第91話 沙羅曼蛇
ブオン、ブオオンと、二輪の乗り物から凄まじい爆音、どこからか分からないけれどパラリラパラリラとラッパのような音も聞こえる。
やがて周りを走っていたたくさんの二輪の乗り物はその場に停止し、爆音も小さくなった。しかしアンセさんとゾラを中心に、私たち全員を囲んだ精霊達はずっと睨みをきかせたままだ。周囲では何の音かは分からないけれどドッドッドッドッド……という爆発音、そしてたまに思い出したかのようにブオオンという轟音が聞こえる。
「なんだ……何を召喚しやがった……こんな精霊見たことねえぞ」
ゾラも困惑した表情を浮かべて周囲を見渡している。
精霊たちは皆金属製の二輪の乗り物に乗っていて、そして白いコートのような服を着ている。その背中には大きく刺繍された文字、『
「ッシ乗ってんじゃねッゾッオラァァァ!!」
『オオオアアアアアア!!』
アンセさんが大声で何かを言うと周りの精霊たちもそれに呼応するように大声を上げた。
『スッゾコルァァァァァ!!』
『ビビッテンジャネッゾルアアァァァ!!』
アンセさんに限って言えば正直今に始まったことじゃないんだけれど、相変わらず何を言ってるのか全く分からない。精霊語とか、なんかそんな感じのアレなんだろうか。
よく分からないけれど、これだけの炎の精霊で一斉に攻撃を仕掛けたらさすがの七聖鍵のゾラといえどもただでは済まないんじゃないだろうか。
そんなことを考えているとアンセさんがゾラに正対し、大きく両足を広げて膝を軽く曲げ、両膝の上にそれぞれ手を置いた。いよいよ召喚魔法による攻撃の発動か。
「
『ヨロシクァァァァ!!』
なんなのこれ。
魔法を発動するのかと思ったら、ただの自己紹介? なのかどうかもよく分からないけど、アンセさんが声を張り上げるとそれに呼応するように精霊たちが大声を上げ、また爆音が鳴り響く。凄い音だ。
「なんなんだこりゃ……いったい何のつもりだ!?」
戸惑いながらもゾラがアンセさんに尋ねるけど、しかしアンセさんはそれに答える気配は全くない。
『ッテンジャネッゾコルアァァァ!!』
なんだろこれ。恐い。とにかく恐い。よく分からない恐さだ。
「チッ、訳の分からん魔法を使いやがって! 一撃で決めてやる!!」
言うが早いかゾラは一気に距離を詰めて攻撃態勢に入る。その大きく振りかぶった右の拳には蒼白い炎が纏われている。カルナ=カルアを一撃で灰にした魔力、直撃を受けたらまずい!!
「来いやオルァァァァ!!」
しかしアンセさんはまるでそれを受けたり躱そうとする姿勢を見せない。両足を大きく開いて立ったまま、不動の構えだ。
「オラアアァァ!!」
ゾラの拳がアンセさんを捉える。アンセさんはその拳の直撃を受けきって、大きくのけ反ったけど、しかし堪えている。あれを食らって平気なの!? 魔法障壁とかでダメージを軽減してるんだろうか。
「気合足んねッゾコラアアァァ!!」
今度はアンセさんの番か、アンセさんの拳にも炎が燃え上がる。助走をつけてゾラとの距離を一気に詰め、殴りかかる。
アンセさんに触発されてか、ゾラの方も拳を躱さない。顔面でアンセさんの拳を受けてる! 欠けた歯が宙を舞い、鮮血が土を染める。ゾラも大きくのけ反ったけど、やはり何とか踏みとどまり、ニヤリと笑って見せた。
「そんなもんかアンセ!!」
ぼたぼたと血を滴らせながらもゾラが強がる。
なんだかよく分からないけれど、どうやらフービエさんとの戦いの時と同じようにターン制の戦いのようだ。今度は再びゾラが拳に魔力を纏い、アンセさんに殴りかかる。
やはり同じようにアンセさんはそれを受けることも躱すこともなく顔面で受け、鮮血が舞い散る。
「っかねえぞコルァァァ!!」
『オオオオオォォ!!』
アンセさんが何か叫ぶとまた精霊たちが大声で気合を入れる。
その後も同じように交互に殴り合っているんだけれど……何だろうな、こう……気合と根性の世界ね。というか、召喚された精霊たちは……何もしてないようにしか見えないんだけど、なんなんだろうこれ。
―
― 伝説的な火の精霊サラマンダーを中心とする暴走族「沙羅曼蛇」を呼び出す召喚魔法。
― 精霊達は術者と敵を取り囲むように陣取り、
― 召喚時に爆音を伴うため、夜間の召喚には近所迷惑などに細心の注意を払う必要がある。
互角の戦いを繰り広げてるアンセさんとゾラだけれど、さすがに分が悪い。そりゃそうだ。なんせ敵は当代最強の魔術師と言われる七聖鍵の“狂犬”ゾラ。それと正面から殴り合いで決着をつけるなんて正気の沙汰じゃない。しかも女性なのに!!
