第81話 悲哀のふるさと・魔女の里

 しばらく歩いているうちに、黒い霧が濃くなり、邪気もどんどんと強くなっていった。


 とてもじゃないけれど、目を細めていないと、辺りが見えづらく、段々と不安になってきた。


「……さっきよりもすごく、嫌な感じがしますわ。」


「恐らく、邪気の発生源に近づいているんだろう。足元も見えづらくなってきたな。……お嬢、オレの手を握って。」


「ふぇっ!?」


「アリーシャさんも、危ないですから、私から離れないで下さいね。」


「ちょっ……!!」


 ライラとアリーシャが、それぞれ蓮桜とロキさんに手を繋がれ、顔を赤らめながら歩いている。特にライラは、顔がとろけている。


 しかし二人とも、こんな状況だからか、


『ドキドキしている場合ではない!』 


 といった様子で、首をブンブンと横に振り、毅然とした表情になるも、すぐに再び顔を赤くして、俯いてしまった。


 息ぴったりに表情を変える二人を見て、やっぱり従姉妹なんだなと思い、私もこんな状況ではなかったら、クスッと笑ってしまうところだった。


 少し歩いていくと、焼け焦げた様な匂いを感じたので、私はハッとし、気が付くと走り出していた。


「凛花!!」


 ノアの制止を聞かずに、無我夢中で走った、その先には────。


 真っ黒に焼け焦げた、だだっぴろくて虚しい大地。


 無惨に焼け落ちた、沢山の建物の残骸。


 そして、少し風が吹けば、無数の細かな墨が、寂しげに舞い散る。


「……ここは……。」


 追いついてきたノアが、この風景を見て、そう呟くと、他のみんなと共に、息を呑んだ。


 私は、少し躊躇った後、一人ゆっくりと、黒い大地に足を踏み入れる。


 昔は、あんなに緑が豊かだった草原は、今はジャリジャリと音を立てる、真っ黒な墨の塊でしかない。


 踏みしめながら歩いていく内に、一際大きな建物の残骸を見つけ、ふと足を止めた。


 ──ここは、私が一番大好きだった場所だ。


 私は、その家だった場所の前で、膝をつき、両手を合わせる。膝が墨で汚れてしまうけれど、そんなのはどうでも良かった。


 そっと目を閉じ、


「……お母様、やっと、帰って来れました。────ただいま。」


 そう言うと、静かに合掌した。


 少しすると、周りに気配を感じたので、一度目を開けて確認すると、みんなも私と同様に、膝をついて合掌してくれている。


 私は、驚いた後、みんなに心の中でお礼を言うと、再び合掌した。




       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 しばらく合掌した後、私はスッと立ち上がり、辺りを見回した。


