第198話 彼はここにいる

「取っ手の内側を見てみろ、マッピ」


 ドラーガさんに言われて私は上側からドアの取っ手の内側を覗き込んでみる。こういうところ、なんか虫とかいそうで嫌だな。


「ん? なんか棘みたいのが……」


「多分毒針だ」


「え!?」


 こ……これは気付かないよ。っていうか逆にドラーガさんはなんでこれに気付いたの? 完全に死角になってる場所じゃん。なんか過去にこんな罠に嵌まったことがあるとか?


 しかしそれを聞いてみるとドラーガさんは怪訝な表情で私の顔を覗き込んで言葉を発した。


「この話はお前も聞いてたと思うがな……『ダンジョンの中では触りたくなるようなものほど触るな』って、アルグスに言われなかったか?」


 ……言われたわ。


 というか「言われなかったか?」じゃないじゃん。あんたと一緒に言われてたじゃん。しかもあんたはそれを守らずに罠を作動させてたじゃん!!


 なんかこう、私が悪いのに、なんかムカつくなあ。なんだろこれ。なんか釈然としない。


「一気に扉を蹴破って中に突入するぞ。準備はいいな?」


 私はナイフを構え、イリスウーフさんは腕を竜化させて身構える。


 正直言ってダンジョン攻略ではこの人は役に立たないものだと思ってたんだけど、ちゃんとアルグスさんの言葉を覚えていたんだなあ。


 この、崩壊しかかっている、いや、もう崩壊しているのかもしれないけど、メッツァトルの中で、やっぱりドラーガさんが私達のリーダーにふさわしいように感じられた。


 アルグスさんの、メッツァトルの「魂」が、確かにドラーガさんの、私達の中で生きてるんだ。


「行くぞ!!」


 ドラーガさんは扉を蹴破って中に突入する。


 しかし扉は意外にも建付けがよく、勢いよく端まで開いて跳ね返って戻り、中に突入しようとしてたドラーガさんを挟んで直撃した。


 ドラーガさんは衝撃を受けてその場でもんどりうって吹っ飛び、べちゃっと崩れ落ちた。やっぱりこの人をリーダーにするのはちょっと不安が残る。


「!?」


 しかも中には敵がいた。青白い肌で、宙を飛び回る亡霊の様なモンスター、レイスが二体に全身鎧の騎士が二人。すぐさま私はアンデッドを始末すべく聖句を唱える。


「今こそその屍を地にゆだね、土は土に、灰は灰に、塵は塵に還すべし、リィンカーネイション!!」


 死したるものは死したるものの場所へ帰るべき。摂理に反して現世に残る亡霊を本来あるべき輪廻の輪の中に返す魔法、リィンカーネイション。一体を光の泡に返すと、私はすぐに次の詠唱を始める。


「トウッ!!」


 一方イリスウーフさんの方も竜化した爪で騎士を攻撃する。全身鎧は思いのほか走行が薄く、彼女の爪は紙のようにそれを切り裂いた。しかし鎧の中身は伽藍洞になっていて、何も入っていない。どうやらこっちもリビングメイルかなにか、アンデッドだったようだ。


「リィンカーネイション!!」


 私がもう一体のレイスを消滅させると、イリスウーフさんも残りのリビングメイルの頭部を飛ばし、決着をつけた。まだ寝ていたドラーガさんはやっと起き上がった。


「ま、ざっとこんなもんだ」


 何がだ。


 まあそれはともかく、どうやらこのダンジョンにはモンスターもいるみたいだ。今、私達の戦力は大分低下している。用心に越したことはない。


「とにかく、この部屋にはもうなにもなさそうですね」


 扉を開けた先のへや(今私達がいる場所)は十メートル四方程度の小さな広間になっていて、その先にはさらに扉がある。どうやら小さな部屋や回廊を小分けに繋げてある構造になっているようだ。


