第93話 いつか大人になる、その日まで (アリーシャ視点)

 やがて煙が晴れてくると、大の字で力無く天井を仰ぐ、大きなお腹のルーエンの姿が見えてきた。

 あの自爆で生きているだなんて、正直驚いた。これも、黒魔女のマナの賜物なのかしら。


 ルーエンは、ピクッと体を動かし、唇を震わせながら、


「……プ、……ププ……プ……。クソ……がぁ……ッ……。」


 と、言い残し、再びガクッと気を失った。


 念の為に身構えていた私は、ホッと胸を撫で下ろすと、ロキに視線をうつした。


 全身汗だくで、そのうえ痛々しい火傷の痕を負っていて、見ているだけで辛そうだったけれど、ロキはいつも通りに、ニッコリと微笑むと、私の視線に合わせてしゃがみ、掌を向けてきた。


「やりましたね、アリーシャさん!」


 体を濡らす汗が、艶やかに輝き、笑顔もいつもより爽やかに見えたから、一瞬恍惚としかけたけれど、すぐにハッと我に返り、首をブンブンと横に振ると、笑顔で頷いた。


「……ええ!」


 そして、私も掌を広げ、ロキの掌にパシッとハイタッチした。


「……あ、そうだ!」


 そういえばと思い出し、ずっと羽織っていた、ロキの匂いがするコートを脱ぎ、ロキにお礼を言いながら返そうとしたけれど──。


「……あ……。」


 そこで、コートが悲惨な姿になっている事に初めて気が付いた。


 私にとって、ロキのコートは大きすぎたから、引きずって動いていたのだけれど、その為裾がかなり汚れてしまい、さらに雷撃の影響で、所々焼け焦げていた。


 このコートは、ロキが騎士団時代の頃から、ずっと着ていたから、きっと大切な物のはずだわ。


「…………ごめん。」


 そうポツリと呟き、俯いてしまった。


 けれど、すぐに頭の上に、優しくポンと手を置かれたので、驚いて顔を上げると、そこには微笑をたたえるロキの顔があった。


「……そんな顔をしないで下さい。私は、笑顔のアリーシャさんが好きです。アリーシャさんが傷つかなければ、それで良いのです。それに、コートは、洗って布を継ぎ足せば、また直りますし──。」


「…………は?」


「……?」


「はああああああああッ!!?す、すすすすす好き!?」


「え!?ア、アリーシャさん!?どうかしましたか?」


 一気に顔が赤くなり、頭が噴火した私を、ロキが驚いて凝視する。


「だ、だだだだだって!!今、“好き”って!!」


 ロキは、一瞬何故か、キョトンとした後、口を開いた。


「……ええ。私は、アリーシャさんのが好きですよ?だって、見ているだけで、こちらも元気になれますし、安心しますし……。」


「………………。」


「それに、アリーシャさんの笑顔を見ていると、孤児院の子供達の笑顔を思い出して、微笑ましくなりますし……。」


「……………………はあ。…………まあ、そうよね。」


「え?」


「いいえ、何でもないわ。……コート、ありがとうね。」


 今だけライラの気持ちが、ものすご〜〜く、分かる気がする。そう落胆しながら、ロキにコートを返した。


 ……まあ、でもそうよね。私とロキは、10歳も年が離れているんだし、そもそも私は、ロキからして見れば、孤児院の子供達と変わらないぐらい、お子ちゃまだし。


 ────だけど。


「ねえ、ロキ。」


「はい、何でしょう?」


「……いつか、私が魅力的な大人の女性になるまでに、好きなひと、見つけちゃダメだからね。」


「……え?」


「な〜んてね!……さあ、早くノア達の所に行こう!」


 私は照れ臭くなって、そう誤魔化すと、走り出した。


 一瞬、呆然としていたロキも、ハッと我に返ると、すぐに私の隣まで追いついてきた。


「……それにしても、さっきの光と雷が合体したやつ、凄かったわね!」


「ええ、そうですね。雷は、光を伴うものなので、私たちの力は、まさに一心同体の相性ですね!」


「い!いいいい一心同体!!?」


 照れ臭いから、他愛無い会話をしようとしたのに、さらに心臓が跳ね上がり、再び顔面から火が吹きそうになってしまった。

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