「……凛花、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。それよりも早く、邪気を何とかしないと。」


 ……いつまでも感傷に浸っている訳にはいかない。


 そう思いながら、泣きたいのをグッと堪え、注意深く辺りを観察する。


 ここは、そんなに大きな里ではないので、邪気の出処は、きっと近くにあるはず。


 すると予想通り、ここから少し離れた場所に、一際濃い、黒いモヤが浮かび上がっているのが見えた。


 そこへ駆けつけると、黒い煤だらけの、古いレンガ造りの井戸があった。


「……どうやら、ここの様ですね。」


 と、ロキさんが、慎重に中を覗き込みながら、そう言った。


 私も、そーっと中を覗いてみたけど、モヤのせいなのか、底が黒いインクで塗りつぶされたかの様に、全く見えない。


 中から、幽霊でも出そうなぐらい、暗くて不気味なので、思わず身震いしてしまった。


「……こ、ここここここここ、ここに入るの?」


 アリーシャも、ロキさんの足に震えながらしがみつき、珍しく涙目になっている。


「こ、怖いのです……。」


 頭の上に乗っていたルナも、長い尻尾で顔を覆い、小刻みに震えている。


 私は、一度長めに深呼吸し、意を決すると、ルナを優しく抱き抱え、井戸の中をキッと見据える。


「中はどうなっているか、分からない。ここは慎重に────。」


 次の瞬間、蓮桜の言葉を遮る様に、私は勢いよく、井戸の中へと飛び込んだ。


「っ!!凛花!!」


 頭上から叫ぶノアの声が、すごく遠く感じたかと思ったら、すぐに聞こえなくなった。


 思っていたよりも、底までの距離が長く、このまま永遠に落下するのかと、そう思った直後。


「わっ!!」


「ぴぎっ!?」


 足元に柔らかな感触を感じたかと思ったら、そこに尻餅をついてしまった。


 その衝撃で、ルナも腕の中から落ちてしまい、ぽよんとバウンドした。


 よく見てみると、紫色の藻がびっしりと生えている。何とか無事に、井戸の底に辿り着けたみたい。


「び、びっくりしたのです……。」


 ルナも、ホッと胸を撫で下ろすと、キョロキョロと辺りを見回したけれど、何故かすぐに、ポカンと口を開けた。


 私も、辺りを見回してみると、ルナと同様に、呆然としてしまった。


 だって、井戸の中なのに、天井や壁は、まるで洞窟の様な岩肌で、地面を見下ろせば、紫の藻が、どこまでも広がっている。


 まるで別空間に迷い込んでしまったみたいだ。


 さらには、道が続いていて、まだ奥があるみたい。


「……どうなっているの、ここは。」


 みんなに問いかけたつもりだったけど、周りには、ルナ以外誰も居なかった。


「あれ?まだ降りてきていない─────」


 天井を見上げた私は、とんでもない事に気が付き、ハッとする。


「え!?あ、穴が、どこにもない!?」


 私とルナは、間違いなく、上から落ちてきたはずなのに、天井はゴツゴツとした岩肌で、覆い尽くされている。


 少しの隙間すら、どこにも見当たらない。


「……ノ、ノアさん達は、どこに行ったのです……?」


「……分からない。でも……。」


 私は、真っ黒で先が見えない、奥に続く道を見据え、ゴクリと生唾を飲み込む。


「……もしかしたら、みんなは、この先にいるのかもしれない。」


 そう、願うしかなかった。


 怖いけれど、ルナを抱き抱え、恐る恐る奥へと足を踏み入れようとした。


 ────その時だった。


「────ッ!!」


「凛花さん!?」


 右手に強烈な痛みを感じ、声もなくうずくまってしまった。


「な、…………に……?」


 痛みに堪えながら、右手を見てみると、さっきラビーに引っ掻かれた傷が、紫色に妖しく光っている。


 それを見たルナが、ハッとする。


「の、呪い……なのです!?」


「呪い!?」


「黒魔女が使う、呪術なのです!私の中の、オリジン様の記憶が、そう言っているのです!」


「わ、私は、どうなるの?」


「……魔法が、使えなくなるのです!」


 ──魔法が使えない!?


 どうして、ラビーに引っ掻かれただけで、こんなことに……?


 そ、そんな事よりも、魔法が使えない状態で、一人で彷徨っているのは、さすがにマズイ!


「は、早く……、みんなと合流しないと……。」


 右手を押さえながら、ヨロヨロと立ち上がった、その時だった。


「……ククク、一人か。これは好都合だ。」


 背後から、男の笑い声が聞こえたので、ハッとし、素早く振り返った。


 すると、少し離れた距離に、研ぎ澄まされた鋭い鉤爪を身につけ、不気味な笑みを浮かべる、黒髪のポニーテールの青年が、猫背で立っている。


 さっきまで、ここには私達以外、誰も居なかったのに、いつの間に!?


 そう思い、ゾッとしながらも、キッと相手を見据え、問いただす。


「あ、あなたは誰!?」


「オレは、に仕えている、カルマという。あのお方から、お前達をここで始末しろと命令されてな。」


 あのお方──、当然、黒幕の白魔ね。あいつは、私達がここに来ることを知っていたんだ。


 すると、カルマという男は、愉快そうに笑い出すと、背筋を凍らせる様な発言をした。


「特に、魔女の方は、使から、間違いなく、息の根を止めて鍵を奪えと、命じられたんだ。」


 ──なんで、魔法が使えないことも知っているの?


 混乱しかけた思考は、一瞬で停止せざるを得なかった。


 瞬きする間もなく、カルマが目と鼻の先に移動し、鋭い鉤爪を、振り上げていたから。

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