第7話 愛のゴングは鳴らされた (蓮桜視点)

 闇の神器の力で、一瞬で移動した場所は、何も無い荒野が、ただ広がっているだけだった。


「……妙だな。」


 この辺りは、確か採掘が盛んだったはずだ。

 それが突然、綺麗さっぱりと、何も無くなるなんて事は無いはずだ。


 ……それに、微かだが、妙な気配を感じる。これは恐らく……、マナか?


「……もしや、マナを扱える何者かによって、この地は術を施されているのか?」


 その術によって、本来あるはずの洞窟が、見えなくなってしまっているのかもしれない。


 そう直感したオレは、瞬時に右手で手刀を作ると、そこに神器のマナを込めながら、目の前に五芒星を描いた。


 黒紫色に光る五芒星は、ゆらゆらと妖しく揺らめきながら、大気中に溶け込む様にして消えた。


 すると、今まで視認出来なかった、桃色の霧が現れ、辺り一帯を立ち込め始めた。


 この霧は、恐らくマナで創られたものだ。この霧が、本来あるはずの洞窟を、覆い隠していたのだろう。


「……ということは、この霧の先に、アリーシャの言っていたフレリアと……、結界を張った何者かが潜んでいるのか。」


 こんなに手の込んだ結界を張れるのだから、相当なマナの使い手だろう。どういう目的だか知らないが、目的次第では、捩じ伏せておいた方が良いかもしれないな。


 ……これ以上、ライラックを待たせる訳にはいかないし、さっさと済ませよう。


 そう思い立ち、霧の中を慎重に且つ、足早に進み歩いた。


 この先には、隠されているはずの、洞窟が待ち受けているのかと思った。


 ……が、霧を抜けた先には、想像を絶する光景が広がっており、思わず唖然としながら、足を止めてしまった。


「……何なんだ、ここは……。洞窟ではないのか?」


 ……一言で表すなら、ピンクの世界。


 四方八方、どこを見渡しても、ピンク、ピンク、ピンク。


 空も、地面も、川までも……、ピンクに染まっている。


 本来ならば、明るく、可愛げのある色なのだろうが、この場においては、どんなに薄気味悪い場所よりも、さらに不気味に思えてしまう。


 ………いや、それよりも……。


「……霧の結界を張った奴は、洞窟を、別の世界に塗り替えてしまうほどの、強いマナの持ち主なのか?」


 本来あるはずの洞窟を、面影を少しも残す事なく、丸々と変えてしまっている。


 もはや、精霊にしか出来ない事だ。想像していたよりも、只者ではなさそうだ。


 ここは、より一層、慎重に進むべきなのか?


 ……と、思案に耽りかけた、その時。


 ──声が聞こえた。


「──ッ!!!」


 迷いは一瞬で吹っ切れ、オレは一目散に駆け抜けていた。


 その先には──、


「ライラック!!!」


 グッタリと横たわっている、ライラックが居た。


「ライラック!ライラック!!」


 急いで抱き起こし、何度か呼びかけてみたが、ライラックは苦しげに肩で息をしており、瞼も開く気配がなかった。


「あら〜ん。どうやらナイト様が来てしまった様ね。」


 声がした方へ、鋭い視線を向けると、そこには、いつぞやの変態が体を左右に、くねらせながら立っていた。


 確かコイツは、リアンの手下だったが……、まさか、この世界を創ったのは、コイツなのか?


「……ライラックに何をした。」


 鋭く睨みつけ、低い声色で尋ねたが、変態野郎は全く動じず、余裕たっぷりの笑みで、こう告げた。


「この世界を維持させる為の、エネルギーを吸い取っただけよ〜ん!」


「……エネルギー?」


「そうよん!この愛の王国を、立派に築きあげるには、まだまだエネルギー不足なのよん!

 だ・か・ら〜、そこの小娘の、膨大な愛のエネルギーを有効活用してみたのよ!やっぱり、かつて、アタシに勝利しただけの力はあるわね。最高純度の愛に満ち溢れていたわ!!」


 …………何言ってるのか分からんが、ライラックは、気力を吸い取られたということか……。


 特に目立った外傷もなく、呪いを掛けられた訳でもなさそうだし、安静にしていれば、いずれは回復するかもしれない。


 そう思い、少し安堵したオレは、続けて別の質問を問いかけてみる事にした。


「貴様の目的は何だ。そして、貴様の力の正体は、一体何なんだ。」


「……アタシは、そこの小娘に木っ端微塵にされた後、リアン様に見捨てられ、あてもなく彷徨ったわ。もう!悔しかったわ!あんな小娘に、愛の大きさで負けるなんて!

 だからアタシは、愛の武者修行をしまくったわ!!もう一度、リアン様の隣に返り咲く為に!!

 ……そして……、ついに、アタシの努力が実を結び、究極の愛のパワーを手にしたのよ!!」


 …………愛の武者修行とか、究極の愛のパワーとか、本当に意味分からん。


 ……が、確かコイツは、ラビーから授かった黒いマナのお陰で、マナの力を操れたはずだ。

 その力が、愛の武者修行とやらのお陰で、成長を遂げ、世界を作り変える力を手に入れてしまったという訳か?


 だが、その力は、目覚めたばかりで、まだ発展途上の様だ。故に、ライラックの愛の力とやらを吸い上げ、この世界をさらに大きくしようとしていたのか。


「皮肉にも、そこの小娘のお陰で、アタシの王国は、さらに発展出来るわね!

 ……これで、ようやく、愛しのリアン様をお迎えする事が出来るわ!!!」


 変態は、唇を突き上げ、ムフフと気色の悪い面を空へと向けながら、何やら幸せな妄想を描いている様だが……、そう上手くいかないと思う。


「……貴様は、知らない様だから言っておくが、リアンは、ラビーと結ばれて、旅に出ているぞ。」


「…………………………は???」


「だから、リアンは、ラビーと結ばれて──」


「んだとゴラァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 次の瞬間、変態野郎は、天地を震わす様な雄叫びをあげ、激しい音圧を、こちらへと飛ばしてきた。


「──ッ!!」


 マナで強化された音圧は、まともに喰らえば、一瞬で潰されてしまいかねない。


 ライラックを抱えながら、瞬時に横へと飛び、激しい音圧を避けた後、オレは神器のマナを発動させようとしたが……、何故か、反応しない。


「フン!無駄よん!ここは、アタシの王国よん!アタシ以外の人は、マナを使う事は許されないわよん!!」


 ……なるほど。思っていたよりも、厄介な世界だ。


 ……だが。


「……そうか。」


 オレは冷静に、そう返事をすると、ライラックを近くにあったピンクの木の下に横たわらせ、再び変態に向き合うと、身構えた。


「あら〜。生身で戦うつもり?随分とナメられたものね。」


「……オレは、ライラックの守護者として、当然、あらゆる想定外の自体にも、対処できる様にと、日々訓練を積み重ねている。

 マナが使えなくとも、オレは必ず、ライラックを護る。」


「……ぐっ……!ぐぬぬ……!!う、羨ましくなんかないわ!!アタシだって、すぐにでも、リアン様にそう言われてみせるもんね!!!」


 ……何だか調子を狂わされるが、オレは息を吐き、一層集中力を高めた後、一気に跳躍し、変態へと挑み始めた。

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