第56話 “護る”こと (アリーシャ視点)
紫光の札を、両手両足に貼り付け、まるで手甲剣の様にして構える蓮桜と、神の光を放つ剣を構えるロキが、互いに、じりじりと睨み合っている。
何がどうなってるんだか、さっぱりだけど、ロキの神器からは、強いオーラを感じるわ。
ロキは、息を呑む私に、顔だけで振り返ると、優しく微笑んだ。
「アリーシャさんは、ライラさんの傍に居てあげて下さい。」
ライラは、地面に座り込んで、涙を流し続けている。
「……分かったわ。」
私は、ロキに頷くと、ライラの元へと駆けつけた。
「……フン、こんな時でも、お嬢の心配をするとは。随分と余裕ではないか。」
「……あなたは、ライラさんが泣いているのに、何とも思わないのですか?先程、仰っていましたよね?ライラさんを護る為なら、何でもすると。ライラさんを泣かせる事が、本当に護る事に繋がるとでも?」
「……っ、黙れ!!!」
蓮桜は、鬼気迫る声で、そう叫ぶと、一気にロキに間合いを詰め、素早く手甲剣で切り裂こうとしている。私の目でも、ほとんど追いつけないわ!
「フッ!」
しかし、ロキは、短く息を吐きながら、あの光る剣で、素早く4枚の闇の刃を弾き返している。しかも、たった1振りで!
それに、両者共、全く太刀筋が見えないわ!こんなの、初めて見るわ!
「すごい……!」
思わず見惚れてしまい、まるで息を吐くかの様に、自然とそう呟いてしまった。
隣にいるライラも、目を丸くしながら、光と闇のぶつかり合いを見つめている。
「フンッ!」
蓮桜が、器用に身体を捻らせ、至近距離で縦状の回転斬りを繰り出そうとしている
「ロキ!」
私が叫ぶのと同時に、闇に輝く刃がロキの脳天に直撃してしまった!
「……え?」
──かと思ったら、斬られたはずのロキが、ゆらゆらと、ゆらめき、光り輝いて消えてしまった。
「何っ!?残光……だと?」
蓮桜は、そう一驚すると、ハッとして背後を振り返った。
すると、そこには、いつの間にかロキがいて、剣を振りかぶっていた。
蓮桜は、舌打ちをすると、両腕の手甲剣で受け止め、弾き返すと、ロキの身体を貫いたが、またもやロキの姿は、光の粒子となって消え去り、また別の方向から現れ、剣を振るった。
まるで、分身の様だわ。
しかし、蓮桜も負けじと、ロキの気配を辿り、何とか弾き返している様だ。
「はあっ!」
「フッ……!」
ロキの剣と蓮桜の手甲剣が、同時にお互いの頬を切り裂き、微量ながらも血が飛び散った。
両者共、背後へ飛び退くと、蓮桜は頬に流れる血を拭った手を見て、フッと笑った。
「……オレに傷を付けるとはな。少しはやるようになったじゃないか。」
そう言うと、さらに口角を上げ、ニタアッと、不気味な笑みを浮かべた。
それと同時に、蓮桜の神器が、闇色に輝き、蓮桜の身体を闇のオーラで包んだ。
「……れ、蓮桜……?」
ライラを見ると、恐怖で震えながら、涙を流していた。
そんなライラの様子を、ロキも一瞬だけ、チラッと見ると、再び蓮桜に視線を戻し、口を開いた。
「……ライラさんが、今のあなたを見て泣いていますよ。」
「オレは、どんなにお嬢に嫌われようとも、お嬢が無事に生きていてくれれば、それで良い!それが、お嬢を護る事に繋がるのだから!」
蓮桜は、そう言い終わると同時に、ロキに向かってジャンプし、刃を振るいまくった。さっきよりも、スピードが格段に上がっているわ!
「…………う。」
「は?」
「それは違うだろ!!!」
ロキが激怒すると同時に、光の神器が輝き、蓮桜にまとわりつく闇を払った。
「くっ……!眩しい……!」
蓮桜が、その眩しさに、目を背けた瞬間。
バキッ!!!
