第55話 不老不死化
「このアルテグラの屋敷で、ドン・セゴー、君の不老不死化の術式を執り行う」
夜も更けた頃、カルゴシアの冒険者組合の長、セゴーは七聖鍵の副リーダー、デュラエスに連れられて郊外にあるアルテグラの屋敷を訪れていた。
蒼白い月明りの中ではより一層不気味さを際立たせる威容を持つ館。まだ秋は深くないというのに葉一枚無い枯れ木に包まれた庭。全く手入れがされていないのか、雑草だらけの中で、季節外れのバラだけが咲き誇っている。
これでもかつてはA級の冒険者だったこともある。緊張していることを悟られぬようセゴーはその歩を進める。
彼が手を掛けようとする前に館の扉は大きく開け放たれた。その向こうに待っていたのは暗く深いベールのトークハットを被った貴婦人、“悪女”アルテグラ。その両脇にはガスタルデッロと同じくらいは身長のありそうな、しかしあまり知性は感じられず、目の焦点は合っておらず、体も醜く肥え太った大男と、逆に人形か死体かというほどに肌が白く、線の細い黒髪のメイドの少女が控えている。
「ンフフフフ、お待ちしておりました、セゴーさん」
相変わらず物腰は優しいのだが妙に不気味な雰囲気を纏っているアルテグラの話しかける姿に、なぜかセゴーは死神の姿を重ね見た。
「私もガスタルデッロも君には期待しているのだ。優秀な人間というものは人より長い命を得て、人類全体に奉仕すべきだ、というのが私の持論でね。これからも一層活躍に期待する」
そう言ってデュラエスは自身の被っていたトップハットと外套をメイドに預けた。
バタン、と大きな音を立ててセゴーの後ろの扉が閉まる。普段ならそんなものに驚いたりするほど肝の細い男ではないのだが、不気味なアルテグラの雰囲気と館の空気に気圧されて、鼓動が早まっていった。
扉が閉じると外よりも少し気温が低いように感じられた。ろうそくの炎で明かりを保たれた室内は月明りの差す外よりも薄暗い。ゆらゆらと炎の明かりに照らされるアルテグラが楽しげに話す。
「ンフフ、緊張してます? 実は私も久しぶりの術式なのでちょっと緊張してるんですヨ。まずは簡単に説明させていただきますネ」
そう言ってアルテグラは背中を見せてゆっくりと歩きだす。
「まず、今回の不老不死化は『転生法』を使用します。他にも方法はありますが……アンデッドになる方法なんて、セゴーさんは望まないですよね?」
「もっ、もちろんだ!」
彼からしてみれば当然だ、という問いかけである。せっかく不老不死を得られても、ゾンビーやスケルトンになったのでは意味がない。そんなくだらない話なら当然突っぱねるつもりだ。
「よかった。ンフフフ、『転生法』はまず『竜の魔石』と呼ばれる不思議な石にセゴーさんの記憶と魂を書き込み、素体となる体に……」
ゆっくりと廊下を歩きながら、楽しそうにアルテグラは話す。彼女は「転生法」と呼ばれる技術についてかなり細かいところまで説明してくれていたようだが、難しい話で、魔術や科学に疎いセゴーには全く理解できなかった。
それよりもこの女の不気味な立ち振る舞いが気になって仕方ない。館のイメージと、夜という事が重なってか、どうしてもこの女に死神の姿を重ねてしまうのだ。
――――――――――――――――
薄暗い部屋の中、薄いシーツを掛けられた青年が横たわっている。
大柄ではあるがかなり年若く、もしかしたら「少年」と言っても差し支えの無い年齢なのかもしれない。その精悍な顔つきの頬に触れる手があった。
「ヴァネン……すまない……」
頬に触れていたのは七聖鍵の一人“霞の”イチェマルクであった。
しばらく悲しそうな表情で青年の顔を覗き込んでいたイチェマルクであったが、部屋の扉が開かれるとそちらの方に向き直った。
「準備は済んでいるな……イチェマルク」
先ず声をかけてきたのはデュラエスであった。
「今更だが……俺は、この男に不老不死を与えるのには反対だ」
「フン、お前はそもそも転生法自体に対して反対だったな……自らもその恩恵にあずかっておきながらよくもそんなことが言えたものだが……どちらにしろ、『それ』はもう死んでいるのだろう? 議論自体が無意味だ」
そう言って青年の身体を指さすデュラエスの手首をイチェマルクが力強く掴んだ。
「『それ』じゃない……ヴァネンだ」
「素体の名前などいちいち覚えていられるか」
「お、落ち着いてください、二人とも」
アルテグラが二人の間に割って入る。止めようとした彼女を振り払おうとイチェマルクが彼女を突き飛ばした。
「キャッ」
転びはしなかったが、彼女の頭からトークハットが落ちてしまった。
「ひっ!?」
思わずその素顔を見てセゴーが小さい悲鳴を上げる。
「あらら、見られちゃいましたネ。さっき言ってた『アンデッド』っていうのは、つまりこういう事です」
ベールの下から現れたのは白い骸骨の素顔。不思議な感覚だが、舌も唇もないのに何事もなかったかのように彼女は話を続ける。イチェマルクは気を削がれたのか、部屋から出て行ってしまった。
「私は“リッチ”のアルテグラ。転生法にも『リスク』があります。実際に転生をする前に、それを説明いたしましょう」
セゴーは口に手を当てて恐怖している。ムカフ島の魔族と手を組んではいたが、七聖鍵の方も人ではなかった、とは彼にとっても全く予想外の出来事であった。
テューマ達はフービエの依頼通りメッツァトルに救出の依頼を出したが、すでに彼らが殺されていることはセゴーも知っている。そう、人ならざる者と手を組んだ者の末路を彼は知っているのだ。
「まず、不老不死化の施術をしますと、生殖能力を失います。これは種としての子孫を残すという本能を失うためだと思われてますが、はっきりとした原因は分かっていませン
ま、仮に子ができたとしても体自体が別物に変わってしまうんで、それが『自分の子』とは言えませんけどね。遺伝子的に」
しかしアルテグラはそんなセゴーの態度に気付くことなく説明を始めた。「子を成せない」というのは大きなマイナスであるが、しかし己の人生が永遠に続くのならば大きな障害ではないとセゴーは感じた。
それになにより丁寧にメリットだけではなくデメリットも説明するアルテグラを信用し始めてもいた。彼も長年冒険者を続けてきた人間だ。甘言を弄する人間が信用できないことはよく知っている。
「そして、不老不死、と言っても実際には年を取ります。ただ、年を取ってきたり、体が死んでしまった場合でも、記憶を『竜の魔石』に保存してあるので、それさえ回収できれば新しい体に『転生』ができます」
そう言ってアルテグラは祭壇のような場所に寝かされている若い男性の身体を指さす。あの体が、つまりはセゴーが『転生』する新しい『素体』というわけだ。
「見たところセゴーさんはまだ健康みたいですし、どうします? 今回無理に急いで『転生』する必要はなさそうに感じますけど?」
「いや、やってくれ。俺もこう見えて五十をとうに過ぎた体だ。いろいろとガタが来ているし、なによりも本当にそんなことが可能なのか、すぐにでも試してみたい。俺も元冒険者だからな。こういうことになるとワクワクすんのさ」
「それと、デメリットはもう一つあります」
なんだ、まだあるのか。いろいろと後出しで出てくるな、とセゴーは嫌そうな表情をする。アルテグラはそんな彼の表情を気にすることなく真剣な雰囲気で(表情はよく分からないが)彼に言葉を続ける。
「エイリアス問題です」
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