第170話 観音様
私は動きを止め、はたと考え込む。
『何故こんなところにパンツが』
私のローブのポケットから出てきたパンツを眺めながら。
記憶の糸を手繰り寄せる。
このパンツは一体誰の物? いや普通に考えて私の物だろうけど。全然知らない赤の他人のパンツが私のローブのポケットの中から出てきたらそれはそれで怖い。
私のパンツ……そうか、さっきお嬢様聖水を精製した時にパンツを脱いで、ローブのポケットに入れてそのままになっていたのか。これで記憶の縦糸と現実の横糸が確かにかみ合った。
問題はそこではない。
ということは……私は今、ノーパン?
転んで……ローブがめくれあがって……お尻が丸出しになっていたわけで……
私は後ろを振り向く。
そこには目を丸くして固まっているデュラエスがいた。
「見ました?」
「あ……いや、その……暗くて、よくは……」
見たな。
見たなぁ!!
頭に血が上るというのはこういうのを言うのか。一瞬の間に血流が頭部に集まってきて、自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。
「ああああ!!」
「ぬおっ!?」
ノーモーションでの私の樫の杖のスイングをデュラエスはとっさにスウェーで躱す。
殺らなきゃ。
見やがったな! 見やがったなこのおっさん!! 乙女の秘密の花園を!! もう絶対に殺るしかない!!
こいつを殺さないと、私はこの迷宮から一歩だって前に出ることは出来ない。私は無我夢中で連続攻撃を仕掛ける。
「見たなうわああああ大人しく死ねえぇぇ!!」
「お前が勝手に見せたんだろうが!!」
何その言い草! 秘め置きし処女神の御神体を拝んでおきながら「勝手に見せた」だとぅ? もう拝観料払ったって絶対に許してなんかやんない!!
「死ッ!! 死ねッ!! 死ャァッ!!」
「なにコイツ怖ッ!!」
「死ャアアアァァァァ!!」
「おのれ化け物め!」
私の杖をかいくぐって躱し、デュラエスは腕関節を極めながら私を投げ飛ばした。
「キャアッ!!」
投げ飛ばされてつんのめった私は転倒したが、すぐに体勢を整えてローブの裾を押さえる。見た!? また見やがったなコイツ!! 「勝手に見せてきた」とか失礼なこと言っておきながらまだ乙女の秘部を見足りないっていうのね、このゲロクズド助平出歯亀性犯罪者が!!
「なんでお前パンツ履いてねんだよ」
そう言いながらドラーガさんが立ち上がる。ドラーガさんも見たの!? こいつも殺さなきゃ。
というか、すっかり忘れてた。ドラーガさんピンチだったんだ。
……の割にはピンピンしているというか、ヴェリコイラ達はどうしたんだろう? 視線をやると、ヴェリコイラは一匹残らずその場に崩れ落ちてピクリとも動かない。一体何があったんだろう。
もしや、観音様が姿を現したために、その威光によって邪悪な存在は全て清められて行動不能になったという事だろうか。
「お前が我を忘れて大暴れしたことで恐怖心が薄まり、こいつらの動きが鈍くなったんだ」
ああ、そういう事か。やっぱり人の恐怖心を原動力としてヴェリコイラは力を得ていたのか。
「月は太陽の輝きを受けて光る。こいつらは人の恐怖心を喰らって強くも弱くもなる。荒れ狂うのも鳴り響くのも人の恐怖心がそう見せているだけだ。その上マッピに攻撃されて術者も集中が切れてたな」
とはいえ、こうしている今も動かないのは何故? 確かに私の恐怖心は大分薄れてきているけど、それだけで動けなくなるものなの?
「本来の力を失ってる状態なら、何頭いようがこの賢者様の敵じゃねえのさ」
んなアホな。だってドラーガさん戦闘能力皆無じゃん。指先くらいの小さい炎しか出せないんでしょ?
ドラーガさんは人差し指を立てて、その先にくるみ程度の小さな炎を灯す。
「確かに俺の出せる火球はこの程度。だがそれは数百度の炎を出すならの話だ」
どういう事? もっと低い温度の炎を出したの? そんなもので攻撃してもたかが知れてると思うけど?
「知らねえのか? 血液はほんの五十数度の温度で凝固するんだぜ?」
そうか、皮膚や毛皮を持ち、ある程度の耐火性能を持つ「生物」なら確かにドラーガさんの弱い魔力で戦うことは出来ないけど、「血液」から作られたこいつらなら話は別。
ヴェリコイラは確かに物理攻撃には無類の強さを誇り、聖属性の魔法も効果薄だったけど、でも「熱」にだけは弱いんだ。炎の出力を絞って、ほんの五、六十度の熱で必要最低限の熱処理をして、私がデュラエスと戦っている間にヴェリコイラ達を始末したのか。
「ふん、ま、ざっとこんなもん……」
ゴッ
鈍い音がしてドラーガさんの横っ面を鈍器が弾く。
ドラーガさんは衝撃を受けてそのまま力なく崩れ落ちた。攻撃したのは……
私だ。
「それはそれとして、ドラーガさんも私のあそこ見ましたよね?」
誰一人として生かして帰さぬ。
狂ほしく
血のごとき
月はのぼれり
秘めおきし観音
いずこぞや
残るはデュラエス、貴様のみだ。
猫科動物が獲物に爪を立てるが如き異様な「掴み」。右手の人差し指と中指の間で強く樫の杖を挟む。
もし開かんと欲すれば 先ずは蓋をすべし
杖の反対側の先を左手で押しとどめ、そして十分に力を溜める。ぎりぎりと樫の杖が悲鳴を上げる。そして、解放……
秘剣 流れ星
しかし……
横薙ぎに放たれた私の得物と、輝く一閃が交錯する。
乾いた音を立てて、杖は真っ二つに折れ、そして、私の胸に剣が突き立てられた。
「間抜けめ」
デュラエスは一言そう呟くと、私の胸から細身の剣を抜いた。
「調子に乗るな小娘が。ドラゴンをサシで屠ることなど、七聖鍵ならばアルテグラ以外全員が簡単にできることだ」
私のローブが血に赤く染まる。
痛い……熱い。
動脈が傷ついてはいないのか、血は勢いよくは吹き出ないものの、しかし確実に内臓を傷つけている。魔法で回復しないと。
「ごふっ……」
しかし、呪文を唱えようと口を開けると、そこから出たのは魔法の詠唱ではなく鮮血であった。
まずい。呪文が唱えられない。
「せっかくだから竜言語魔法で葬ってやろうとも思ったが、よくよく考えれば貴様ら如きメッツァトルのお荷物を始末するのにそんな大層なものなどいらぬな」
傷を治せない。呼吸もどんどん苦しくなる。
いやだ、こんなところで、私……死……
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