日常編

第1話 孤児・凛花と宝石

「─────ちゃん、起きて。」


 ん……?誰かの呼ぶ声が聞こえる……。

 もう少し、寝かせてよ……。


 そう思いながら、再び深い眠りにつこうとしていた。


「凛花ちゃん!もう、朝ご飯の時間だよ!!」


「はっ!!」


 突然の怒号に驚いて、ガバッと飛び起きた。


 目の前には、私と同い年の17才の少女が、プクーッと、頬を膨らませていた。


 私は、アハハ……と、苦笑い。


「ごめん、真希。最近、部活が忙しくて、クタクタでさー。ほら、真希も知っているでしょ?弓道部が、もうすぐ全国大会なんだってば。」


 黒髪のショートヘアの少女、真希は、フーと、ため息を吐いた。


「ま、忙しいのは分かるけど、もう食堂で待ってるよ?早く着替えた方が良いよ?」


「マジ!?分かった、すぐ着替えるよ!」


 そう言い、タンスの引き出しの中を慌てて漁りまくる私を見て、真希は、やれやれとため息を吐いた。


 しかし、その後すぐに、心配そうな表情で私の顔を覗き込む。


「……凛花、うなされていたよ?また、を見たの?」


 真希の言葉に、私は思わずピタッと手を止めた。


「……うん。でも、昔から良く見てるから、もう慣れたよ。」


 真希に心配かけないように、そう明るく言ったが、もうあの夢を見るのは、正直うんざりしていた。


 黒煙が立ち昇る、あの炎の中で、耳に深く残る叫び声と、生々しい死体が、たくさん。

 そして、最後に見た謎の人物と、それに立ち向かう女の人の悲しげな表情。


 ……にしても、あの夢、やけにリアルなんだよね。正直、キツイよ……。


 私は、真希に気付かれない程度の、小さなため息を吐くと、パンパンに詰められている洋服の中から、花柄の水色のワンピースを引っ張り出し、早着替えを済ませると、栗色の長髪をザッととかし、ポニーテールに結えた。



       ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 真希と一緒に、食堂へと駆け込むと、もう既に幼稚園から小学生ぐらいの、何人かの子どもたちが、食卓の前で座って待っていた。


「遅いよー、凛花ー。」

「もうお腹ペコペコ〜。」

「早く食べよ!」


 じとっと見つめる、子供たちの視線が痛い。


「アハハ……、ごめんごめん。」


「ほら、凛花、真希。座りなさい。」

「はーい。」


 先生の催促に、私と、その左隣に真希も座る。


「「「いただきまーす!」」」


 そして、皆で手を合わせ、元気良くそう言い、朝食を食べる。


 ここは、孤児院『天使の子』。


 幼稚園生や、小学生低学年の子供たちが多い。


 ちなみに、高校生は、私と真希しか居ない。

 高校を卒業すれば、ここを出なければいけない。そうしたら、私と真希で家賃を分割して、一緒に生活しようと、約束してる。


 もぐもぐとパンを食べてると、右隣の方から、服の袖を引っ張られた。


 その方向を見下ろすと、栗色で高めのツインテール、そして大きな愛らしい瞳をした、幼稚園生の優香ちゃんが居た。私は、「ゆう」と呼んでいる。


「どうしたの、ゆう。てゆーか、またご飯の時に、ぬいぐるみ持ってきたの?汚れちゃうよ?」


 ゆうの左腕には、大きな赤いリボンを首に巻いた、ブラウン色のクマのぬいぐるみが抱かれていた。


 ゆうは、ムッとしながら頬を膨らませる。


「いいの!零さないようにするもん!そんなことより、凛花お姉ちゃん。ご飯食べたら、ゆうと公園で遊ぶって言ってたの、忘れてないよね!?」


 私は、一瞬ギクッとしたが、すぐに微笑む。


「あ、あ〜!忘れるわけないじゃない!約束したもんね?」


「本当に〜?」


 ゆうは、じとーっと細い目で私を見つめ上げる。


「ほ、本当だよ!さあ、早く食べて行こう!」


 そう言った直後、勢い良くがっついて喉を詰まらせる私を、真希とゆうが呆れて見ていた。


   


      ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 朝食を食べ終わった後、私は、上着を取りに、一旦部屋へと戻った。

 春になったが、まだ冷え込みが続いているので、油断ならない。


 私は、黄色のカーディガンを羽織った後、勉強机の引き出しを開けて、ある物を取り出す。


 これは、悪夢でも見た、あのクリスタルだ。


 私が3才の時に、孤児院の近くを一人でウロウロしていたところ、先生が見つけて、引き取ってくれたのだ。

 その時に、私は、この宝石のみ、手の中に握りしめていたらしい。


 流石に小さい頃の事だから、どこから来たのか、親はいたのか、覚えていない。


 ちなみに、「凛花」という名前は、先生達が皆んなで考えて付けてくれたので、本名も知らない。


 しかし、あの夢で見た宝石が、実在していたということは、あれは、本当の出来事だったのだろうか。


 そして、あの女の人は、私のお母さんなのかも。


 そう思いながら、この宝石を、ずっと大切に持っている。


 いつか、お母さんが私を迎えにきた時に、私だって、分かるように。


 私は、ギュッと、宝石を優しく握ると、カーディガンのポケットにしまい、部屋を後にした。

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