第94話 無理ゲー
ムカフ島のモンスターの襲撃から1週間ほど。私達は久しぶりの休暇を楽しんでいた、というか、正直言って体を休めているだけだけれど。
私からすればメッツァトルに入ってから初めての休暇だ。
本当に、この数日色々なことがあった。アルグスさんに聞いても、これほどの大事に巻き込まれるのはメッツァトルとしても初めての事らしい。
その日私は外出はせずに今まで起きた出来事と分かったことのまとめをしていた。
先ず現在分かっている勢力図、大きく分ければ私達メッツァトルと七聖鍵の対立構図になってる。ただ、七聖鍵には手下としてギルドがついていて、どの冒険者が私達に牙をむくか分からない状態。さらに七聖鍵のバックにはカルゴシアの町を治める領主シーマンの影もあるわけで……あれ? これちょっと無理ゲーじゃないですかね?
で、でも悪い情報ばかりじゃない。この間のモンスターの襲撃を撃退したことで、七聖鍵側の勢力からムカフ島の魔族が抜けることになった。カルナ=カルアは死んでしまったけど、今後何かあればビルギッタとヴァンフルフは協力してくれるはず!
……まあ、それもムカフ島の支配権との引き換えだから、もう何が何でもシーマン家を滅ぼすか説得しなきゃいけないっていう条件付きなんだけれど……あれ? これちょっと無理ゲーじゃないですかね?
でも今回のモンスターの襲撃でアルグスさん達が大活躍したこともあって、少なくともカルゴシアの市民達は私達に恩を感じてくれている。一緒に戦った冒険者や衛兵たちもそうだ。何かあればきっとギルドはともかく冒険者の皆は私達の味方に……
……忘れてた。そう言えばムカフ島のダンジョン出口で私達を殺そうとした冒険者……あれ一体何だったんだろう。冒険者も当然一枚岩じゃないわけで……それどころか命を掛けてまで私達を殺そうとしてる人がいるんだよね……あれ? これちょっと無理ゲーじゃないですかね?
肝心の魔剣野風もイリスウーフさんはその所在については知っていても黙っているつもりみたいだし、正直八方ふさがりだ……私は段々頭が痛くなってきて、外の空気を吸おうと自分の部屋を出てリビングに移動した。
リビングにはアンセさんがテーブルについて何やらメモを取っているようだった。
「アンセさん、なにしてるんですか?」
「ああ、マッピちゃんか。その……私なりに分かったことをまとめてみようとおもって、ちょっと、ね」
そう言ってアンセさんはニコリと微笑む。
アンセさんのゾラとの戦いは凄いの一言だった。まあ、結局召喚された精霊たちが何をしてたのかはよく分からなかったけど。ちなみに回復魔法によってあの時の怪我も火傷も今では綺麗に回復している。
それにしてもアンセさんも私と同じことを考えていたなんて。さすが魔法職、パーティーの頭脳と言われるだけの事はある。その戦い方はぶっちゃけて言って“狂犬”ゾラ以上に狂犬だったけど。
私はちらりとアンセさんのメモを覗き込んだ。
クオス:男の
ドラーガ:知識はあるけど
アル×ゾラかゾラ×アルか? 一回書いてみてしっくりくる方で行った方がいいかも? アルグスは絶対包〇!!
課題:ターニーとヴァンフルフをどうにかして絡ませられないか。接点がなさすぎる。そもそもターニーは性交可能なのか。
あっ……これ……BL小説のネタ帳だ……メッツァトルを題材にホモ小説書くつもりだこの人……
「私なりに分かったこと」って自作のホモ小説の思いついたネタをまとめてるだけじゃん。そりゃ婚期も遠のくわ。「パーティーの頭脳」とか言ってた私を殴ってやりたい。「性交可能なのか」じゃないですよ。男同士で性交なんかできませんよ。
私は一層強い頭痛を感じて頭を押さえた。
「あらドラーガ、どこか行くの?」
アンセさんの声に私は閉じていた目を開く。視界に入ったのはドラーガさんとイリスウーフさん。イリスウーフさんはなんだかにこにこと笑っている。
「散歩」
「デートです」
!?
「ドラーガがカルゴシアの町を案内してくれるそうなので」
おいおいおいおいマジですか。っていうかドラーガさんが案内!? ギルドからの帰り道が分からなくて野宿した人ですよソイツ。まあ私も野宿したんですけど。
「危険じゃない? この非常時にデートとか、暢気ね」
アンセさんが尋ねる。たしかに危険でもある。魔族は退いたけど、ギルド、七聖鍵は依然イリスウーフさんを狙っているに違いないんだから。いくらイリスウーフさんが半竜化して戦えると言えども、絶対ドラーガさんが足引っ張るし。
「危ないですよ! 誰か他の人と一緒に……」
ガシャン! と後ろで何かが割れる音がして私は言葉を止めて振り向く。そこには顔面蒼白になったクオスさん。足元には割れた陶器の破片。べたな驚き方するなあ、この人。お皿持って何してたんだろう。
なんか「ショックを受けた人」のテンプレ的反応というか、ショックを受けた人の演技をしているような感じがする。結構余裕あるんじゃないのかな、まだ。
「ああ……ああいいいあいあああいうううぅぅ」
なんだかよく分からない言葉を吐きながら膝がカクンと曲がってその場にへたり込んでしまった。前言撤回、ヤバイこの人。私とアンセさんは慌てて彼女の下に駆け寄る。
「だ、ダメ……もう……」
そう言って落ちていた皿の破片で自分の首を掻き切ろうとするのを必死で止める。悪い方向に凄まじく思い切りの良い人だな。
「あっ、行っちゃった……」
え? アンセさんの声に驚いてさっきまでイリスウーフさん達がいた場所を見てみると、そこにはすでに誰もいなかった。しかし今はとりあえずクオスさんだ。
「何やってるんだいったい」
騒ぎを聞いてアルグスさんが部屋から出てきた。どこにいたのかは知らないけれどクラリスさんもいつの間にかテーブルの上に乗っている。
「そ、その……ドラーガさんとイリスウーフさんがデートに……」
「それでなんでそんな事態になるのか分からないんだが」
割れた皿の破片と、軟体動物のように溶けてなくなりそうなほどにぐでんぐでんに脱力しているクオスさん。しかも白目をむいている。そのクオスさんをアンセさんと私が自傷行為をしないように取り押さえている。
「しかし、今イリスウーフが外に出るのは本当に危ないかもしれないぞ」
え? どういう事だろう?
「この間のモンスターの襲撃が、イリスウーフのせいだっていう噂が流れてるらしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます