第35話 人形使いクラリス

 ゆらゆらと立つ黒髪の少女。


 つぶらな瞳の割には目の下のクマが酷く、短い前髪と目立つオデコが特徴的。服の袖が長くて手が隠れているので武器を持っているのかは分からないけれど、しかし私達に対して敵対的なのは明らかだ。


 まず間違いなく私達を土壁で閉じ込めたのは彼女の仕業だろう。


「竜の魔石、それにイリスウーフを、こ、こちらに渡してもらうよ……ふへへ……」


 アルグスさんが懐の中の魔石をぎゅっと握る。得体の知れない少女の登場に彼も緊張の色を隠せない。


「イリスウーフはここにはいない。僕も会ったことはない。お前は何者だ……?」


「私? 私はねぇ……うふふ」


 少女がさっと手を上げると、彼女の前にある地面の土が二つ、盛り上がった。土くれはもりもりと固まり、やがて人の形になる。


「”人形使い”クラリス。し、七聖鍵の一人よ……」


 七聖鍵の一人、「人形使い」か。とすると、やはり前回の探索時、最初から闇の幻影だけでなく七聖鍵も私達を陥れるための作戦に関わっていたという事。


 その時ヒュッ、と風を切る音が聞こえた。まだ薄暗い森の中、クラリスに向かって放たれたのはクオスさんの矢。しかしその矢はマッドゴーレムの腕に叩き落とされた。


「こ、怖いな……やめてよ、そんな野蛮な事。おとなしく魔石と、い、イリスウーフを渡しなさい……」


 やはりエンチャンターがその姿を私達の前に表したという事はそれなりの自信あっての事という事か。でも、ゴーレムごときで私達を倒せると思うのが間違いだ。こちらにはアルグスさんがいる!


「ホワイトガード!」


 私が全員に防御力を上げる補助魔法をかけると白い靄のようなものが味方の身体を包み込むように守る。これでゴーレムの攻撃にも少しは耐えられる筈。


「トルトゥーガ!」


 アルグスさんは叫ぶと同時に盾の投擲。


 鎖のついたトルトゥーガは大きな弧を描いてクラリスに放物線上に襲い掛かる。しかしそれを見切ってクラリスは後ろに跳び、同時にゴーレムが盾の刃の部分に触れずに、両側から手を合わせて盾を止めた。


 盾を止められたアルグスさんはすぐさま鎖を引いて同時に跳躍、すさまじい勢いで一方のゴーレムに跳び蹴りをかまして、同時に盾を手元に戻してバックステップ。


「ウィンドショット!!」


 アンセさんの風魔法が地面の石を巻き上げながらもう一方のゴーレムに散弾を食らわせる。


「がんばれ!」


 そしてドラーガさんの応援。


「今までのゴーレムとは動きが段違いです」


 クオスさんが弓を構えながらそう言った。たしかに動作の精度が今までとは段違いだ。さすがに目の前で操作しているとそれだけ違うという事だろうか。さらに言うならクラリス自身もなかなかの身のこなしだった。


「うふふ……私のかわいい子供達が、あなた達に、た、倒せるかしら……?」


 クラリスの前に立ちはだかる様にゴーレムが塞ぐ。やはり先にエンチャンターを狙うという戦術は一番警戒しているのだろう。そううまくはいかない。


 それでもアルグスさんは怯んだりはしない。じゃらりと鎖を余らせると、遠間から一気にまたクラリスを狙って盾が弧を描く。


「む、無駄だと」


 クラリスが後ろへ下がるが、アルグスさんは空いている手で鎖を掴んで引いた。回転体のエネルギーは質量×半径×角速度の二乗で決まる。すなわち回転中に半径を小さくすることで速度が速まるのだ。


「サジタル面切断!」


 盾はクラリスよりはるか手前にいるゴーレムの一つに脳天唐竹割り、一撃でゴーレムを土くれに返した。


「ヴァルショット!!」


 ぐおん、とうなりをあげて先ほどとは明らかに違う威力の矢が飛んでいく。あれは……風を纏っている!? 矢の周りに渦巻く様に何かを巻き込みながら矢が飛んでいき、そのまま残ったゴーレムの頭を、カタパルトによって射出された岩のように激突して頭部が粉々に粉砕された。


「いいぞ!  今だ!!」


 そしてドラーガさんの応援。


「リネアロッソ!」


 ゴーレムの身体の脇を縫うようにして赤い炎が進む。土のゴーレムには炎は効かない。アンセさんのクラリスを狙った一点突破の攻撃。しかし……


「いひひ、ざぁんねん!」


 ボコッ、とクラリスの前に新たに土の壁が盛り上がる。炎を弾いた土くれはあっという間に人の形を模して構えを取る。ゴーレムが増えた。それと同時に頭を失ったゴーレムもにょきにょきと欠損部分を再生し、粉々になったゴーレムも復活してあっという間に今度は3体に。まさかとは思うけど、無限にゴーレムを出せるの!?


「ねぇ~……返してよ、魔石とイリスウーフ」


 ゴーレムの影から顔だけを覗かせて、クラリスが歪んだ笑顔でそう語り掛ける。


「確かに……魔石は別に使い道なんてない……別に返してやってもいいが……イリスウーフなんて奴は僕は知らない」


 アルグスさんの言うとおり竜の魔石は私達には今のところ使い道は無い。せいぜいダンジョンのトレジャーとしてギルドに買い取ってもらうくらいだ。ここ二回の探索で目立った成果の無い私達には金銭的にもそれは必要なことかもしれないけれど……


 でもイリスウーフさんは違う。アルグスさんは会ってないから実感がわかないかもしれないけれど、彼女は助けを求めたんだ。私達に。それを見過ごせるはずなんてない。


 それに、七聖鍵には何か不穏な目的を感じる。奴らの言いなりになることがこの先良い結果をもたらすとはとても思えない。


「い、イリスウーフだってあなた達に使い道はないでしょう? い、一緒にいたのは知ってるんだよ? か、隠さなくったっていいじゃない。それともドラゴニュートのお姫様に一目ぼれでもしちゃった?」


 竜人族ドラゴニュート!? イリスウーフさんが? ということはもしや、この島に眠る魔剣野風の伝説と何か関係が?


「ふん、イリスウーフは俺に……メッツァトルに『助けて』と言ったんだ。それを見過ごせるはずがあるか」


 クッ、このドラーガ、さっき私が心の中で思ったセリフを……こんな事なら口に出して言えばよかった。今から言っても二番煎じにしかならない……


 さっきの意味のない応援といい、この人戦闘中に会話に参加する以外にすることないのか……ないんだな。というか誰かけが人が出るまで私も似たようなもんだけども。


「あ~ら、格好いい……か、格好良くて嫉妬しちゃう。格好良くて愚か者……こういうの、あの子は好きだろうなあ」


 そう言ってクラリスはサッと右手を上げる。


「そんな格好いいメッツァトルのみんなには、わ、私からプレゼント~♡」


 ゴゴゴゴ、と地鳴りが聞こえる。その地鳴りはぼこりぼこりと異様な音を立て始める。周辺の土が盛り上がり、次々とゴーレムへと変化する。その数20……いや、30か。とにかくものすごい数。


 私たち全員の顔が絶望の色に染まった。あれほどの戦闘能力と知能を持つゴーレムがこんなに……私達を取り囲んでいる。こんなの、どうやって戦えば……


「いひひひひ……た、ただのエンチャンターが七聖鍵に名を連ねてるの、おかしいと思わなかった……? そこいらのゴーレム使いとは、二つも三つも格が違うんだから……うへへ」

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