第167話 お嬢様聖水
私はひとり、空のスキットルを眺めて悩む。
まいった。
どちらかというと足りないのは入れ物の方じゃなくて水の方だったんだけど……中に入っていた、おそらくお酒は、今ドラーガさんがその辺に捨ててしまった。
水……水分か……たとえば、血液とかで何とかなるだろうか? いや、血液は余計な成分が多すぎるし、普通は固化する。何よりこのヴェリコイラもどうやら血液から作られてるらしい。効くかどうか怪しいと思う。
そうなるともう一つ、人体から出る、十分な量の確保できる水分というと……
やはり、尿だろうか。
ドラーガさんの尿を……? これに入れてもらう? そしてそれを私が聖句で清めて……なんかやだな。ドラーガさんの尿が入ったスキットルに祈りを捧げる私……うん、いやだ。というかドラーガさんがナニをナニしてスキットルに尿を入れるわけで。その汚い手で渡されたスキットルをまず持ちたくないし、私の魔力はそんな汚物を清めるためにあるんじゃない。
とするとやはりあれか……
私の出番か。
たしかに、ドラーガさんのゲロドブ汚水を清めたところでせいぜいが普通の水になる程度。しかし私の聖水に清めをすることで本物の聖水が出来上がるという寸法よ。
つまり図にするとこう。
〈清浄度メーター〉
「分かりました、ドラーガさん」
私は決心した。もはやヴェリコイラが回廊の割れ目を切り崩していつ入ってくるともしれない。贅沢を言ってる暇などないのだ。命がかかっているのだから。背に腹は代えられない。
私は一つ深呼吸をしてスキットルのふたを開ける。
「分かりました。私がすぐに聖水を精製します。ですが、その間、ドラーガさんは決してこちらを見ないでください」
「鶴の恩返しかな?」
いまいち納得いかないようであったが、ドラーガさんは私に背を向け、そして私から借り受けた樫の杖でヴェリコイラの前足を払い続ける。
これでよし。
やらなければ。
私はワンピース状になっているローブの両側の裾を持ち上げ、パンツに手をかけ、するすると、ゆっくりそれを下げていく。
うう、恥ずかしい。
ドラーガさんが本当に目と鼻の先にいるっていうのに、こちらを向いていないとはいえそんな場所で今私は、パンツを脱いでいる。気づかれないように慎重に右足を抜き、次いで左足を抜く。
そして脱ぎたてホカホカパンツを丸めて、ローブについているポケットの中に押し込んだ。
うわ、わたし今、本当にノーパンなんだ。ダンジョンの中で、男の人の目の前で……ぱ、パンツ履いてないんだ。もしかしてこれ、普通に淫らなことなんじゃ……?
耳に聞こえてきそうなほどに心臓がドクドクと脈打っているのが分かる。おへその下あたりが妙に熱く感じる。
「ぜ、絶対に見ちゃダメですからね」
「分かってる! 早くしろ!!」
な、なによ。いかにも「俺そんなことに興味ないから」「聖水が必要なだけだから」みたいな空気醸し出しちゃって。心の底では何考えてるか分かったもんじゃないわ。
「アンデッドを倒すために必要だから」なんて苦しい言い訳で年頃の女の子に尿を要求するなんて、へ、変態なんじゃないの!? 男子ってみんなこんなえっちなのかしら。いやだわ。
私はローブの裾をまくり上げ、落ちないようにそれを歯で噛み、余分な肉を指で広げてスキットルの注ぎ口に狙いを定める。スキットルは割と大きめの注ぎ口をしていたのでこぼすことは多分ないと思うけど……
思うけど、足を少し開いてガニ股で股間にスキットルをあてがうさまには自分でも情けなくなってくる。何で私こんなことやってるんだ……というか今ドラーガさんが振り向いたりしたら何もかもお終いだ。もう舌を噛んで死ぬしかない。
チョロ
チョボボボボボ……
緊張して少してこずったけど、ちょろちょろとスキットルに私の聖水が注がれていく。
結構黄色いな……このダンジョンに入ってからずっと水分を取ってなかったから、どうやら軽い脱水症状を起こしていたみたいだ。聖水として使えんのかなこれ。
「ん……」
ぶるっと震えて、聖水は出終えた。
匂いが出ると嫌なので私はすぐにそれを蓋をして呪文を唱え始める。
「災厄の
スキットルがじわっと青白く光った。蓋はしていたけど、おそらくこれで『聖水』ができた筈。
「できたか! よし、貸せ!!」
「あっ」
ドラーガさんは私の聖水を取り上げてスキットルの蓋を取り、それを自身の頭の上に掲げ……
「ちょっと!!」
頭から振りかけようとした? 私はすんでのところでそれを止めた。
「何しようとしてるんですかドラーガさん!!」
「何って……聖水を頭から振りかけて、奴に対抗しようと……」
はっは~ん、分かったぞ。これが狙いか変態野郎め。
なんだかんだ苦しい言い訳つけて、本当の狙いはこの美少女のおしっこを手に入れる事だったっていう事ね? 高度なセクハラテクニックに危うく私も騙されるところだったわよこの詐欺師め。
「ん?」
ドラーガさんが鼻をひくひくと動かして周囲に視線をやる。
「なんか……アンモニア臭が……」
「きっ、気のせいですよ!! それにほら、あの、ダンジョンの中で生活してる魔物とか無法者もいたみたいですし、きっと奴らが排出した汚水かなんかですよ!!」
「お、おう……なんでそんな必死なんだお前……?」
くそっ、分かってるくせに。あくまで私の口から言わせようっていう事か。「その匂いは私のおしっこから出てるんです」って。なんてドSな奴なんだ。この上私の羞恥心をも利用した高度なセクハラ戦を挑んでくるなんて。
「とにかく、これはちょっと貸してください」
私はとりあえずドラーガさんから私の聖水の入ったスキットルを取り上げた。
「お、おい、お前それの使い方わかるのか?」
教えてもらわなくてもなんとなく分かりますよ。だいたいこういうのは直接振りかけるのが一番効果が高いんですから。
私は思いっきり振りかぶって、ふたを開けたままスキットルをヴェリコイラに投げつけた。
「ヴォフッ」
ヴェリコイラはそのスキットルと空中でかみつぶし、黄金色の聖水が飛び散る。
どうだ!? これで本当に倒せるのか!?
これで何の効果も無かったら私泣くわよ!!
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