第200話 ドラーガの過去

「は? オチ?」


「そう。オチ」


 え? 何言いだすのこのおっさん?


「いやっ……その、これは現実にあった私の話なんで、特にオチとかはないですけど」


 若干頭にきたけどそれを隠しながら私は丁寧に対応する。しかしドラーガさんはクラッカーを飲み込んでから鼻で笑った。


「ハハッ、お前、ちゃんとしたオチもなしで人の笑い取ろうとかちょっとナメすぎだよな!」


 いや別に笑い取ろうとなんてしてないですけど。なんなんこの人。


「なんつーかもう、話の構成が弱いっていうか、ちゃんと『起承転結』意識してる? なぁんか『思いつくまま話した』って感じでさァ」


 えっ、なにこれ。私過去を話しただけでダメ出しされてるの?


「なぁんか、内容もアレだよな? そこそこ裕福だったとか男にアタックされてたとか魔力の素質がどうとかさァ、マウントっつーの? そういうのが見え隠れするっつーかさァ」


 マウント? 私が? 誰に?


「アレだよな。『隙あらば自分語り』(※)っての? なぁんか、こう、自己顕示欲を押さえきれない感じが出ちゃっててさァ」


※隙あらば自分語り:他人の話に割り込んでまで自慢話を吹聴する事


 うそーん。『隙あらば自分語り』って、私『話せ』って言われたから話しただけなんですけど? そういう風に聞こえてたの? イリスウーフさんはどう感じたんだろう、って思ったんだけど彼女は気まずそうに視線を逸らして頬を指先でぽりぽりと掻いていた。


 え、なんなんこれ? マジにマウント取ろうとしてたようにとられてるってこと?


 っていうか本当に聞かれたことを事実通りに話しただけなんだからごちゃごちゃ言われる筋合いないと思うんですけど。っていうかそういうドラーガ、あんたはどうなのよ。


「ドラーガさん、ドラーガさんはなぜ冒険者に?」


 くそっ、腹いせにツッコミ入れまくってやるぞ。


「忘れもしない、あれは俺が十四の春の時だった……いや夏、だったかな? とても暑い朝だったから……いや違う違う秋だ! 秋の割には暑かったんだよ。その十四の……違うな、やっぱ十五だ。十五の秋の、夕方だ。朝焼けじゃなくて夕焼けだったわ」


 忘れてんじゃねーか。


 回想が始まる前から突っ込ませないでよ。先が思いやられるわ。


「俺の家は……オクタストリウムの首都ボスフィンから馬車で二日ほど北上したところにある田舎町で、ちんけな農夫の家だった」


 十五の秋はどうなったんだよ。


「俺の親父は……いや、違うな。十五の秋じゃないな……やっぱ十四だな……」


 十五か十四かはもうどうでもいいから!! ぐだぐだ過ぎるだろ!!


「俺の親父は、飲んだくれのどうしようもない野郎だった……毎日毎日、火曜と金曜以外はべろべろに酔っぱらって帰ってきては、暴力を振るった」


 火曜と金曜は飲まないなら毎日じゃないですよね? 週に二日も休肝日作ってるじゃないですか。


「暴力を……振るわれてたんですか」


 なんかイリスウーフさん話に入り込んじゃってるな。話半分に聞いといたほうがいいですよ。


「ああ。『なんだその態度は』だとか『口のきき方がなってない』だとか、理不尽な理由で毎日毎日でこぴんされてたもんさ」


 いやそれ全然理不尽な内容じゃないですよね? ドラーガさんが親に対してどんな口のきき方してたのか容易に想像できるんですけど? っていうかその時の教育が足りなかったばっかりに私達が今苦労してる気がするんですけど?


「まあ、俺は三人兄弟の一番下だったからな……家で一番弱い生き物は暴力のはけ口になるしかなかったのさ」


 やっぱり末っ子かコイツ。これだから末っ子は!(※) あとドラーガさんは今でもこの町で一番弱い生き物ですけど?

※あくまでマッピの個人的な意見です。


「そして俺は……十……五? いや、やっぱ十四か?」


 だからそこはもうどうでもいいから。思い立ったのが十四だろうが十五だろうが人類の歴史に何の影響もないですから。


「美しい夕焼けを見ながら思ったのさ……この世界はこんなにも美しかったのかと……俺が知らないだけで、この世界はもっと……」


 私のパクリじゃないですか!! さんざんダメ出ししておいて良さそうなところはパクるとかどういう神経してるんですか。


「夕日が沈んだ後も俺は暫く空を見ていた。その空を見ながら俺は思い出したんだ。

 ……あれは、9歳の時だった」


「俺は、いつものように村の近くの小川に……」


「ちょっ、ちょっ……ちょっと待って下さいよ!!」


「あん? なんだよ人が話してる時に。こっからいいとこなのに」


「いやいや、おかしいでしょ?」


 私は思わずドラーガさんの話を止めてしまった。


「なに回想の中でさらに回想に入ろうとしてるんですか!!」


「なにが?」


 なにがじゃねえよこのおっさん。


「おかしいですよね? 回想の中の自分がさらに回想して過去に遡るとか。二重回想じゃないですか!」


「マッピさん、なんですか? 『二重回想』って?」


 何ですか……って、言われても。私も正直始めて聞く言葉だけどさ。こう……なんか、回想の中でさらに回想に入っちゃうとか、なんかこう……ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん。分かりづらいよ!


「ええ~、仲間がどうのこうのの話、こっからだったんだけど」


 ああすいやせんねえ! でもね! ドラーガさん話にまとまりが無さすぎるんですよ!


「まああれだ。9歳の時に友達と遊んでてハブられたんだよ。んで、俺は絶対仲間だけは裏切らねえぞ、って思ったのさ」


 最初っからそれでいいじゃん。っていうかハブられた理由もなんとなく想像つくわ。どうせ子供の頃からそんな感じだったんでしょ! いつも!


 しっかしなんで無理やり「冒険者を志した話」と「仲間を大切に思う話」の二部構成を繋げようとしたんですか。っていうか過去話がしょぼい! そんなしょぼい理由であんな格好いいセリフ吐いてたんですか!


「でな、話は続くんだけどよ、俺は昔から頭がよかったからな。文字を覚えて、首都のボスフィンの魔法学校に通ったんだよ。特待生でな」


 まだ話続けんのかよ。マイペースだな。ていうかさりげなくマウント要素入れてんじゃねえよ。さんざん私に隙自語(※)って言ったくせに。

※隙あらば自分語り


「まあ俺は優秀だったからな。俺は大学を首席からたった十位しか離れてない成績で卒業した」


 微妙だなオイ! そこは首席で卒業しろよ! コメントしづらいよ!!


「で、このまま研究職につくのもつまんねえなぁ、ってところにカルゴシアの町がダンジョン探索で景気がいいって聞いてよ。金の匂いにつられて俺もここへ来て、そこで初めて冒険者ぼっけもんと出会った訳よ」


 お、ここでようやく冒険者が出てくるのか。もしかしてそこでアルグスさんと出会って何かドラマがあったとか?


「これがまあバカの集団でよ。ろくに読み書きもできねぇ低能どもがデカい顔してやがる訳よ。そこで『この冒険者どもを上手いこと騙しゃあ一財産築けるんじゃねえか? って思ったのが冒険者になった直接の原因だな』


「…………」


 冷たい石造りの回廊の中に沈黙が流れた。


 なんというか……


 邪悪。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る