 とりあえずは次の部屋だ。今度は慎重に扉を調べて、さっきみたいにドラーガさんにドヤ顔されないようにしないと、と思って私は扉の方に近づこうと歩いていくと、床石が沈み込むような感覚があった。


「危ねえ!!」


 ぐい、と襟首を引っ張られて引き戻される。


 それと同時に横に立っていた石柱が崩れて、私のいた場所にずしん、と倒れた。危ない、ドラーガさんが引っ張ってくれなかったら柱に圧し潰されるところだった。


「ダンジョンは家に帰るまでが冒険です、とも言われたよな?」


 う、確かに言われた。あれは、そうだ。ゾラの襲撃の時か。なんだかよく分からない淫紋騒ぎでゾラが泣きながら帰っていって事なきを得たんだったか。


「あれはダンジョンから帰るときだけじゃねえ。何か一つ物事を終えた時に気を抜かずに用心しろって意味だ」


 な、なるほど……なんだか顔が熱くなってきた。アホだと思ってたドラーガさんに説教される恥ずかしさだけじゃない。


 ドラーガさんに引っ張られて体勢を崩した私を、今彼は抱きしめるように支えてるわけで……運動音痴だけど、体は逞しいんだよな。腕もがっしりしてて、まるで私とは違う生き物みたいだ。その体に包み込まれるように抱きしめられていると、なんかこう……安心感というか……


「マッピさん? もう大丈夫ですよね?」

「ひゃいっ!?」


 急にイリスウーフさんに声をかけられて私はびっくりして変な声を出しながらドラーガさんから離れた。ああ、危ない危ない。吊り橋効果吊り橋効果。私はドラーガさんの事なんか好きじゃないんだから!


「ふう」


 私は深呼吸をして気持ちを落ち着けて、改めて罠のその先の、扉を見る。


 扉はモザイク模様になっていて、取っ手や鍵穴はない。一面に綺麗な幾何学模様が書き込まれていて、どこから開くのかも分からない。というか、これ本当に扉? 行き止まりじゃないよね?


「なるほどな……」


 ドラーガさんが呟きながら扉の細工に触れた。その瞬間ズン、と低い音がして、何が起きたのかと私達は辺りを見る。


「て、天井が下りてきます!」


 イリスウーフさんの言葉に上を見てみると、確かにゆっくりと天井が下がってくる。もしや、と思って後ろも振り返ってみると、私達が入ってきた扉も締まっていた。これは、ドラーガさん……やってしまいましたなぁ。


 間違いなくこれはドラーガさんが扉に触れたのがトリガーになって降りて来てますなぁ。


 アレだけ「触れたくなるものほど触れるな」って言われてましたのになぁ。


 あ~あ、確かにドラーガさんの中にアルグスさんが生きてるのを感じたのに、ここまででしたなぁ。


 しかしドラーガさんは天井を気にすることなく扉を触り続ける。


 すると、ドラーガさんの手の動きに合わせて扉の表面の模様がガシャンガシャンとスライドした。これは一体?


寄木細工よせぎざいくみたいなもんだな。おそらく表面の模様を正しく揃えると扉のガイドとレールがぴったり揃って引き戸が開けるようになる仕組みだ」


「で、でも、その扉の『正しい模様』なんて知りませんよね? 天井が下りてくるまでにそれができるんですか?」


 イリスウーフさんの心配も尤もだ。彼女は天井とドラーガさんに交互に視線をせわしなく動かしながら焦った表情を見せる。


「まあ落ち着け。図案の想像ならつく。七聖鍵、十字架のガスタルデッロ……つまり正しい模様は……アレッ?」


 素っ頓狂な声と共に一転ドラーガさんが焦りの表情を見せる。


 原因は分からないが細工のスライドが途中で引っかかって止まってしまい、進むも戻るもできなくなってしまったように見える。ビクとも動かないようだけど……?



「な……」


 苦渋の表情を見せながらドラーガさんが呟く。


「何もしてないのに壊れた……」


 私は、確かにドラーガさんの中にアルグスさんを見た。

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