第11話 純粋な愛 (ライラ・蓮桜視点)

【ライラ視点】


 ──崩壊寸前のピンクだらけの世界に、愛によって生まれた光が、天から降り注ぎ、そして全てを優しく包み込んだ。


 少しして、光が消えた後、あのピンクの世界も一緒に消えていた。周りを見渡してみると、ゴツゴツした岩肌が、私達を取り囲んでいた。


「……ここは……、洞窟?」


「……恐らく、現実世界に戻って来れたのだろう。ここは、アイツによって隠されていた、フレリアの洞窟の中だと思う。」


 それを聞いた私は、ようやく、ホッと胸を撫で下ろしたわ。

 

 ……けど、その時に、肉体と精神、両方の限界が来てしまい、完全に気を失ったアレクシアが目に入り、私はハッとすると、急いで駆け寄った。


「ライラック!!」


 私は蓮桜の制止を聞かずに、うつ伏せで突っ伏しているアレクシアの手をとると、優しい歌声を奏でた。


 ……この人は、私から愛を奪おうとし、私と蓮桜の事まで殺そうとした。

 心の底から、超絶ムカムカしたし、普通だったら、赦される行為ではありませんわ!


 ……でも、この人も、愛に飢えすぎて、自分の世界に閉じこもって、自暴自棄になってしまった、可哀想な人ですわ。


 愛は偉大だけど、行き場を失ってしまうと、暴走してしまう。私も、その気持ちは良く分かりますわ。


 だからなのか、彼女の事を、心の底から憎みきれない。きっと、私と彼女は、同志なのね。


 だからこそ、彼女には、こんな所で死んでほしくない。再び前を向いて、新しい恋に出会って、大きな愛を共に育んでくれる人と、幸せに生きてほしい。


 そんな願いを込めながら、希望を感じさせてくれる様な、優しい歌声を奏で続けた。


 そうしている内に、薄暗い洞窟内に、金色の丸くて小さな光が、──ポッ、ポッ──と、少しずつ浮かび上がり、私達を優しく照らし始めた。


 その光は、蓮桜の傷だけでなく、瀕死のアレクシアの傷も、癒やしてくれた。


「…………良か……った……。」


 安心した途端に、私の意識は、そこで途切れてしまった。



【蓮桜視点】


 ……ライラックの歌声は、全てを赦し、癒やし、そして優しく包み込んでくれるかの様な、心地の良い歌声だった。


 優しい歌声を奏で、希望の光を紡ぐ、その姿は、まるで天から降りたった、女神の様だった。


 オレは、しばらく目を閉じながら、その歌に聞き惚れていた。


 ……ライラックは、自分を殺そうとした敵ですらも、赦そうとし、心の底から救おうとしてくれる。


 本当に昔から変わらず、純粋で、真っ直ぐな、強い心を持つ女性だ。


 ……そんな彼女の事を、オレは──


「──ッ!!」


 そう思いながら、目を開けた瞬間、ライラックが地面に倒れようとしている事に気が付き、瞬時に前へ踏み込み、抱き寄せた。


 気絶するのも無理はない。あのピンクの世界から脱出する時に、大量の力を消費し、今も力を更に消費したのだ。


 だが、ライラックの寝顔は、先程とは違い、穏やかな表情だ。この様子なら、今日中に回復するだろう。


「……う〜ん……、蓮桜……。」


 腕の中のライラックは、幸せそうな顔をし、さらに柔らかな声で、寝言を漏らした。その様子を見て、さらに安堵したオレは、思わず笑ってしまった。


「……ったく、どんな夢を見てんだか。」


「……ほんっと、お気楽な娘よねん。」


 その時、あの、アレクシアという奴が起き上がり、そう呆れながら、ライラックを見下ろしていた。


 だが、アレクシアの目には、殺意は宿っていない。歌に込められたライラックの想いが、アレクシアにも伝わったのだろうか。


「…………あんたは、これから、どうするんだ?もしも、リアンとラビーに奇襲をかけるつもりなら、やめた方がいいぞ。」


「……いいえ。そんな無駄で野暮な事はしないわよん。……あの、他人に心を許さないリアン様が、恋人を作ったのよ?きっと今頃、幸せに過ごしているのでしょうね!!!」


 アレクシアは、そう言いながらも、悔しそうに、白いハンカチをくわえ、思いっきり噛みちぎった。

 ……全裸なのに、どこに、そんな物を隠し持っていたのだろうか。……まあ、今は、そんな事はどうでも良い。


 アレクシアは、憤怒の表情を一転させ、悲しげな表情で、ガックリと肩を落とした。


「…………でも、アタシに、リアン様の幸せをぶち壊す資格なんてないわ。このまま一人で、寂しく彷徨っているわ。」


 そう言うと、背を向け、立ち去ろうとしたので、オレは哀れに思い、呼び止めた。


「……おい。」


 ……敵に情けをかけようとするとは、オレも、ライラックの影響を受けてしまった様だ。


 だが、それも悪くない。


 そう思いながら、オレは、振り返ったアレクシアに向けて、再び口を開いた。


「……お前は、ライラックの歌を、ちゃんと聴いていたのか?」


「え?」


「ライラックは、お前に死んでほしくないと思い、回復魔法をかけた。……そして同時に、お前には幸せになってほしいと、強く願っていた。今回の恋が、実らなかったとしても、それで終わりではない。

 ……世界は広い。きっと、お前の愛を受け止めてくれる人が、どこかにいる。

 ……ライラックは、歌声に乗せて、お前に、そう伝えたかったんだと思うがな。」


 そう、ライラックの気持ちを伝えてやると、アレクシアは、無言でライラックを、じっと見つめ、やがて口を開いた。


「……アタシは、自分の事しか考えていなかった。……でも、この娘は、敵であるアタシの事も、本当の意味で救おうとしたのね。……アタシには無かった、他人の事を想う、純粋な愛の力で。

 だからアタシは、二度もこの娘に負けたのね。」


「……だが、あんたの愛の力とやらも、凄まじかった。正直、その力を萎ませるには、惜しいと思う。やはり、愛の力をより強くさせるには、パートナーが必要不可欠だと思う。

 オレ達に負けた悔しさをバネにし、オレ達に三度負けない様な、最強の愛の力を手にしたいと、そう思って、もう一度生きてみたらどうだ?」


 オレなりにも、何か生きる意味を与えられたらと思い、そう提案すると、アレクシアは、ようやく口の端が、少しずつ上がってきた。

 

「…………フッ。アンタ達二人とも、似た者同士の恋人なのね。……まあ、そうね。そのうち、リアン様よりも良い色男を見つけて、最強の愛の力を育んだら、アンタらを今度こそ捻り潰してやるわよん!!!」


 そうビシッと指をさし、強く宣言すると、


「そうと決まったら、こうしちゃいられないわ!!!早く運命の相手を捕まえに行くわよん!!!」


 踵を返し、光の速さで、元気よく走り去って行った。


 ようやく、胸を撫で下ろそうとしたが、ふと思い出した。


「……そういえばアイツ、全裸のまま行ってしまったな。」


 あの速さでは、もう追いつけない。……まあ、何とかなる事を祈ろう。


 それ以上は考えないようにし、オレは、ようやく一息つくと、ライラックを抱えながら、帰路につく事にした。

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