第2話 難しいお年頃

 私がドランヘルツに帰る頃には、もう、すっかり日が暮れてしまっていた。


「…………ただいま。」


 嫌な予感がしつつ、孤児院に入ると、予想通り、ロキが心配そうな表情で出迎えた。


「……アリーシャさん。夕刻になっても帰ってこないから、心配しましたよ?」


「……別に、その辺を歩いていただけよ。」


「ですが、先程バーン様に聞いてみたところ、街には居なかったと……。」


「…………ッ!私だって、もう14よ!そんなに心配しなくても平気よ!」


 思わず怒鳴ってしまい、ハッと我に返った時には既に遅く、様子を見にきていた小さな子供達が皆、泣きそうな顔になり、私の事を凝視していた。


「……ごめん。」


 私は消え入りそうな声で、そう言うと、自分が情けなくなり、拳をギュッと握りしめ、唇を噛み締めると、堪らず部屋へと走り出してしまった。


「あ!アリーシャさん!」


 ロキの声を振り切り、無我夢中で部屋へと入り込むと、勢いよく扉を閉めた。


 そして、息を大きく吐いて、扉にズルズルと引きずるように座り込むと、どっと涙が溢れて出た。


「うっ……!私の……、バカ……!」


 これが、思春期っていうやつなのかしら。

 最近ロキに対して、こんな感じで冷たくなってしまいがちだ。


 ……でも、ロキもロキよ。いつまでも私の事を、心配しすぎなのよ。


「……ロキのバカ。」


『ふむ。最近、恋心が燻っておるな!我で良ければ、燃え上がらせてやるぞ!!』


「ぎゃああああああッ!!急にシレッと出てくるな!そしてノックして入りなさいよ!!」


 急に目の前に現れたバーン様に、面食らい、涙も引っ込んでしまった。


『フハハ!ノックは面倒くさい!!』


「ここは乙女の部屋なのよ!?いくら精霊といえども──」


『まあ、アリーシャは、難しい年頃だしな。ロキも、相変わらず鈍すぎるからな。』


「無視かい!…………まあ、そうね。このままだと、一生進展がなさそうで、正直、不安というか……。」


 そう、胸中の不安を吐き出すと、バーン様は、腕を組んで、真剣に考えてくれた。


 案外、バーン様は、恋心を理解してくれるから、こうして時々、真面目に恋愛相談にも付き合ってくれるわ。


 バーン様は、しばらく考えた後、ニカッと笑い、私の背中をバシッと思いっきり叩いてきたので、私は思わず咳き込んでしまった!


「ぶはっ……!ちょ、ちょっと!何するのよ!」


『このままだと、何も進展はないッ!!!

だから、アリーシャから、もっと積極的にいくのだ!!』


「せ、積極的って?」


『ズバリ、大人の魅力だッ!!!アリーシャも、出るところは出てきただろう?だから、胸をくっつけてみたり、あとは、もう少し落ち着いた雰囲気を出したらどうだ?』


 おどけるバーン様に、私は雷牙をチラつかせる。


「……斬るわよ。」


『だああッ!?ち、違うのだ!今のは、ユーモアな意見で、胸とか雰囲気とかは、置いておいて……、


 真面目な案で言えば、言葉で積極的に、さりげなく好意を寄せている様な事を、言ってみたらどうだ?それを繰り返してみれば、ロキも段々と、気づかざるを得なくなるかもしれぬぞ!』


「……さりげなく、ね……。」


『……まあ、本当なら、素直に“好き”だと言ってしまった方が、早いと思うがな。』


「……それが出来たら、こんなに苦労しないわよ。……まあ、とりあえず何か考えてみるわ。ありがとう、バーン様。」


『うむ!何事も当たって砕けろだッ!!それでは、我は夜のパトロールに出かけてくる!!』


 バーン様は、親指をたてて、ニカッと暑苦しい笑みを見せた後、一瞬で火煙のように姿を消してしまった。


 ……当たって砕けろか……。まあ、砕けたくはないけど、やってみないと、何も始まらないしね。


 そう思い、窓を開けて、しばらく頭を冷やしながら、ぼんやりと星空を眺めた。


 閑静な空気を吸って、冷静になってくると、ロキに逆ギレした自分を思い出し、ため息を吐いた。


「……はあ。つい、カッとしちゃったな……。明日は、まず、謝らないと……。」


 今日の自分に反省し、決心しつつも、ちゃんと謝れるのか、またツンとしてしまうんじゃないかと、胸中に不安が押し寄せてきた。


 ……でも、謝らないと、どんどん関係が悪化してしまうかもしれない。


 そう思った私は、胸の前で手を組みながら、


 ──明日、ちゃんと謝れます様に。


 と、宝石の絨毯の様な、満天の星空に向かって、必死に祈った。

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