第55話 守りを力に (ロキ視点)

 私は、アリーシャさんを引っ張り上げた後、鬼の様な形相をしている、禿頭とくとうのご老人と対峙しました。


 恐らく、あの方が、アリーシャさんと、ライラさんの祖父方なのでしょう。


「貴様……!何奴じゃ!」


 祖父方が、強圧的な声で叫んだ、その時でした。


「ぎゃああああああああっ!!!」


「お、落ちるのですーーーー!!」


「しっかり捕まってろよ!」


 仲間が、まるで隕石の様な速さで、大きな満月から落ちてくるのが見えました。


 凛花さんと、ルナさんが、泣き叫びながらノアさんに、しがみついています。そんな二人に対して、ノアさんは楽しそうです。


 ノアさんが難なく着地した後、凛花さんとルナさんは、腰を抜かしました。


「ああああ……。わ、私、生きてる……。」


「目が、クラクラするのです……。」


「結構楽しかったよな!」


「それは、ノアだけでしょ!!」


 こんな状況でも、ノアさんは楽しそうに笑っています。


「凛花、ノア、ルナ!」


「お!…………って、アリーシャ、なのか?」


「綺麗なドレス!似合ってるよ!」


 凛花さんたちが、物珍しそうに、アリーシャさんを眺めると、アリーシャさんは、恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、しっかりと地団駄を踏みました。


「い、今は、それどころじゃないでしょ!!もっと周りを見なさい!周りを!」


「き、貴様ら、どうやってここへ……。」


 さすがの祖父方も、軽く動揺していました。


「この街に着いた途端、地を揺るがす歌声と共に、邪悪な気配を感じました。急遽初めての試みですが、凛花さんの風のマナで、私とノアさんの跳躍力を上げてもらい、ここまで一気に辿り着けました。」


「は、初めてやったから、強くやりすぎちゃったけど……。」


 そう言い、大きく息を吐いた凛花さんに、祖父方は、訝しげにジロジロと眺めました。


「……何の変哲もなさそうな女だが、お前が、魔女の生き残りか。の仰った通りじゃな。」


 私達は、驚くと、一斉に祖父方を凝視しました。


「ちょっと、ハゲジジイ!あの方って、悪い白魔のこと!?」


「ハゲと呼ぶでない!!」


 その時、アリーシャさんに向かって、祖父方が手にしている雷牙から、鋭い電撃が放たれました。


 バチバチバチッ!!


 間一髪、純霊結界で跳ね返した後、私は、激しい剣幕で、ご老人を睨みつけました。


「……アリーシャさんは、あなたのお孫さんでは?」


「フン。言うことを聞かない奴は、わしの孫ではないわい。」


 ご老人は、そう信じ難い事を口にすると、私たちの背後に、チラと視線を向けました。

 

