第92話 雷光の神器 (アリーシャ視点)

 ロキが、バッと脱ぎ捨てたコートが、私に向かって舞い降り、そのまま頭から優しく包み込んでくれた。


 フワッと、ロキの匂いがした。まるでお日様の様な、あったかくて優しい匂いだわ。


「……そのコートは、バーン騎士団の特別製のもので、多少の雷耐性もあります。アリーシャさんは、それを羽織っていて下さい。」


 一瞬恍惚しかけた私は、ハッとし、慌ててコートから顔を出す。


「で、でも!ロキは良いの?」


「ええ。鍛えていますので。」


 ロキは、そうニッコリと微笑むと、正面へと視線を向けた。


 体格の良い背中が、いつもより広く見えたり、コートを脱いだ事で、思っていたよりも腕が細く引き締まっている事に気が付いた。


 ロキって、意外と私好みの細マッチョだったんだなと、こんな状況なのに無意識にそんな考えが頭をよぎり、不意に小さな胸が少しだけ弾んでしまった。


 けれど、眩しいぐらいの雷を纏う、巨大なボールが迫ってくるのを見て、ハッと我に返り、叫んだ。


「ロキ!!」


 ロキは避けるどころか、大剣を手にしながら、ルーエンに向かって真っ直ぐと構えている。

 結界を張るわけでもなさそうだわ!


「ッ!ロ────」

「プププ〜!ペシャンコに潰した後、炭と化してやるからな〜!」


 咄嗟に名前を呼びかけたけれど、ルーエンののんびりとしつつも、嘲笑じみた笑い声に掻き消されてしまった。


 ──マズイわ!もうすぐそこまで迫ってきている!


 巨大な球から発する、万雷の切っ先が、ロキを貫こうと、そしてその身体を轢き潰そうとして、もう目と鼻の先まで迫ってきていた。


 それを見た私は、思わず顔を背け、目をギュッと瞑ってしまった。


「────フンッ!!!」


 その刹那、ロキの踏ん張る声と共に、ズシンと、地の底まで振動する様な重い金属音が、辺りに響き渡った。


 驚いて目を開けてみると────。


「な〜にい〜〜〜〜!?」

「クゥッ……────!」


 のんびりと驚く、万雷の球人間を、ロキが大剣で受け止め、動きを止めていた。

 けれど、ルーエンの放つ雷の先が、ロキの体中に触れ、痺れと激痛を伴わせながら、ロキを少しずつ押していく。


 それを見たルーエンは、馬鹿にするかの様な含み笑いをしながら、回転速度を上げていった。


 大剣から激しい火花が舞い散り、ロキはさらに苦悶の表情を浮かべていた!


「ロキッ!!!」


 ロキは、私の叫び声に反応し、歯を食いしばりながら、強い意志を瞳に宿らせると、


「うおおおおおおおおおおおッ!!!」


 今までに聞いたことのないぐらいの、力強い雄叫び声をあげながら、少しずつ押し返していき、やがて力強く正面へと弾き返した。


 しかし────。


「弾き返したって無駄だよ!!」


 一瞬で吹っ飛ばされたルーエンは、少し声を荒げながら笑うと、壁に激突すると同時に、さらに速度を上げながら、再びロキの方へと跳ね返ってきた。


 ロキは、身体のあちこちに、火傷の様な痕を負いながらも、三日月の様な目を、さらに鋭く研ぎ澄ませ、真っ直ぐと構えている。


 ──まるで、跳ね返るのを待っていたかの様に。


「はああッ!!!」


 そして、再び雷撃に耐えながら、細い腕を膨張させると、さっきよりも屈強な腕力で、ルーエンを跳ね返した。


 ルーエンは、さらに加速度を上げながらロキへと跳ね返り、ロキは巨大な万雷の球を、さらに強大な力で跳ね返す。


 それを何度も繰り返した。


「大したもんだね〜。……でも、いつまで続けられるかなあ!?」


 ……確かに、ルーエンの言う通りだわ。


 ルーエンは加速度が上がり、威力が増していく。その一方でロキは、ルーエンを跳ね返す度に、雷撃を食らいながら、強い力で跳ね返しているから、傷を負い、さらに体力はゴリゴリに削られていくばかりだわ。


