第179話 迷宮にて目覚める

 アルグスは盾に魔力を込め、軽く回転させてみる。


「よし」


 力の衰えは感じられない。


 野風の笛の影響によって失われていた戦う力はほぼ完全に復活していると見ていい。迷宮ダンジョンの緊張感がアルグスの五感を元の状態にまで押し戻していた。


 唸り声を上げるグレーターデーモン二匹。その後ろに淡い水色の靄が現れて、一人の人間の姿が出てきた。いや、人間ではない。貴人の様な服装ではあるがその頭の両側には捻じれるような角が両側に広がって生えている。ダンジョンでの経験の豊富なアルグスですら始めて見る魔族。アークデーモンである。


 おおよそ感情の感じられない能面の様な顔、右手には炎の鞭を持っている。この姿から想像するに、もしかしたら以前倒した魔族カルナ=カルアはアークデーモンの一種であったのかもしれない。


 アークデーモンがスッと左手を上げて人差し指でアルグスを指差すと、二匹のグレーターデーモンはすぐさま飛び掛かってきた。


「オオッ」


 鋭い爪で襲い掛かる攻撃を盾で受けてショートソードによるカウンターを放つ。紫色の血が飛び散った。すぐさま反対側に回り込んでくるもう一体のグレーターデーモンの爪を伏せて躱し、距離をとる。


 グレーターデーモンの爪には麻痺毒の能力がある。経験豊富なアルグスは十分なマージンをもって攻撃を避ける。


(この後にはガスタルデッロも控えている。一気にカタをつける!!)


「トルトゥーガ!!」


 毒のブレスを口から放とうとするところにトルトゥーガを回転させ、気流を生み出して霧散させる。すぐさま反撃に転じ、ブレス後の硬直している体にトルトゥーガを投擲して一体のグレーターデーモンを一刀両断した。


 しかしさらにアルグスの攻撃の隙をついてもう一体のグレーターデーモンが爪による攻撃を仕掛けてくる。


 すんでのところでショートソードでそれを弾くと、今度は尻尾による連続攻撃がとんできた。アルグスは間合いを詰めて尻尾の攻撃を蹴り止めながら跳躍し、グレーターデーモンの鼻っ面に全体重をかけた膝蹴りをお見舞いする。


「!?」


 体勢を崩したグレーターデーモンの喉に剣を突き刺そうとしたが、奥に控えていたアークデーモンが妙な動きを見せた。


 アルグスの方に掌を広げて差し出し、次にそれをぎゅっと握りしめ、虚空を掴んだのだ。


 始めて見る攻撃でも勘は働く。その動作より一瞬早くグレーターデーモンの頭を掴んで裏側に回り込み、その体を盾にした。


「ギャウッ!?」


 グレーターデーモンは小さい悲鳴を上げ、上半身が圧縮されるように空中で潰れ、取り残された両腕がどさりと地に落ちた。ちぎれた下半身はまだ床の上に仁王立ちしている。


 予備動作のない遠隔攻撃。長引けば不利になると踏んだアルグスはすぐさままだ立ったまま残されているグレーターデーモンの下半身を踏み台に跳躍してアークデーモンにショートソードで切りかかる。


 しかしアークデーモンはその場から霧のように消えて、十メートルほど後方に同時に出現した。


「瞬間移動までするのか!!」


 アークデーモンはすぐに反撃に転じ、右手に持つ炎の鞭フレイムウィップを振るう。


「トルトゥーガ!!」


 しかしアルグスは冷静だ。トルトゥーガのふちから鋸刃が飛び出て鞭を受けるとそのまま高速回転をして巻き取る。


「!?」


 ようやく能面の様な無表情だったアークデーモンの表情に焦りの色が出た。が、全ては遅かった。判断の遅れからアークデーモンは鞭を放す手が遅れ、アルグスに引き寄せられ、同時に前進するアルグスとアークデーモンの体が交錯する。


 ごろりと、アークデーモンの頭が地に落ち、そして引き寄せられる勢いのまま体は力なく地に伏した。


 完全に動くものがなくなったのを確認してアルグスは周囲を確認する。


 前方には扉が一つ。


 ゆっくりと慎重に進む。何の変哲もない広間のようには見えるが、落とし穴などの罠があるかもしれない。扉の前に進み出て、ドアノブを掴もうとして、やめた。


 「思わず触りたくなるような物」には罠が仕掛けられている可能性が高いからだ。


 アルグスは軽く息を吸うと、思い切りドアを前蹴りで蹴破る。


 蝶番が破損し、両開きのドアは派手に吹き飛び、次の部屋が視界に開けた。やはり同じくらいか、いや、それよりは少し広い部屋。だがその部屋は前にいた場所よりも狭く感じられた。


 天井に当たりそうなほどの巨体。


 黄金色に輝く鱗を持つドラゴンが待ち構えていたからだ。


 比喩ではない。本当に光り輝いている。いや、部屋中をバチバチと静電気が奔っているのだ。


「グルルォ……」


 ドラゴンが悠々と、口を開き始める。上下のあごの隙間から稲光が見える。


 それと同時に、いや一瞬早くアルグスは走り始め、そしてトルトゥーガを前方に投擲する。


 しかしトルトゥーガはドラゴンよりも十メートルは手前に落下し、床石にめり込んだ。


「おおッ!!」


 それは狙い通りの動作である。床にめり込んだトルトゥーガをアンカーにし、鎖を思い切り引いてアルグスの走りはさらに加速する。人とは思えぬ速さと、距離の跳躍。


 アルグスはその勢いでゴールドドラゴンの懐に潜り込み、前足を駆けのぼり、そしてその口が開くよりも一瞬早く下顎からショートソードを突き刺し、上顎に縫い付けるように団子刺しにして口を閉じさせる。


「トルトゥーガ!!」


 そして即座に後方に埋まっているトルトゥーガを引き戻し、その勢いと回転力で以てドラゴンの首を切断したのだ。


 どさりと竜の頭が床に落ち、少し遅れて竜の体が崩れ落ちる。切断された首から噴き出す血によってアルグスのマントは血まみれになっていた。


「ガスタルデッロ! こんなザコをいくら差し向けたって同じだ!! 姿を現せ!!」


 しかしその言葉に応える者はいない。むなしく部屋に彼の言葉だけが響き渡る。


(おかしい……確かにこの空間にガスタルデッロもいるはずだ……)


 おそらく、ガスタルデッロはこの次元に移動して、そしてアカシックレコードを手に入れようとしている筈である。これはそれまでの時間稼ぎ。アルグスに邪魔をされないようにデーモンやドラゴンを配置している筈なのだが。


 しかし尋常な冒険者にとっては迷宮のあるじ、ボス格のモンスターであろうと、アルグスの前では物の数ではない。実際ほとんど時間稼ぎにすらなってないのだ。


 ならば、そろそろ別の動きがあるはず。


 そう考えていると、竜のいた部屋のさらに奥の扉がゆっくりと開き、パチパチと拍手をする音が聞こえた。


「さすが俺の見込んだ男だ、アルグス」


「お前は……!?」


 扉の向こうから現れたのは短い白髪に上半身裸、そしてその体にはみっちりと不気味な刺青の彫りこまれた男だった。


「ゾラ……ッ!?」

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