最終話 二人の永遠の愛の証
「う……ん?」
閉じていた瞼を、ゆっくりと開けると、まだボヤけている視界の中には、真っ赤な景色が映っていた。
しばらくすると、視界と思考がクリアになり、目の前の景色が、普段見慣れている、自分のベッドの天蓋である事に気が付き、ゆっくりと起き上がる。
「……ここは……、
おでこに人差し指を当てて、今までの事を思い出そうとした、丁度その時、誰かが部屋の扉を開けて入ってきた。
「おおっ!ライラック!具合はどうじゃ?」
「お祖父様!何だか、お久しぶりな気がしますわね!」
「たった1日振りじゃが……まあ、無理もなかろう。蓮桜から話を聞いたが、大変な目に遭ったのじゃから。」
それを聞いた私は、頭に電気が流れる様に、今までの経緯を瞬間的に思い出し、ハッとした。
そうでしたわ!崩壊寸前のピンクの世界に、愛の力で穴を開けて脱出して、それから……アレクシアを回復させて……。
……あれ?それからの記憶が、まるで無いわ!私、気絶してしまったのね!
私がここに居るということは、きっと蓮桜が、ここまで運んでくれたのね。
……そういえば、蓮桜の姿が見当たらないわ。
「……わしも気が気じゃなかったわい。無事じゃから良かったが、勝手に外に出るなと、いつも────」
お祖父様のお小言を遮るかの様に、私はベッドから飛び降り、その勢いのまま、お祖父様に向かって身を乗り出した。
「お祖父様!蓮桜は何処にいるの!?まさか、また出て行ったりしていないわよね!?」
お祖父様は、私の鬼気迫る勢いに気圧されながらも、慌てて
「い、いや!蓮桜は、ちゃんと帰ってきておるぞ。先程まで、わしの部屋で話をしていたからのう。」
それを聞いて、パッと笑顔になった私は、スカートの裾を軽く摘み、片足を斜め後ろに下げると、膝を少し曲げて、お祖父様にお辞儀をした。
「感謝致しますわ、お祖父様!お説教は後でちゃんと聞きますわ!」
「こ、こら!ライラック!待つんじゃ!」
お祖父様の制止を振り切り、私は勢いよく部屋を飛び出すと、お祖父様の部屋へと全力ダッシュした。
腕を全力で振り、髪を乱暴になびかせ、階段を大股で駆け上がる姿を、すれ違った何人かの使用人に、ギョッとした顔で見られたけれど、構わないわ!
ようやく見えてきた、お祖父様の部屋の扉へと、勢いそのまま、タックルし──、
「蓮桜!!」
蓮桜へと抱きつこうとしたけれど、そこには蓮桜の姿はなく、私は勢いよく、壁へと激突してしまった!
「いっっったいですわ……。」
じんじんと痛む、おでこを押さえながら、部屋を見渡してみたけれど……、やっぱり、蓮桜の姿は、この場には無かった……。
「…………ま、まさか!また出て行ってしまったの!?」
最悪の事態が頭をよぎり、夕陽の光が差し込む窓の外を、急いで確認した。
お祖父様の部屋は、かなりの高さがあるから、目を細めながら、ここから見える範囲を、隅から隅まで注意深く、そして素早く見渡した。
──街へ続く門には……居ない。屋敷の庭園には……居ない。
窓を開け放ち、少しだけ身を乗り出し、さらに範囲を広げて見渡してみると──、
「────ッ!居た!!!」
ここからだと、少し遠くて見え辛いけれど、間違いない!!
そう確信した私は、ある場所に向かって、全力疾走で、再び屋敷の中を駆け出した。
向かった先は──
自由な風に乗り、色とりどりの花弁達が、美しく舞い踊る場所。
そして、私と蓮桜の、運命の邂逅の場でもある、あの花畑の中心に、蓮桜は夕陽を見つめながら立っていた。
「……れ、蓮桜!!!」
息を切らしながらも、何とか背中に向かって声を掛けると、蓮桜はハッとしながら、私へと振り返った。
「ラ……、お、お嬢!もう平気なのか?」
「……ッ!」
抱きつこうとしたけれど、名前で呼んでくれない事に気が付き、思わず踏ん張ってしまった。
…………そうよね。屋敷に戻れば、私達は、“お嬢様と執事”だものね。
それでも、その関係を越えて今日、自力で愛の証を手に入れてから、想いを伝えたかったのに……、肝心のフレリアは、結局、手にすることは叶わなかった。
人生で一度きりであろうプロポーズを、完璧にやりたかったのに、思い通りにいかなかったなと、私は、さらに悲しくなってしまい、ついには俯いてしまった。
「……お嬢?」
「…………ねえ、蓮桜。また……、何処かに行ってしまうの?」
この場所は、蓮桜との思い出の場所だから、こんな暗い雰囲気にしたくなかったのに、不安な気持ちが、どんどん抑えられなくなり、とうとう涙ぐみながら、そんな事を聞いてしまった。
…………蓮桜だって、仕事なのだから、こんな当たり前の事を聞かれて、涙を流されたら、迷惑よね。……呆れられてしまうかもしれないわ。
そう思い、蓮桜が、今どんな表情をしているのか、知るのが怖くなり、目をギュッと瞑った。
…………が、次の瞬間。
頬に、優しい温もりを感じたので、目を開き顔を上げると、すぐそこに、蓮桜の顔があり、両手で私の頬を包み込みながら、涙を拭ってくれている。
「…………もう、大丈夫だ。」
「……え……?」
「確かに、仕事で外出する事は、今後もあるが、その時は、事前に知らせるし、その日のうちに帰還する。……もう、お嬢──いや、ライラックに、寂しい思いはさせない。」
そう話す、蓮桜の黒い瞳は、いつも以上に真っ直ぐで、少しも揺らぐ事はなかった。
その黒曜石の様に黒く輝く瞳から、目が離せなくなり、次第に、心臓の鼓動の音が、教会の鐘の様に、大きく鳴り響いてきた。
ドキドキしすぎて、何も言えずにいると、蓮桜が突然、目の前で跪き、頭を垂れた。
「え……?」
この花畑でという事もあり、初めて出逢った時の事を思い出した。
「……ライラック。遅くなったが、旅を終えてから、明かすと言っていた“約束”を、今、この思い出の地にて、果たさせてもらう。」
初めて出逢った時の様に、微笑を浮かべ、真っ直ぐな瞳で、私を見据えると、握っていた手の平を、私へと差し出し、ゆっくりと開いて見せてきた。
「…………え、これって……!!」
蓮桜の手の平の上には、真っ赤な宝石──フレリアがあった。
半分に欠けてしまっているけれど、それでも、宝石の奥からは、美しい真紅の輝きを放っている。
……というか、それよりも!!蓮桜が私に宝石を渡してきたって事は、つまり!!?
