第94話 闇の中に響き渡る福音 (蓮桜・ライラ視点)
【蓮桜視点】
目を閉じ、精神を統一させながら、人形の様に、ブツブツと繰り返し呪文を唱えていく。
しばらくすると、もはや自分の唱えている声が聞こえないほど、意識が深く深く、ゆっくりと沈んでいく感覚がした。まるで静謐な水の中にいる様だ。
ここまで集中できるのは、ノアがしっかりと敵を惹きつけてくれているという証拠だ。
あいつの行為が無駄にならない様、闇のマナを迅速に展開させなければな。
そう決意しながら、自分の足底──正確には、自分が立っている地面の下へと、闇のマナをじわじわと浸透させていく。
オレの思いついた作戦が上手くいけば、ノアの破浄魂の柱を、さらに巨大化させ、分裂体を一気に殲滅させられるはずだ。
──あと、もう少しで……。
『……させない。』
──ッ!!
姿は見えないが、オレの意識の中に、聞き覚えのある、鈴の音の様な玲瓏な声が響き渡った。
同時に、強い力で意識が押し出される様な感覚がしたので、グッと堪えながら、声の主に毅然とした態度で、心の声をとばす。
──他人の意識の中に、土足で侵入することも可能なのか。黒魔女。
『この洞窟は、私が創生したもの。よって、この洞窟内でのみ、他人の意識に入り込む事が可能よ。但し、相当なマナを消費してしまうから、少しだけどね。……それよりも、今すぐ集中するのをやめてもらいたいのだけれど?』
──断る。それに、お前の方こそ、さっさと凛花の呪いを解き、オレの意識から立ち去れ。
『……私も断る。主の命令だもの。』
黒魔女がそう言った瞬間、マナの圧が強まり、オレを意識の外へと一気に追い返そうとしてきた。
──くっ…………!
【ライラ視点】
「おらあっ!!!」
百ぐらいいるカルマ達を、ノアが豪快に薙ぎ倒していく。それでも、数は相変わらず減らないわ……。
そして、蓮桜はというと、ずっと目を閉じ、何か呪文の様なものを唱え続けている。
すると、蓮桜の周りに、2人のカルマの鉤爪が差し迫ってくるのが見えた!
「……てめえらの相手は、オレだ!!!」
その時、瞬時に察知したノアが、素早く振り返ったかと思ったら、一瞬で2人の頭を掴み、力強く地面へと捩じ伏せた。
ホッとしたのも束の間、ノアの背中に、別のカルマの鉤爪が振り下ろされた!
「チッ……!」
ノアは、一瞬よろめいたけれど、すぐに深紅の眼光を鋭くさせると、再び猛攻撃を繰り出した。
でも、ノアも段々と疲れてきたのか、全身は汗でびっしょりで、動きも少し鈍くなってきた様な気がするわ……。それに少しずつ、カルマの鉤爪に斬られつつあるわ。
……蓮桜は、何をしようとしているのかしら……?でも、戦闘では頭の良い蓮桜のことだから、きっと形勢逆転な大技をしようとしているはずだわ!
そう信じながら、蓮桜の方へとチラと視線を向けると────。
「……蓮桜?」
何やら、蓮桜の様子がおかしくなっていた。
額には汗がにじみ、固く目をつぶっていて苦しそうに歯をくいしばっている。
まるで、何かに耐えているみたいだった。
「……蓮桜に、何かが起きている……?」
けれど、ノアはその様子に気がついていないみたいで、あちこちに切り傷をつけられながらも、目を血走らさせ、雄叫びをあげながら猛攻撃を続けている。
それに、蓮桜の様子に気が付いたとしても、カルマ達の相手をしているから、それどころではないわ。
「……私の力で、何とかできないかしら……。」
さっきのアレクシア戦で、相当なマナを使ってしまったから、そんなに大きな手助けは出来ないかもしれないけれど……。
……でも、少しでも、大好きな蓮桜の力になれるのなら、その可能性に賭けてみたいわ!
私は、そう意を決し、一人で強く頷くと、首元の福音の神器にそっと触れながら、集中する。
──愛する蓮桜を、助けたい。
その想いを原動力に、私は歌声を響かせた。
蓮桜に届く様にと。
【蓮桜視点】
強力なマナの波に押し出されそうになりながら、何とか踏ん張り続けるが、無様にも、限界に近づいていくだけだった。
──くっ……!何とか、ならないのか……!?
このままでは、ノアの努力が、水の泡となってしまう。
お嬢の頼みも、聞いてやれない。
……全員が、ここで死を迎えるかもしれない。
──これまで、なのか…………?
そう疲弊し、マナの圧の波に、身を委ねかけたその時。
聞き覚えのある、美しい歌声が響き渡ったかと思ったら、辺りが暖かい光に包まれ、同時に身体が軽くなった。
──お嬢の、福音の神器の力か!
『…………また、あの女なのね。福音の神器……、未知数で本当に厄介。』
黒魔女の姿は見えぬが、少し狼狽えている様な気がした。
そういえば、以前戦闘した時も、お嬢の力を目の当たりにして、度肝を抜かれていたな。
お嬢の福音の神器は、何が起こるか分からないから、やはり、あの黒魔女ですらも、予想できない様だな。
『持ち主の心の力により、強弱が異なる神器……。心の力なんて、ずっと存在しないと思っていたのに……。私には心なんて、理解できない。…………不覚。』
黒魔女は、相変わらず淡々とした口調で、だが少し声のトーンを暗くしながら、そう吐き捨てると、それを機に、気配が全くなくなった。
どうやら、オレの意識から追い出された様だ。
──今だ!!
オレは、再び集中力をあげ、一気に闇のマナを地中に浸透させた。
そして、一気に浮上し、意識の水面へと顔を出し、双眸を開いた。
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