第195話 リーダーの資質
アジトのリビングを開けてみると、そこには誰もいなかった。
ドアの外では静かに、灰が降り積もっている。私に続いてイリスウーフさんも入ってきてきょろきょろと室内を見回す。おそらく彼女もドラーガさんを探しに来たんだろう。
ドラーガさんは私室の方だろうか。
自分が何を言おうとしているのか、ドラーガさんと何をしたいのか、この先どうするつもりなのか。はっきりとはそれは頭の中にはなかった。
いや、それをちゃんと整理したいからこそ彼と話がしたかったのかもしれない。
彼の部屋のドアを開けると、彼は荷物をまとめているようだった。
「ドラーガさん……何を」
「何をって……荷物をまとめてんだよ。見りゃ分かんだろ」
まあ、そりゃ見ればわかるんだけど、一瞬だけこっちを振り向いて、ドラーガさんはまたすぐに荷物をまとめ始めた。イリスウーフさんは部屋の入り口で私達をぼうっと見つめている。
「本当に……諦めて避難するつもりなんですか」
彼は手を止めて背中越しに私達の方を見る。
「お前らには前に言ったよな。『交渉』と『武力』ってのは車の両輪みたいなもんだ、ってな」
何を言いたいのかは、分かる。
つまり、今のドラーガさんに……メッツァトルにとって、その片輪、武力がないのだと。仮に……アルグスさんがいないのだから、メッツァトルがまだ存在しているとしても、もうそれは既に崩壊した状態なのだと。
「まだ、納得いかねえってツラしてやがんな」
ドラーガさんは立ち上がって、こっちを向き、椅子に座ってからゆっくりと言葉を続ける。
「納得いかなくてもよ、実際もうどうにもできねえんだよ。さっきも言った通り、俺達の負けだ」
「ガスタルデッロはこの先、何をすると思いますか?」
私は彼に尋ねる。
負けでも何でも、この先何が起こるのか、だったら私達は何をしなければならないのか。私にとって……いや、メッツァトルにとってはそれが何より大切なはずだ。
それでも、ドラーガさんの答えは私が望むようなものにはならなかった。
「知るか。俺には関係ない」
パァン、と高い音が部屋に響く。
私のビンタがドラーガさんの頬を襲ったからだ。
打ち所が悪かったらしく、ドラーガさんはよろけて椅子からずり落ちた。何とか椅子に手をかけて、それでも立ち上がれない姿はまるで酔っぱらっているようだ。
「見損ないました、ドラーガさん」
ドラーガさんは立ち上がるのを諦めてその場に胡坐をかいて座った。感情を吐露するように、大声を出す。
「じゃあ! どうしろってんだよ!! あんな化け物相手に!!」
顔を上げて私を睨みつける。今度は少し気を落ち着けて、ゆっくりと口を開いた。
「もう、どうにもならねえんだよ。打つ手なしだ」
「だからカルゴシアの市民を見捨てて自分だけ逃げるって言うんですか。アルグスさんなら……メッツァトルなら、決してそんなことはしない」
イリスウーフさんも一歩前に出て、私と同じように、しかし彼女の方は少し穏やかに、ドラーガさんに言い聞かせるように話しかける。
「七聖鍵の事務所で資料を色々と探して、ある程度方針が立ったから戻ってきたんじゃないんですか、ドラーガ?
たとえどんなに危険な作戦でも、言ってくれれば私はやりますよ。可能性が1%でもあるなら……」
「そうですよ。今までだってドラーガさんの立てた作戦は完璧だったじゃないですか。あんな頭の鈍そうな大男、上手い事ハメてやりましょうよ!」
私も励ますように彼に話しかける。
そうだ。今までだってドラーガさんの立てた作戦はピタリとはまってきた。どんなに絶望的な状況でも、ドラーガさんの「悪だくみ」は相手をあざ笑う様に一枚上をいってきたんだ。今回だって、きっと上手くいく。
でも、ドラーガさんは悲しそうな表情をして、顔を俯かせた。今まで、たとえ演技でも彼のこんな表情は見たことがない。
「もう……やめてくれ」
消え入りそうな、か細い声だった。
今までにドラーガさんのそんな声は聞いたことがない。いつも自信満々で、不遜で、尊大で、他人を見下していたドラーガさん。
そのドラーガさんが、こんなつらそうな表情を見せるなんて。
ドラーガさんは少しして、怒ったように眉間に皺をよせ、隣にある椅子の座面を叩いた。
「『完璧』だ!? ふざけるな! いつ俺の作戦が完璧だったっていうんだよ!!
クオスの悩みを見抜けずに、転生法を使わせてしまった!
レタッサも助けられなかった!! イチェマルクも見殺しにした!!
レプリカントクオスが既にティアグラの屋敷にいないことにも気づかずに、駆けつけるのが遅れた! もう少し早く気づいてれば、いなくなった俺をお前が捜しに来なければ、クオスが死ぬこともなかったのに!!」
それは、怒鳴りつける様な大声だった。あのドラーガさんがこんなに感情を爆発させて怒るなんて。
普段決して自分の悪いところを認めようとしないドラーガさんが、その実心の中でこんなに自分の事を責めていたなんて。
「アルグスだってそうだ!! 今思えばあいつは疲弊していた。普段と違ってたんだ。
ガスタルデッロが手に負えない強さだってことも分かってた。なのに俺は『いつも通りアルグスに任せておきゃ安心だ』と思い込んで、あいつ一人に全てを押し付けてたんだ!!
俺のせいであいつは死んだんだ!!」
言葉を終えると、ドラーガさんは涙を流し「ああ……」と小さく声を漏らして、顔を覆って椅子に突っ伏した。
「最初から無理だったんだ……俺なんかが人の命を預かるなんて。
何が完璧だ……俺が何か一つでも物事を完璧に成し得たことなんて、ただの一度だってなかったじゃないか……」
部屋の中は静まり返った。
外には灰だけがしんしんと降り続けている。
町の喧騒は、やはり聞こえない。
まるでこの世界に、私たち以外の人間が全ていなくなってしまったみたいだった。
まるで、この世界が、終わってしまったみたいだった。
「もう……いいだろ」
ドラーガさんは小さな声で呟く。
「もう、充分だろ。
俺は、お前らが思ってるような人間じゃねえんだよ。
今まで必死でごまかして来たけど、強敵に立ち向かう勇気もなければ、自分を貫き通す強さもない。ぐちぐち文句言うだけの、下らねえ奴なのさ」
力なく言葉を発するドラーガさん。イリスウーフさんが床に膝をついて、優しくドラーガさんの肩に手を置き、慰める様に彼に話しかける。
「私達だって……そんな強さは持っていません。でも……それでも何かできることがあるはずなんです。
それをしなければ、この町は滅びる……いや、ガスタルデッロは下手したらこの世界全体を滅ぼすつもりなのかもしれない。
今、それを止めることができるのは、私達だけなんです。
力を貸してくれませんか? ドラーガ……」
しかし、そのイリスウーフさんの言葉にも、ドラーガさんの心は動かされなかったようだった。イリスウーフさんの手を冷たく振り払い、そして相変わらず小さい声で投げやりに言葉を紡ぐ。
「勘弁してくれ……俺はもう、仲間を失うのはたくさんだ」
私は、彼を奮い立たせる言葉なんて持ち合わせてはいない。
ゆっくりと、私は部屋を出て行く。
「お前らも、早くこの町から逃げろ……」
外には、静かに灰が降り積もっていた。
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