第3話 初めての感情 (アリーシャ・アル視点)
【アリーシャ視点】
翌朝。
いつも、日の出の少し後に起きて、ロキと一緒に朝ご飯の支度をするのだけれど、今日は、そのタイミングで、ロキに謝ろうと思っていた。
温かい暁光が、枕元を照らす頃に、パッと目を覚ますと、身震いしながら上着を着て、食堂へと向かった。
ドキドキしながら、震える手を押さえて、そっと食堂のドアを開けた───が、食卓用のテーブルを見ると、もう既に、人数分の食事が置かれていて、ロキの姿は、どこにも無かった。
今日は、朝から騎士隊の仕事が忙しいらしく、ロキは日の出前から、何十人分の朝食を一人で作って、孤児院を出て行ってしまったらしい。
テーブルの中心に置いてあった、ロキの手紙に、そう書いてあった。
さらに、その下に、
『アリーシャさん、昨日は申し訳ありませんでした。帰ったら、二人でゆっくり、お話ししましょう。』
と、ロキからの謝罪の文章も書いてあった。
……朝ごはんを作る時に、私から謝ろうとしたのに。……それに、昨日のは、ロキが悪いんじゃない。私が悪いのに……。
「……帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。」
そう思うのと同時に、
──別に、起こしてくれれば、私も一緒に作ったのに。一人で無理して作らなくても良いのに……。
と、ちょっぴり、寂しく思いながら、深いため息を吐き、手紙をクシャッと丸めて、ゴミ箱に捨てようかと思った。
……けど、万が一、子供達が見つけて読んでしまうかもしれないと思い留まり、とりあえず上着のポケットに入れる事にした。
*****
午後になっても、ロキが戻って来ず、胸の中のモヤモヤが、ますます大きくなってしまった。
ここの孤児院は、私と近い歳の子もいて、自分達で年下の子の世話を、積極的にしてくれるから、少しの間だったら、安心して離れられる。
なので、買い出しに行くがてら、あの森に行こうと思い、私は孤児院を出た。
……ついでに、アルに、また会いに行きたい。
早く仲良くなって、何としてでも、孤児院に連れて帰りたい。あの年で、一人で盗賊やってるなんて、危険だから放っておけないし。
……でも今日は、日が暮れる前に、帰らないと。これ以上、ロキに心配をかける訳にはいかないわ。
そう決心すると、私は森に向かって、走り出した。
*****
森に着いた頃には、空は橙色に染まっていて、それを写し出す泉が、まるで炎の様に揺らめいて見えた。
その泉の側で、アルが泉に体を向けながら、横になって眠っていた。
私が自分に羽織っていた上着を、アルに掛けてあげると、アルは、ビクッと驚き、魚の様に跳ね起きた。
「うわッ!!…………な、何だ、またお前かよ!気配すら何も感じなかったぜ!」
「そりゃあ、アルよりも場数を踏んでいるから、気配を感じなかったのは当然よ。
……って、お前じゃなくて、アリーシャって呼びなさいよ。」
「……フン!別に、名前なんて、そんな重要じゃないだろ。」
そう言うとアルは、ツンとした顔で、目を逸らしたが、私が掛けてあげた上着に気がつくと、不思議そうな顔で、私を見上げた。
「…………これ、お前が掛けたのか?」
「ええ、そうよ。」
「……何故だ。」
「え?何故って……、風邪引いちゃうかなって、思ったからよ。この辺り、昼間は暑いけど、夜は冷えるから。」
私がそう言うと、アルは、驚いた様に目を見開いた。
「…………お前、優しいんだな。こんな事されたの、生まれて初めてだ。……それに、昨日言っていた通り、オレの事、誰にも言ってなさそうだし。」
「そりゃあ、そうよ。……まあ、今すぐにでも、孤児院に連れて帰りたい気持ちは、変わらないんだけどね。」
「……他人と馴れ初め合うつもりはない。それに、オレの家は、ここだ。」
相変わらず、その気持ちは曲げたくない様で、腕を組み、ムッとした表情で、私を睨み上げた。
「……だが……。」
次の瞬間、アルが、何かを言い掛けると、鋭かった目つきが、少し緩み、
「…………まあ、こうして時々、アリーシャと会うのは、別に嫌じゃない。」
と、口を尖らせながらも、照れくさそうに、少し顔を赤らめながら、そう言ってくれた。
私は、すごく嬉しくなって、堪らずアルの頭をわしゃわしゃと撫でてやった!
