第25話 四天王
「情けねぇ奴らだ……」
ムカフ島ダンジョンの最奥部。
いや実際には複雑に穴の入り組んだこのダンジョンには厳密な意味での「最奥部」などというものは存在しないのだが、人と魔族にとっての最重要地点としての既知の最奥部に彼らはいた。
その小さな部屋には奥に祭壇のようなものがあり、そこには仰向けに寝た女性の石像。それを讃えるように両脇には篝火が炊かれている。祭壇の前には数人の人影が見える。小さいながらもダンジョンというよりはまるで神殿のような荘厳なつくり。
言葉を発したのは革のタイトな服装に褐色というよりは灰のように黒い肌、そして頭部には立派な一対の角を備えた魔族の若い男。
「あれだけお膳立てしてやって結局二度も失敗し、逃げ戻ってくるとはな……」
叱責されているのは5人の男女、Aランクパーティー、「闇の幻影」の精鋭テューマ達である。その時、部屋の隅にある岩に腰かけていた小柄な、フード付きのローブに身を包んだ人影が笑った。
「ンふふふ、まあ仕方ないですよ。やっぱりアルグスさん達とじゃ文字通り『格』が違いますからねェ」
「ブラックモア、てめぇは甘ぇんだよ。弱い冒険者なんて価値がねぇ」
ブラックモアと呼ばれた小柄な人物はローブのフードを脱いで答える。
「甘いも何も、ワタシは戦闘要員じゃないですからねェ。そこらへんはなんとも……」
フードの下の素顔にテューマはギョッとした。現れたのは髑髏の顔。流暢に、少しおどけたように喋るその口調とは裏腹におぞましいアンデッドがその姿を現したのだ。
「いや実際、奴らとんでもない強さだったよ……もう二度と戦いたくない」
新たに姿を現す人影、いや、人とは言い難いか。巨大な、異常に筋肉が膨れ上がり、剛毛に包まれた体、四肢の上に座すはオオカミの頭。つい先ほどアルグス達と一戦交えた
「ヴァンフルフ、戻ってきたか……てめぇはてめぇで大袈裟なんだよ、いつも」
「そんな事ないって本当にすごかったんだから! こぉんなでっかい丸盾をヨーヨーみたいに軽々とぶん回してさ!」
「なに? 確かにアルグスは丸盾は使うが、ヨーヨーみたいな使い方なんて……」
ヴァンフルフの言葉に思わずテューマが言葉を挟むが、魔族の男は相変わらず冷淡な表情を崩さない。その時、その男の影から小柄な女性が姿を現した。
「あんたらには『奥の手』を見せるまでもなかった、ってことじゃぁないの」
レオタードのような服にガーターベルトで吊ったストッキング、ハイヒール、派手に盛り上がったポンパドールの髪形に、耳にはもちろん唇、鼻、瞼といたるところにピアスのある特徴的な外見の女性。しかし装飾品よりもさらに目立つのは彼女の生まれ持った身体的特徴である。
「ダークエルフ……」
思わず呟いた魔導士フービエも初めて見る。褐色の肌に長い耳。エルフよりもさらにお目にかかることがないレアな種族、ダークエルフである。
「ふぅん……」
魔族の男は自分の顎を撫でてしばし考える。
「少し無理筋な気がしてきたな……勇者アルグスを生贄にするのは……」
「言い出しっぺのワタシが言うのもなンですけど、ワタシもそう思いますネ、カルナ=カルアさん」
カルナ=カルアと呼ばれた魔族は顔を歪めてブラックモアの方を睨む。
「別に勇者である必要はねえんだよな? 生命力のある強い人間なら」
「そうですねェ……かなり格は落ちるにしても、
カルナ=カルアは再度考え込んでから仲間たちに向かって声をかける。
「よし、ちょうど四天王も数が揃ったところだ、ここはひとつ民主的に行くとするか。決を採るぜ
……ここにいる
