第2話 白い光

 私、真希、ゆうは、孤児院から徒歩15分ぐらい歩いた所にある、小さな児童公園に朝から遊びに行っていた。


 今日は土曜日なので、子供が何人か遊びに来ており、公園の端っこでは、奥様方が談笑していた。


 ゆうも、その子供達にまぎれ、一緒に遊んでいた。ゆうは、人懐っこい性格なので、すぐに他の子供と打ち解けれる。


 私は、ゆうの、くまのぬいぐるみを抱きながら、真希とベンチで座って、お喋りしていた。


 そして、燦々と照りつける太陽が、真上に昇った頃、ゆうが、私達の元へと走ってきた。


「ねえ、凛花お姉ちゃん、真希お姉ちゃん。ゆう、お腹空いたよ〜。そろそろ、ご飯食べたい!」


 公園にある時計を見ると、12時を少し過ぎていた。


「そうね、お昼にしましょうか。今日は、サンドイッチを作ってきたの。」


 真希は、そう言うと、持って来ていた、ピクニックバスケットの蓋を開けた。


 中には、卵、ツナハム、イチゴのサンドイッチが、それぞれ2切れずつ入っていた。

 

「お〜!さすが真希!私たちの好物を考えてくれたんだね!」


 私が卵サンドを見ながらそう言うと、真希は、フフンと得意げに鼻を鳴らした。


 真希は、時々、孤児院のキッチンを借りて、簡単な物を作ってくれる。今日も、朝早くに起きて、作ってくれていた様だ。


 ゆうが、イチゴのサンドイッチに手を伸ばしたが、パタンと蓋を閉じられた。


 ゆうが驚いて、真希の顔を見上げると、真希はムッとした表情で、ゆうを見下ろしていた。


「こ〜ら!ダメじゃない。ちゃんと手を洗わなきゃ!ほら、ハンドソープ持って来たから、これで手を洗いなさい。凛花もよ。」


 真希は、桃色のスプリングコートのポケットから、携帯用のチューブ型のバンドソープと、花の刺繍が入った、白いハンカチを取り出した。

 さすが、抜かりない。


 私とゆうは、「はぁ〜い。」と、少しめんどくさそうに返事をしながらも、手を洗いに、水場に向かった。


 手を洗った後、再びベンチに戻り、3人で手を合わせた。


「いただきまーす!」


 そして、各々好物の具のサンドイッチを手にし、口に運ぶ。


 私は、卵のサンドイッチを頬張り、美味しさのあまり、思わずほっぺたに手を当てた。


「ん〜!やっぱり、真希のサンドイッチは、美味しいよ!味付け最高!!」


 ゆうも、まるで花が咲いた様な、可愛らしい笑顔で、イチゴのサンドイッチをパクパクと食べている。


「ほんとほんと!真希は、しょーらいゆーぼーだね!」


 真希は、ツナハムのサンドイッチを、はむはむと食べながら、私たちに微笑んだ。


「そう?なら、良かった。」


 私とゆうは、あっという間に平らげ、真希も少し遅れて完食し、3人で手を合わせた。


「ごちそうさまでした!」


 そして、しばらく、ぼーっと空を見上げる。


 食べた後だからか、今は動きたくない。

 ゆうも、さっきまで一緒に遊んでいた子供達が、昼食を食べに帰ってしまった為、一緒に空を眺めている。


 そんな私たちを見た真希は、ふと、バスケットの他にも持って来ていた、細長い黒いケースを開けて、中から何かを取り出していた。


 それは、銀色に輝くフルートだ。


 真希は、吹奏楽部に入っており、趣味として、時々私たちの前でも吹いてくれる。


 そして、フルートに、そっと口を当てると、吹き始めた。


 上品で綺麗な音色が、春の暖かな風に運ばれて、どこまでも響き渡る。


 私とゆうも、気が付けば、目を閉じて、うっとりと聴いていた。

 

