第180話 たった1%の記憶

「ゾラ……生きていたのか……? 復活を望まないと言ってたはずじゃ……」


「なるほどな……」


 見間違う筈もない。アルグスの目の前にいたのは間違いなく七聖鍵の“狂犬”ゾラであった。ゾラは少し顔を俯けて自分の顎をさすりながら考え事をする。


「ってことは……俺が自分の死に納得できたっていうのに、ガスタルデッロが勝手にバックアップを起動したってことか……」


「バックアップ……?」


 疑問符を浮かべたアルグスではあったが、ゾラのいう事はすぐに理解が追い付いた。

 以前にドラーガが言っていたことを思い出したのだ。「魔石にはスペアがあるかもしれない」と。


 ならばおそらく、ここにいるゾラはアンセが倒した個体ではなく、スペアの魔石からバックアップして復活させた少し古い記憶を持つゾラ、という事になる。


「フン、まあいいさ。どっちにしろせっかく生き返ったってんならお前とは戦ってみたかったんだ」


 そう言って半身に構えるゾラ。しかしアルグスは流石に驚きを隠せない。


「ま、待て、本当にゾラなのか?」


 それはそうだ。


 ゾラの死亡は彼自身が確認したことであるし、その遺体の埋葬もした。


 だというのに今目の前に現れたのは明らかに前に見たゾラと全く同一人物である。何かおかしい。


 何かおかしいのは確かなのだが、しかしそれがうまく言語化できない。


「まっ、言いてえことはなんとなく分かるさ」


 ゾラは一旦構えを解いてポリポリと頭を掻いた。


「状況から言えば、多分俺は現実には存在しない。

 バックアップにとってあった俺の記憶をもとに作り出し、お前の脳内に投影された仮想人格だろうな」


 アルグスは「仮想人格」と小さく呟いた。


 あまりに飛躍しすぎていてこれまでのアルグスの経験からしてもイマイチ状況の把握ができない。しかし把握できなかったとしても常にやることは一つなのだ。


 戦って、勝利し、そして生きて帰る。


 やることはいつもと変わらない。


 ゾラはトントン、と親指で自分の胸を叩くように指さして言葉を続ける。


「要するに俺はゾラ本人じゃあねえが、まあ99%はゾラ本人だと思ってくれて構わねえぜ。

 そしておそらくは、俺に勝利すれば元の場所にも戻れる」


 そして彼は再び構えをとる。


「それだけ分かりゃあ十分だろう。さあ、ヤろうぜ。ぶっ飛ぶまでな」


「99%……」


 アルグスもゾラと同じようにゆっくりと構えを取りながらも、彼から受け取った情報を反芻する。


 元々のゾラとどこまでの記憶を共有しているのか。


 バックアップをしたのならば、その時点以降……おそらくは最後にアンセと対決した時の記憶はないのだろうか。


 もしも全くの同一人物であるならば、そもそもゾラと戦う必要がない。「彼」はアルグスと敵対しているわけではないのだから。


 ならば、最期の瞬間よりもその少し前の記憶はどうなのだろうか。


 ぶっちゃけて言えば、「残りの1%」ってなんだろう? という事が、実は気になって仕方ないのだ。


(どうなんだ……?)


 構えを取りながらも戸惑いを隠せないアルグス。


(残りの1%の部分に、「ホモ」の部分は含まれているのか……?)


「迷いが見えるぜ、アルグス」


 ゾラが一気に間合いを詰めて攻撃をしてくる。振りかぶった右手には炎を宿している。アルグスは即座にゾラに焦点を合わせ、トルトゥーガを回転させながらその攻撃を受ける。


 轟音と共に立ての表面が爆発し、炎が溢れる。


 アルグスが使うトルトゥーガの最大の特徴はやはり攻撃でも防御でも「回転」である。物理攻撃でも魔法攻撃でも基本は同じ。芯を外し、回転して受け流し、反撃に転じる。

 しかしアルグスがショートソードを振りかぶろうとすると、炎の向こうに既にゾラはいなかった。


「やっぱつええな」


 後ろ。


 アルグスは敵の姿を視認するよりも早く前に跳び、前転して姿勢を立て直す。それと同時に空中で体を上下反転させていたゾラの蹴りが空振る。両者はすぐに十分な距離をとった。


 ゾラの指摘通り、アルグスは迷っていた。


(『ヤろうぜ』って……どういう意味の『ヤろうぜ』なの?)


 そう、アルグスは今のゾラがホモなのかどうか、それが気になって仕方ないのだ。当然である。此度の相手は一流。されば負けること許されぬこの身なれど、勝つばかりとは限らぬ。


 いざとなれば負けた時の事も考えねばならぬのだ。


 要するに負けた時、「殺される」のか。それとも「掘られる」のか。


「お前のことが愛しくてたまらなかったぜぇ? アルグス……」


 ぞくり。


 アルグスの背筋に悪寒が走った。


 その語り口調は通常いわゆる「狂犬キャラ」、「戦闘狂」キャラが言うにはそれほど目新しい言葉のチョイスではなかったかもしれない。


 しかしゾラが言うと意味が全く変わってくる可能性があるのだ。


 突進してくるゾラ。またも重い一撃が飛んでくる。炎と熱による目くらまし。正面から攻撃が来たと思うと即座に別の角度からも連続して攻撃がとんで来る。


 ゾラの強さは魔力だけではない。アンセと戦った時の力比べ、カルナ=カルアを始末した時の異様な動き。その身体能力を予感させる動きはこれまでにも見せていた。「闘士」として一流なのだ。


 事実、アルグスは隙を作ってしまうことを恐れてトルトゥーガの投擲ができないでいる。


 炎に燃える諸手突きをアルグスが盾で弾き、一瞬できた隙に剣で斬りつける。しかしゾラの姿が揺らいで消えた。


(これは……ビルギッタと戦った時に見せた幻惑術!!)


 視覚だけに頼らず、全身の感覚を研ぎ澄ます。


 小さな空気の揺らぎ。熱も魔力もこもっていない。


 左後方からの「圧」を感じて即座に盾でそれを弾く。それはゾラの貫き手であったが、どうやら魔力で硬質化しているらしく、黒曜石のように腕が光っている。


 右手での貫き手を弾くと、アルグスはすぐに反転攻勢、ショートソードで切りかかるが、今度はゾラの反対の手で防御された。


「魔法で強化しているのか……!!」


 炎の魔法と、幻惑術、それに腕を硬化しているのは恐らく土属性。それだけの魔法を同時に使っているのだ。


「今のは惜しかったなあ! もう少しで俺の硬くて熱いのでお前を貫いてやれたのによう!」


 ぞくり。


 攻撃をやたら下ネタに絡めて卑猥な発言をする。


 これも「狂犬キャラ」にはありがちな味付けの個性ではある。


 ではあるのだが……


 しかしやはりゾラが言うと「ガチなんちゃうん?」という思いが拭いきれないのだ。


(ヤられる前にヤれだ!!)


 アルグスは先手必勝とばかりに、受けに徹していたこれまでとは一転、攻勢に出る。受け攻めを反転しなければ、自身の後門が危ないと判断したのだ。

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