ぐらりと体の軸が揺れ、アンセさんがよろめく。もう体力の限界なんだ。
『気合い入れろッルァアァァァ!!』
巨大な二足歩行をするトカゲ、多分サラマンダーだと思うんだけど、リーダー格の精霊の大声で何とか踏みとどまった。あ、危ないところだ。
「ペッ」
ゾラが口から血の塊を吐き出す。ベチャリという粘性の水音がした。
「……やるじゃねえか。正直ウィッチ如きがここまでやるとは思わなかったぜ」
二人とも顔がボコボコに腫れて、焦げ跡があり、それは闘いの終焉が近い事を示していた。これ以上やると、本当にどちらかが死んでしまう。いや、今のダメージの度合いを考えるとおそらく死んでしまうのは、アンセさんの方……でも、とてもじゃないけれど止められるような気迫じゃない。
「気合入れろコルルァァァ!!」
アンセさんの拳がゾラを打ち抜く。ゾラは二歩、三歩と後ずさりしたがそれを耐えた。
「大分……消耗してんじゃねえのか、こんなもんか? これ以上やれば、てめえ、死んゾ?」
ゾラの言うとおりだ、このままじゃ本当にアンセさん死んじゃう。でもアンセさんは……
「来いやオルアァァァ!!」
なんかアンセさんの方がよっぽど狂犬っぽいな。どちらにしろ精霊たちに囲まれて、アンセさんも退く気がないこの状況でとても止められるような空気じゃない。
「望み通りキメてやんぜ!!」
ゾラの拳に一際大きな炎が宿る。これで決着をつけるつもりだ。
「オオオオオアアァァ!!」
強烈な爆音とともにゾラの一撃。アンセさんは大きくのけ反り、後ずさり、ああ、もう、倒れ……私は慌てて彼女の方に駆け寄ろうとしたけど、その時ひときわ大きな叫び声が聞こえた。
「気合入れろアンセエェェェェェ!!」
これは、アルグスさんの声! 完全に立ったまま意識を失って、灯の消えていたアンセさんの瞳に再び強い意思の光が灯り、すんでのところで踏みとどまる。
「なんだと……!? いったいどこにそんな力が残って……たかが声援で、戦えるはずが……」
ゾラの表情が困惑に歪む。アンセさんはさっきのゾラと同じように、口の中の血を吐き捨ててから言葉を発する。
その表情はいつもと全く違う。ボコボコに腫れた顔、いたるところにある裂傷、焼けただれた皮膚、苦しそうな息。そのどこにも、いつもの優雅で美しい「出来る女」の面影はない。それでも、私はその力強い瞳を美しいと思った。
「仲間だもんで!!」
そう言うと構えを取る。拳に宿るのは今までよりもさらに大きな炎。最後の力を振り絞るつもりだ。
「気合入れろッルァァァ!!」
「来いやアァァァ!!」
アンセさんの声にゾラが答える。最後の一撃だ。
気合の叫び声と共にアンセさんの拳がゾラの顔面を捉え、とうとう魔法障壁の許容を越えたのか、吹き飛ばされながらゾラは燃え上がった。
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