「蓮桜。こやつらの始末は、お前に任せた。」


 蓮桜は、少し戸惑っている様子で、主の横に佇む、禍々しい邪気を放つ魔物を見上げました。


 魔物は、私が斬り落としたはずの腕を、いつの間にか再生させており、まるで何事も無かったかの様に、何食わぬ顔で浮かんでいます。


「……しかし、カルド様。禁忌の精霊を目覚めさせてしまうとは……。一体、これから何をなさるつもりで?」


「……蓮桜よ。お前は黙って命令を聞けば良いのだ。それとも、忘れたのか?私との約束を。」


 それを聞いた蓮桜は、ハッとし、すぐに浮かんだ疑問を振り払う様に、首を振ると、私へと身構えました。


 ご老人は、フッと笑うと、魔物に向き合いました。


「さあ、カロスよ。まずは、外へ出て、この街を破壊しようではないか。」


『御意。』


 カロスと呼ばれた魔物は、目の前に手を翳すと、そこに闇色の空間を創り上げ、その中へ祖父方と共に消え入りました。


「待ちやがれ!」


「ちょっ……、ノア!」


 そして、ノアさんと、ルナさんを抱く凛花さんも、その中へ飛び込むと、闇の空間は消え去りました。


 恐らく、転移魔法だと思いますが、どこへ移動してしまったのか……。


「……どこを見ている。」


 ハッとし、声がした方を見ると、蓮桜が掌底の構えをしながら、目の前まで迫ってきていました。


「くっ……!」


 結界を張る暇もなく、咄嗟に大剣で受け止めましたが、その威力は凄まじく、弾き返すのに、数秒遅れてしまいました。


 蓮桜は、素早く間合いをとると、余裕そうに口元に笑みを浮かべました。


「……その様子だと、まだ光の神器を使いこなせていない様だな。これでは、この前と同じだな。」


「……っ!」


 悔しいですが、蓮桜の仰る通りです。


 ですから、せめて、この場で、使いこなさなければいけません。


 しかし、目の前の男は、当然の事ながら、考えるどころか、大剣を振る暇も与えず、鋭い蹴りと殴打を繰り返してきます。


「ぐっ……!」


 私も、負けじと、素早く跳躍し、四方八方から剣を振るいますが、蓮桜は、迅速に気配を辿り、どの方向からでも的確に、カウンターを仕掛けてきます。


 そしてついに、蓮桜の拳が、剣と腕の隙間から入り込み、それが顔に直撃してしまい、私は一瞬、よろけてしまいました。


 その一瞬の隙に、蓮桜の強烈な蹴りが、鳩尾に深くめり込み、私は血反吐を吐きながら、岩壁に強く叩きつけられてしまいました。


「ロキ!!」


 まるで、ハンマーで殴られたかの様な衝撃に、前のめりで倒れ込む私に、アリーシャさんが駆けつけました。


「……残念だ。もう少し、やれるかと思ったのだがな。」


「ぐっ……!」


 今まで、大剣の重さに負けない様にと、素早い敵に対しても、迅速に剣を振るってきましたが、この蓮桜という男、今までの敵の中で、一番動きに無駄がなく、素早い!


 結界を張れない以上、せめて、剣技に力を入れなければいけないというのに……!


 同時に、バーン様の、あの言葉が脳裏によぎりました。


 ────時には、盾を捨てた方が、良い時もあるのだ。


 守護力を、攻撃力に変える……。そういう事でしょうか。しかし、どうやって……。


「……そろそろ幕引きとしよう。」


 蓮桜が、何枚もの紫光の札を、自身の周囲へと浮かび上がらせました。


「……蓮桜!もうやめてよ!!」


 すると、ライラさんが大粒の涙を流しながら、蓮桜の背中に強く訴えかけました。


「……お嬢。オレは、あなたの為ならば、何だってやる。……そう誓ったんだ。」


 蓮桜は、ライラさんに振り返らずに、そう言うと、私へと手刀を向け、紫光の札を一斉に飛ばしてきました。


「ぐっ…………!」


 早く、避けなければ!


 そう思いながら無理矢理、身体を起こそうとした、その時でした。


「ア、アリー……シャ、さん……!」


 アリーシャさんが、小さな身体を震わせながら、両手を広げ、私を護るように立ちはだかっているのです。


 紫光の札は、そんなアリーシャさんの、目と鼻の先まで迫っていました。


「アリーシャさん!!」


 私は、痛みを忘れ、大声で叫ぶと、アリーシャさんへと手を伸ばしました。


 その時、再びバーン様の言葉がよぎりました。


 ────いつか、お前が心の底から誰かを守りたいと願えば、その神器は、必ずや、お前の中の光に応えてくれるであろう。


 護りたい!!


 光の神器よ!今こそ、私に、アリーシャさんを護る為の力を!!


 そう切望しながら、瞬時に両手で大剣を携え、力強く振るわせました。


 その時、大剣から、神々しい光が放たれました。


「何っ!?」


 蓮桜の驚く声と共に、バラバラに切り裂かれた札は、闇の霧と化し、静かに消え去りました。


 私自身も、何が起こったのか、分かりませんでした。


「……ロ、ロキ。その剣は……?」


 その時、アリーシャさんが、私の手元に、恐る恐る指をさしながら、尋ねてきました。


「……これは。」


 私自身も、正直、驚いています。


 何故なら、巨大で重々しかった大剣が、神々しい光を放つ、ロングソードへと変化しているのですから。しかも、まるで、羽を握っているのかと錯覚してしまうほどに、軽いのです!


「……成る程。あれが、攻撃に特化した、光の神器のもう一つの姿か。」


 顔を上げた先では、蓮桜がフッと、口元に笑みを浮かべながら、紫光の札を2枚、具現化させていました。


「……今度こそ、ガッカリさせるなよ。」


 そう言うと、2枚の札を、自身の両手の甲に貼り付け、まるで手甲剣の様にすると、身構えました。


「……ええ。臨むところです。」


 私も、光り輝く剣を構えながら、目の前の宿敵に、そう返事すると、冷静ながらも強い闘志を込めた目で、真っ直ぐと見据えました。

 

 


 

 


 


 




 


 



 



 


 


 

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