テューマ達の顔がサッと青ざめた。そして同時に後悔した。やはり、魔族などと手を組むべきではなかったのだ、と。こいつらはやはり人間の命など物の数には入らないと考えていたのだ、と。
「ふんっ、全会一致か」
ニヤリとカルナ=カルアがほくそ笑む。
「ま、待ってくれ、ブラックモア。お、俺達はまだやれる。今度こそ、命を掛けてアルグスを倒す。きっとやって見せる! 頼む! 最後のチャンスを!」
この中では一番話の通じそうなリッチ、ブラックモアに声をかけるテューマ。しかしその返答はなんとも不可解なものであった。
「テューマさん……そういう所ですヨ」
何が。
何が「そういう所」なのか。
「貴方たちは極めて賢い。自らの得になると思えば魔族とでも手を結ぶ。立ち位置が危ういとなればその場しのぎの言葉でも何とか危機を脱しようとする。そういうの、つまんないンですよ」
どういう意味か。それの何がいけないのか。自分の利になる様に行動することの何がいけないのか。そしてそれが今の話と何か関係があるのか。テューマの脳裏にはぐるぐると問いかけが浮かぶが、恐怖からそれを口に出せない。
「貴方を生かしておいても面白い事が起こるとは思えないンですよ。じゃあ、いっちょ生贄にでもしてみるかな? って気分にでもなろうってもんです。ダメだったらまた気を取り直してアルグスさんで再チャレンジすればいいですし♡」
一旦区切って、ブラックモアはまた口を開く。
「そしてあなた達は次に剣を抜く」
ブラックモアが続けた言葉の通り、テューマは、いや、テューマだけではない。後ろの四人も武器を手にとった。
「テューマ以外は?」
「殺っていいぞ、ビルギッタ」
「ありがと♡」
ビルギッタ、と呼ばれたダークエルフはカルナ=カルアの頬に軽くキスをすると、歪んだ笑みを見せてテューマ達の前に躍り出た。すかさず抜き身の剣で切り付けるテューマだが、その剣はむなしく空を切った。
トン、と彼の背中が押される。
「アンタはカルナ=カルアに抱きしめて貰ってな」
全く目で追えなかった。まるで濃い霧になったように。ビルギッタは気づけばテューマと他の四人を分断するように彼らの間に立っていた。
絶対の自信を持っていた剣を躱されて呆然とするテューマの首根っこをカルナ=カルアが押さえつけて地面に拘束する。それと同時に第二陣、戦士イザークが抜刀の構えを取る。魔法を使わない純粋な剣技だけならばテューマをも凌ぐ、と言われる剣。
神速の抜刀が弧を描く。
完全なる斬撃はそれゆえに手応えがなく感じることもある。しかしイザークは飛び散る血煙に勝利を確信し、そして同時に己の右手の異様な感覚にすぐに気づいた。
振り抜いた己の右腕は、そこにはなかった。肘から先が。それに剣も。どこへ行ったのか。
ふらふらと視線を己の左にやると、それはそこにあった。
剣はまだ鞘に収まっており、右腕は「どうした、早く剣を抜けと命令してくれ」と言わんばかりに柄を握っている。その血飛沫はまさしく己自身の物であったのだ。ビルギッタではなく。
「遅いねぇ……あんたそれでも剣士なのかい?」
そう言って、ニヤリと笑みながら血の付いた自身の鋭い爪を舐めるビルギッタ。
「あ……ああ……俺の、腕」
これはなんだ、どういうことだ。
なぜ俺の右前腕は抜けてしまったのだ。俺は剣士なのに、明日からどうやって食っていけばいいのか。
そんなことをとりとめもなく考えていると、ようやく自分は切られたのだ、と知った右腕は柄を離し、ぼとりと地に落ちた。
「魅力のない男……」
鋭い爪が、イザークのうなじを貫いた。
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