「……フフン!やっと、名前で呼んでくれたわね!やれば出来るじゃん!」
「う、うるせーな!あと、乱暴に撫でるな!」
アルは、そう怒りつつも、どこか満更でもなさそうだった。その様子が可愛らしくて、つい笑ってしまう。
……こんなに心が晴れやかになったのって、久しぶりかも。
なんか最近、モヤモヤしっぱなしで……、笑う事すら、忘れていた。
「……アリーシャ?」
そう思っている内に、いつの間にか、涙が流れていたみたいだわ。
心配そうに顔を覗き込むアルを見て、私は、ハッと我に返り、慌てて涙を拭う。
「……ご、ごめん。最近、情緒不安定みたいで……。」
「……何かあったのか?」
真剣な瞳で、そう聞いてきたアルは、心の底から心配してくれている様に見える。
ロキの事を、話してみようかと思ったが、そういえばと思い出し、ハッとして空を見上げた。
すると、さっきまで夕焼け空だったのが、すっかり宵の空へと変わっている事に、ようやく気が付き、私は思わず飛び上がった!
「ああ!ヤバい!!」
踵を返し、全速力で走りながら、アルへと振り向くと、
「ごめん、アル!また今度話すわ!!」
と、ポカンとしているアルに、そう言って、森を出て行った。
【アル視点】
まるで流星の如く──いや、火球と言い換えるべきか。
突然現れて、突然泣いたかと思ったら、突然去ってしまった。
「……何だったんだ。」
ボソッと独り言を言い、アリーシャが出て行った方向を見つめている内に、奇妙な感覚がした。
アリーシャは、既に見えなくなってしまったのに、その方向から、目が離せない。それに、アリーシャの笑顔や、アリーシャの泣き顔が、ずっと頭の中から離れられない。
……そして、何故か胸が苦しいのだ。
「……何なんだ、この感覚は……。」
心臓部分を押さえ、俯いた。
その時に、オレは今、アリーシャの上着を着たままだった事を思い出した。
……アリーシャの優しさに包まれている気がして、少しだけ、胸の苦しみが取れた様な気がした。
……そっか。認めたくないけど、きっと、この胸の苦しみは──、
「…………寂しい。」
初めて、味わう感覚だった。
虚しさを噛み締め、冷え始めてきた手をポケットに突っ込むと、何かが入っている事に気がつき、取り出した。
それは、クシャクシャに丸められた紙だった。
広げてみると、手紙の様で、最後の方に、アリーシャに対する謝罪の一文が書かれていた。
書いた奴の名前は──“ロキ”という奴の様だ。
その時に、アリーシャの泣き顔を思い出し、カッと胸が熱くなると、紙をグシャリと握り潰した。
「……こいつか。」
──こいつが、アリーシャを泣かせたんだ。
そう確信すると、沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じた。
自分以外の人の為に、こんなに怒りを覚えたのは、初めてだ。
周りの木々も、まるでオレの怒りに合わせるかの様に、異様なほどに騒めき始めた。
「……許せない。」
吐き捨てる様に呟いたのが、合図かの様に、オレの心臓が、
──ドクン!
と、大きく波打ち、全身に、血液よりも熱い何かが循環していくのを感じ始めた。
森全体の騒めきも、さっきより激しくなっていく。
──まるで生き物の様に。
その様子を、ぼんやりと眺めながら、オレは悟った。
──ああ、そうか。……そういう事か。
……オレは、人間じゃないんだな。
自分の正体を、思い出すのと同時に、オレの意識は、暗黒の世界へと誘われた。
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