 ロキが耐えられなくなるのも、時間の問題。それは勿論、ロキも分かっているはず。

 それなのに、こんな捨て身な行動を続けているのには、何か狙いがあるはず。


 ……それにさっき────。


『……アリーシャさん。どんな不遇な状況でも、必ずチャンスは訪れます。私と共に、切り抜けましょう。』


 ──そう言っていたロキの事を、私は信じたい。


 そう思い、叫びたい声を必死に押しとどまらせ、コートをギュッと握りながら、肩で息をするロキの背中を見守る。


「プププ〜!いい加減飽きたから、これで終いにしてやるよ〜〜ッ!!」


 ルーエンは、そう楽しそうに叫び、壁に跳ね返ると、洞窟全体を震わせる様な激しい地雷じがみなりの音を奏で、強い稲光を発しながら、疾風迅雷に進撃してきた!


 ロキは、ここで大剣をロングソードへと変化させ、その刀身に、光のマナを放出させながら、ズシンッと受け止める。

 ロキを中心に、周りの地面に激しく亀裂が入っていく。


「───────ぐあぁッ!!!」


 何とか踏ん張っているけれど、最大級の威力と雷撃により、中々押し返せず、苦しそうだわ!


 そんなロキの表情を見て、ルーエンは愉快げに耳障りな笑い声をあげた。


「プププ〜!大剣の方が、まだ増しだったんじゃない?」


 ロキは、歯を食いしばらせながら、ルーエンをキッと見据えた。


「────ッ、いいえ。……ここ、で、全ての、賭けに、出るべきです……!」


「賭け〜?」


 ルーエンが、ゆっくりと復唱した、その時だった。


 ────ピシ……ッ!


「──ッ!?」


 ルーエンの体から、ヒビが入る様な音が響いた!

 その音に気付いたルーエンは、驚いたのか、一瞬だけ力を緩める。


 ──その隙を、神光の剣先が逃すはずがない。


「はああああッ!!!」

「ぐっ……!」


 さらにヒビが入った部分を、剣先で突き、ルーエンを吹っ飛ばすと、突いた部分を中心に、ピシピシ……ッと、さらに亀裂が広がる。


 ルーエンは、何とか体勢を整えると、あの穏やかだったツラを、まるで鬼の様な恐ろしい面へと変貌させ、ロキを睨みつけた。


「クソがぁッ!!!捻り潰してやんよ!!!」


 本性を現したルーエンは、両手の先の鉱石に、万雷を瞬時に溜めると、猛進してきた。


「アリーシャさん!」

「ええ!」


 私は、ありったけの閃電を雷牙に纏わせ、ロキは強い神光を剣に纏わせながら、二人で共にルーエンへと走り出す。


 ロキの狙いが、ようやく分かってきたので、ニヤリと笑いながら、ルーエンがぶん回す両手の鉱石を躱し、一気にヒビへと突き刺した。


「うりゃああああああああッ!!!」

「はああああああああああッ!!!」


 ロキと私の、光と雷のマナが混ざり合った、青白い稲光を発する“神のいかずち”は、ヒビを突き抜け、ルーエンの全身をも貫いていった!


「ぎゃあああああああああッ!!!」


 断末魔が響き渡った直後、雷のマナを吸収しきれなくなった鉱石が、徐々に膨張し始めた。


「私とアリーシャさんの力、思う存分に味わいなさい!」

「それと!ロキを散々馬鹿にした事、後でた〜っぷりと反省しなさいよ!!」


 ロキと私は、そう最後に言い残すと、ルーエンから素早く離れた。


 すると、その直後、鉱石が大爆発を引き起こし、辺りは何も見えなくなった。

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