「……オレが、長らく屋敷をあけていたのは、これをライラックに渡したかったからだ。だが、ほとんどのフレリアは、あのピンクの世界と共に、消滅してしまい、結局は、二つに割れた、これしか残っていなかった。
……だから、この片割れは、ライラックの分。」
そう言うと、蓮桜は、袂からも、同じ様に半分に欠けたフレリアを取り出した。
「そして、こっちはオレの分だ。」
蓮桜が二つの欠片を合わせてみると、確かに、元々は一つの物だった様で、割れ目が綺麗に合わさった。
しかも、このフレリア、よく見てみると、少しハートの形をしている様に見えるわ!良いかも……い、いや、でも!これじゃあ、私だけケジメがつかないわ!
そう思い、私はハッとすると、ブンブンと頭を強く振った。
「……で、でも!本来は、私も蓮桜の分の宝石を用意しないといけないのに!私だけズルい女になってしまうわ!」
「……いや、そんな事はない。そもそも、ライラックが居なかったら、あの訳の分からないピンクの世界から脱出する事はおろか、このフレリアを手にする事も不可能だった。
だから、このフレリアは、オレとライラック、二人で手にした、二人で一つの、唯一無二の愛の証だ。」
……二人で手にした、二人で一つの、唯一無二の……、愛の証……。
……まさか蓮桜が、そう想いながら、これを持って帰ってきて、今日この運命の邂逅の場で、渡してくれるなんて、思いもしなかった……。
「……う、うううううう………ッ!!!」
そう考えたら、引っ込みかけていた涙が、滝の様に一気に溢れ出してきた。
「ら、ライラック!?……やはり、欠けた宝石ではダメだったのか!?
くっ……!またもやオレは、デリカシーに欠けていたのか……!」
「ち、違うのよ、蓮桜!」
自責の念に駆られそうになる蓮桜に、慌てて首を振り、泣きながら、ニッコリと微笑んだ。
「……確かに、このフレリアは、欠けてしまっているけれど、二人で一つになる、世界で一つしかない、まさに、私達だけの、最高の愛の証だわ!
それに、まさか、蓮桜から、この宝石を渡されるなんて、夢にも思わなかった!だから……、
私は今、人生で一番、嬉しいの!」
最後は、とびっきりの笑顔になりながら、想いを伝えた。
すると蓮桜は、目を見開いて、少し顔を赤らめた様に見えた。
やがて、安心したのか、クスッと笑うと、改めて、私にフレリアの片割れを差し出した。
「……オレの、
……ああ。目が、離せない。
心臓の鼓動は最高潮に跳ね上がり、今すぐにでも抱きしめたくなる。
そして、幸せな気持ちで、胸がいっぱいになる!
あの頃とずっと変わらない、この愛しい想いを感じながら、そっと、お母様の形見の、福音の神器に触れる。
──お母様、私も、ようやく、永遠の愛の証を、手にする事が出来ますわ!……どうか、これからも、私と蓮桜の事を、見守って下さい。
心の中で、お母様に祈りながら深呼吸すると、蓮桜に返事を告げた。
……答えは、もちろん──
「……不束者ですが、よろしくお願いしますわ!蓮桜〜〜〜〜〜〜!!!」
返事を告げた後、すぐに蓮桜へと抱きついた。
蓮桜は、咄嗟に受け止めると、その反動で倒れない様にと、クルリと一回転し、私を優しく抱きしめてくれた。
回転により、花弁と共に、花の甘い香りがフワリと舞い上がり、私達を包み込んでくれる。
その中で、私と蓮桜は、見つめ合い、幸せな気持ちに包まれながら、笑い合った。
「……ず〜〜〜〜っと、大好きだわ、蓮桜!」
「……ああ。オレも……、大好きだ、ライラック。」
蓮桜は、少し照れくさそうにしながらも、微笑みながらそう言ってくれた。
そして、ゆっくりと顔を近づけ──
人生で一番の夢だった、甘い口づけを交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます