戻ってきてしまった。
右手にはランタンを。左手には杖代わりに鞘に収まった片手剣。青白く輝く瞳からは正気を感じられない。何かにとりつかれたように呪文を吐き、「ヴェリコイラ、ヴェリコイラ」と呟く。恐ろしい。
「堂々としてろ。恐怖に飲まれたらお終いだ」
ドラーガさんはそうは言うものの、無理だよこんなの。とても今の状態のデュラエスに会話が通じるとは思えない。あの状態で迫ってくるだけで恐怖だっていうのに、
「白い月は……鳴り響く、荒れ狂う?」
ドラーガさんは何かぶつぶつ言いながら考え事をしているけど、私はそんな余裕はない。すぐに彼を引っ張って逃げる。とはいえ、相手は犬。すぐに追いつかれてしまうとは思うけど。
「マッピ、そこを左だ!」
逃げながらドラーガさんは私に指示を出す。でもこの方向って、たしか……
通路の角を曲がると、よろよろと立ち上がろうとする巨大な獣が目に入った。やっぱりこの通路、さっきの大きなヴェリコイラと戦ってた場所だ。しかもその巨大なヴェリコイラは聖水のダメージから回復しつつある。
「滑り込め!!」
ドラーガさんの指示に、私は巨大なヴェリコイラの脚と脚の隙間に滑り込んで向こう側に抜け、ドラーガさんもそれに続く。
私達を追いかけてきたヴェリコイラ達は巨大なヴェリコイラに阻まれて衝突しているけど、こんなの時間稼ぎにしかならないよ!
と、思いきや追ってきたヴェリコイラの内何頭かは巨大なヴェリコイラと固着するようにくっつき、身動きが取れずに固まっている。これはいったい?
「凝集反応だ。上手くいくかどうかは完全に賭けだったが、違うタイプの血液同士が混ざって固まったんだ、何頭かはな」
ああ、そう言えば聞いたことがある。私
「それよりも重要なのは向こうの謎解きだ」
ドラーガさんは残る6頭のヴェリコイラと相変わらず異様な風体となっているデュラエスに視線をやる。
だいぶ減ったが、猟犬の戦闘能力は高い。それを恐らくは思い通りに操る事の出来るデュラエス。こちらの装備は樫の杖一本のみ。でも謎解きとは?
「奴はどう考えても、恐怖を煽ろうとして何か『演技』をしてる節がある。正気を失ったふりして会話をしようとしないのもその一つだ。恐怖心を持つな」
「恐怖心を持つな」と言われても、無理なものは無理よ。
「白い月……月は精神の象徴。『鳴り響く』……または『荒れ狂う』……」
「ヴォフ……」
最初に私達を追ってきた巨大なヴェリコイラも立ち上がる。何頭かの足止めにはなったが、しかしあの巨体では奴自身は無事だったようだ。他のヴェリコイラも何頭かは異様な大きさで、通常の猟犬のサイズじゃない。オークやトロールもいたから、その死体から作られたんだろう。
「ヴェリコイラ……」
デュラエスがカンテラを掲げると、その炎が青白く輝きを増した。
「オン!」
一斉に犬が襲い掛かってきて……いや、違う。私は思わず樫の杖を前に出して距離をとろうとしたけど、犬たちは私をスルーして進む。
「俺かよ!!」
狙いはドラーガさん!?
なぜ?
先に狙うという事は、ドラーガさんの方をより危険視しているという事? 戦闘能力皆無のこの人を?
それはつまり、処刑場でのことを根に持っていて、なんとしてもあの時の恨みをデュラエスが晴らしたいという事なのか……いや、それよりは。
そうだ、そちらよりは「ドラーガさんが真実に近づいているから」という考えの方が腑に落ちる。
それはつまり、やはり恐怖によってヴェリコイラの力は強化されているという事。それに気づいたドラーガさんを先に始末しようとしている事。
そして、ドラーガさんは私よりも強いメンタルを持っていて、ヴェリコイラの力が及びにくいから?
「ぐおっ、くそッ!!」
一頭がドラーガさんを押し倒すと、残りの犬たちも一斉にドラーガさんに群がる。私はすぐに彼を助けようとしたけど……
「ヴォフッ」
例の、一番大きいヴェリコイラが立ちふさがる。くそっ、さっきまで私の聖水で悶絶していたのに!
恐怖に足がすくむ。私よりも体高の高い巨大な血の猟犬、その生臭い口からは鋭い牙が覗いている。
でも……もう嫌だ。私は目の前で仲間の命が失われるところを、指をくわえて見ているだけなんて、二度とそんなことは出来ない。したくない。
待ってて、ドラーガさん。私がすぐに助けるから。
大丈夫、私だって戦える。あんまりよく覚えてないけどここに来るまでの間随分敵を倒したような気がするし、とにかく彼を助け出さないと。もう二度と、あんな思いは……
しかし、気持ちが空回りしたのか、それとも恐怖心から体を上手く動かせなかったのか、樫の杖で殴りかかろうとして、私は足がもつれて転んでしまった。
「キャアッ」
うう、情けない。仲間の危機だというのに。ローブがめくれあがってパンツ見られちゃったかも。でも今はそんなことを言ってる場合ではない。
私はすぐにローブを直して立ち上がる。
ん?
何か違和感が。
ローブのポケットの中に何か……これは……
パンツ?
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