第199話 ここらでひとつ自己紹介でも

「まずいまずいまずい! もう降りてくるよ!!」


「…………」


 4メートルほどあった天井は既に私達の身長よりもほんの少し高いくらいにまで下がってきている。寄木細工の扉を壊してしまったドラーガさんは何をするでもなくその辺をぶらぶらしている。緊張感がない!


「トオッ!!」


 代わってイリスウーフさんが竜化した腕で何とか扉の破壊を試みているけど、どうやら思わしくないようだ。


 そうしてる間にも天井はどんどん降りてくる。私は慌ててイリスウーフさんが倒したリビングメイルの鎧を、さっき私に向かって倒れてきた石柱の上に重ねる。


 天井の重さがどのくらいかは分からないけど、もしかしたらこれで止まってくれるかもしれないし!


「はぁ、はぁ、マッピさん、この扉、分厚過ぎてとても破壊できそうにないです。

 というか、これ本当に扉なんでしょうか? 叩いた感触が、どうも壁っぽい感じがするんですけど……」


「そのとおりだ」


 え? 扉じゃないの? こんな思わせぶりな形状してるくせに? 私はイリスウーフさんの言葉に肯定の意を示したドラーガさんの方を見た。一番背の高いドラーガさんはもう、少しかがまないと立っていられない状態だ。


「こっちを見ろ、こっちが本当の出口だ」


 え? 本当の出口? 私とイリスウーフさんが駆け寄るとドラーガさんは手を伸ばして石壁に触れようとする。


 しかし壁には触れられずに、透き通るように手が壁に刺さった。


「これはまさか……幻術?」


「そうみてえだな」


 そう言ってドラーガさんはそのまま壁に吸い込まれるように消えていく。私達もその後に続いた。


 すり抜けられる壁を通るとその先はまた長い回廊が続いていた。後ろではごりごりと天井が石柱と鎧を圧し潰す音が聞こえる。危ないところだった。


 しかしよくよく考えてみればパズルを解けば扉が開くなんて単なる私達の思い込み。そもそもダンジョンを作った人の目的は「侵入者がダンジョンをクリアすること」じゃなくて「侵入者を排除すること」なんだから正解が用意されてるとは限らないんだ。


 もしいつまでもあの扉に拘っていたらそのまま全滅しているところだった。


「慎重に行くぞ。もう一人だって欠けたくない」


 回廊の奥を見つめながらドラーガさんがそういう。なんか、この最終局面に入ってから、ドラーガさんのイメージが随分と変わってきた。


 いつも自信満々に見える不敵な笑みは、自分の自信のなさを覆い隠すためのペルソナだったんだろうか。


 それに、こんなに仲間思いな人だったなんて。最初の内は自分の利益にしか興味のない人だと思っていたのに。


「ドラーガさん……ドラーガさんは、なんでそんなに『仲間』に拘るんですか? 過去に、何かあったんですか?」


 私はその疑問を口に出さずにはいられなかった。なんとなく、この機を逃してしまえば二度と聞けなくなってしまうような、そんな気がしたからだ。


 ドラーガさんは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情でこちらを向いた後、「ふっ」と鼻で笑ってから通路の真ん中に胡坐をかいて座った。


「まあ、いいだろう。一旦休憩して話そうぜ。よく考えりゃ俺もお前らの事何も聞いたことなかったな」


「えっ? いいですよ、そんな本格的に話さなくても。歩きながらでいいですから!」


 私がそう言うとドラーガさんは眉間に皺を寄せて少しだけ不機嫌そうな顔を見せた。実は話したくてたまらなかったとか?


「マッピ、人間ってのはな、普段の行動の七割は無意識でやってるもんなんだ」


 急に何を言い出すんだろう、この人は。無意識でそんなに行動できるわけないじゃん。


「さっきの石柱の罠がまさにさ。敵を倒して、少し先に怪しげな扉がある。そこに油断と安心感から来る『意識のエアポケット』が発生する。そうすると人間はもう『無意識』に支配される。危険な敵地のど真ん中だってのに漫然と無警戒に左右の足を進める。結果、あんな簡単な罠に嵌まっちまうのさ」


 なるほど。しかしその話は分かるけど何故急にそんな話を?


「だから、迷宮ダンジョンの中じゃ『無意識』を極力減らす必要がある。『無意識』を五割以下にまで減らせれば生還率は倍になるって言われるほどにな。

 だから何かを『しながら』迷宮の中を進むのは良くねぇ。ちょうどいいし休憩しようぜ」


 そう言ってドラーガさんはその場に胡坐をかいて座ると、ごそごそとクラッカーを取り出す。ああ、ドラーガさんも保存食を持ち出してたのね。


 私とイリスウーフさんも彼に倣ってその場に座って休憩をする。なんか通路の真ん中を占拠してるみたいで落ち着かないけど。


「まずはお前の事を教えてくれよ。お前育ちもよさそうなのに何で冒険者なんかやってんだ? 回復術師ヒーラーならこんな危険な仕事じゃなくても左うちわだろうが」


 まあ、確かにね。ただ生活するだけなら、別に冒険者なんかになる必要はない。特にヒーラーは町医者として食っていけるし……


「私……ね、四人兄弟の下から二番目なんですよ。実家は、それなりに余裕のある生活できる程度の金物屋を営んでいて……」


 ゆっくりと私は話し始める。


 思えば遠いところまで来てしまった。それは自分自身に言い聞かせるように、なぜ自分がここにいるのか、数奇な運命を感じせざるを得ない今の自分の状況を改めて確認するためだったのかもしれない。


 一番上の兄は家を継ぐ予定で、早くから実家を手伝っていた。三つ上の姉は同じ村の中で嫁に行くことが決まっていて、私も、幼馴染の男の子からアタックされてたから、みんなと同じようにこの村の中で一生を終えるのかな、と思った時に、ふと世界の広さに思いが及んだ。


 行商人や軍人でもない限り、ほとんどの村人は自分が生まれた村から一歩も出ることなくその人生を終えることがほとんど。自分も、そんな人生でいいんだろうかって、思ってしまったんだ。


 冬の朝、黄金に輝く朝焼けを見ながら。


 毎日見ていたはずの空が、こんなにも美しかったのかと、ふと気づいた。


 私が知らないだけで、世界にはもっと美しい物もあるのかもしれない。


 私は、それを全部知らないまま、この村で一生を終えてしまって本当にいいんだろうか。本当にそれで満足なんだろうかと。


 せっかくこの世界に生まれたんなら、もっと世界の事をいろいろ知りたいって。自分の足が動く限りの、地の果てまで行ってその景色を見てみたいって。そう思った。


 元々魔力の才能があって注目されていた私は、親に頼み込んで回復術の勉強をして、冒険者になることを決意し、そしてこのカルゴシアの町に来た。


「……そこから先は皆さんの知る通りです。まさか最初の冒険からこんな大事件に巻き込まれるとは思ってませんでしたけどね」



「ふ~ん……で、オチは?」

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