 しばらくして、一曲吹き終わった途端、


 パチパチパチパチパチ……。


 突然目の前から、乾いた音が何重にも聞こえたので、私たちは、驚いて目を開けた。


 目の前には、いつの間にやら、公園の前を通りがかっていた人々が、奥のベンチの目の前までやって来て、真希のフルートを聴いていた様だ。


「お嬢ちゃん、上手だね〜。」

「また、聴かせておくれよ!」


 老若男女の色んな人が、拍手しながら、真希に笑顔を向けていた。


「あ、ありがとうございます!」


 真希は、予想外の出来事に、戸惑いつつも、照れた様に顔を赤くして、微笑んだ。


「やっぱり、ゆうの言う通り、真希は将来有望だね!」


「そ、そうかしら?」


 真希は、フルートを見つめながら、嬉しそうに微笑んでいた。


 


       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 その後、再び、公園に遊びに来た子供にまぎれ、ゆうは、ひとしきり遊び回り、気が付けば、夕方になっていた。


 丁度16時になり、夕方の時報の音楽が、町中に鳴り響くと、子供達は、母親と共に帰って行った。


 私たちも、門限が17時までなので、そろそろ帰らなきゃ。


「ゆう!帰るよーー!」


「はーい!」


 ゆうが、私と真希の元へ、元気よく走ってくると、私たちは、公園を後にした。


 

     

        ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 10分ぐらい歩くと、ようやく孤児院の建物が見えて来た。


「ふー、お腹空いた〜。今日の夕飯は、何だっけ?」


「今日は、凛花の大好物の、オムライスだって!」


「やった!!」


 私は、ガッツポーズをし、ルンルン気分で孤児院へと歩みを進める。


 しかし─────────。


「あ!!!」


 突然、ゆうが、大声を上げて、立ち止まった。


 驚いてゆうを見ると、ゆうは、私のことを指差して、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「ど、どうしたの?ゆう。」


 すると、ゆうの顔は、みるみるうちに、怒りの表情へと変わる。


「どうしたのじゃないよ!!ゆうの、ぬいぐるみは!?」


 私は、ハッとする。


 ゆうに預けられていた、くまのぬいぐるみを、私は持っていなかったのだ!


「まさか、ベンチに置いて来ちゃったのかも!?」


 ゆうは、涙を溢れ出しながら、怒りで、ふるふると、小さな体を震わしていた。


「ひどいよ!凛花おねーちゃん!あのぬいぐるみは、ゆうのママとパパが、死んじゃう前に買ってくれた、宝物なんだよ!!」


 実は、ゆうは、両親が交通事故で亡くなってしまった為、孤児院に引き取られた。


 そんな両親が、最後に遺してくれた、唯一のプレゼント。

 

 しかも、いつも、片時も離さずに持っていた物だ。


 それなのに、私は、ベンチに置き去りにした上に、預けられていた事も忘れていた。


 ──────最低だ。


 私が俯いていると、ゆうは、元来た道を引き返して、走り出した。


「ゆ、ゆう!!」


 真希の声に、私はハッとして顔を上げると、ゆうの後ろ姿を追いかけようとした。


 しかし、次の瞬間、私と真希は、全身の血の気がサーと、引くのを感じた。


「ゆう!!!」


 横断歩道を渡るゆうに、トラックが猛スピードで迫って来ていたのだ。


 私は、後先考えずに、全力で走り出した。


「凛花!!!」


 真希の泣き叫ぶ声に振り返らずに、私は横断歩道まで走ると、ゆうを突き飛ばした。


 キキーーーーーーーーーーーーッ!!


 トラックの急ブレーキ音が聞こえたが、既に至近距離まで迫っていた。もう、間に合わないだろう。


 ──────ああ。死ぬんだ、私。


 バチが当たったのかな。


 そう、死を悟った、その時だった。


 突然、カーディガンのポケットの中から、白い光が溢れ出し、私を包み込んだ。


 そのポケットの中には、桜形の宝石が入っている。


 夢と、同じだ……。


「凛花お姉ちゃーーーーーーーーーん!!!」


 ゆうの泣き叫ぶ声を最後に、私の視界は、完全に真っ白になった。

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