何と、ロキが、右手に拳を作り、力強く頬を殴りつけたのだ。
蓮桜は、吹っ飛ばされ、地面に倒れ込むと、驚いてロキを凝視した。
ロキは、眉間に皺を寄せ、目つきを鋭くさせながら、蓮桜を見下ろした。
「……生きていれば、それで良い?それが護る事に繋がるだ?それは違うだろうが!!」
ロキは、今までに聞いたことのない程の、怒鳴り声をあげると、蓮桜の胸ぐらを乱暴に掴みあげた。
「ライラさんは、あなたが、こんなことをするのを望んでいない!!ライラさんが、あんなに泣いている一番の理由は、あなたを想っての事だろうが!!何で分かんないんだ!!」
ロキが、敬語を忘れてまで、こんなに激怒するのは、初めてだわ。
蓮桜の瞳が、少し悲しげに揺れた気がした。
しかし、
「…………黙れ。」
そう小声で呟き、再び目つきを鋭くすると、
「黙れ!!!」
物凄い剣幕で怒鳴り声をあげながら、ロキを突き返すと、手刀を構えた。
「……そんな事は、自分でも嫌というほどに理解しているさ!!ずっと前からな!……だがな、お嬢を自由にするには、あのジジイの命令に従うしかないんだ!!」
蓮桜は、そう
すると、蓮桜の周りに、無数の暗紫色の札が現れ、それが形を変えて、真っ黒な蝶へと変化した。
「闇に堕ちろ!!!」
蓮桜が叫ぶと、それが合図かの様に、蝶が一斉にロキの身体を覆い尽くしてしまい、あっという間に、ロキの姿が全く見えなくなってしまった!
「ロキ!!!」
大声で呼びかけても、ロキの返事は返ってこない。
「……無駄だ。絶望の蝶に覆われた者は最後、心が闇に堕ち、再起不能となる。」
「そんな……!ロキ様……!」
泣きじゃくるライラに、蓮桜は、静かに歩み寄ってきた。
私は、咄嗟に履いていたハイヒールを、蓮桜に向かって飛ばしたが、蓮桜は頭を少し傾けて、避けてしまった。
「……お前も、あの男の様に、殺されたいのか?」
「……ロキは、殺されないわ。あんたみたいなデリカシーがないやつに、殺されるわけがないわ!」
「……何だと?」
「女の子の心はね、繊細なのよ!それをあんたは、身体は護っても、ライラの心の傷を広げる様な事ばっかりして!それって、本当の意味で護っていないのよ!このドアホ!!」
「……このガキ。」
──蓮桜が、手を上げた瞬間。
突然、蓮桜の背後から、眩しい光が放たれた。
蓮桜が驚いて振り返ると、そこには、大量の黒い蝶が、光の粒子となって消え去っていた。
「なっ……!」
驚いたのも束の間、すぐに何かに気が付き、天井を見上げると、そこには、神々しい光の剣を振り上げ、蓮桜に向かって落ちてくるロキがいた。
黄金の満月に照らされたロキの背中には、同色に輝く天使の羽が生えている様に見えた。
「はあっ!!!」
そして、闇を切り裂く光の刃は、蓮桜の左肩に命中した。
「ぐはっ…………!!」
よく見ると、ロキは、剣の腹で蓮桜に当てたみたい。
それでも威力は凄まじく、蓮桜を中心とした地面は大きく凹み、蓮桜はそこへ膝から崩れ落ち、倒れた。
蓮桜は、左肩が外れたようで、苦しそうに肩をおさえながらも、ロキを睨んだ。
「な、なぜ……。トドメを、ささないんだ……!」
「蓮桜!!」
その時、ライラが、蓮桜へと駆け寄り、泣きついた。
「……私は、今度こそ、ライラさんとアリーシャさんを護ると誓いました。それは、身体だけではなく、心もです。あなたが死んでしまえば、ライラさんは、永久に悲しんでしまう。それでは、護りきったとは言い切れないのですよ。」
蓮桜は、それを聞くと、悲しげに瞳を揺らし、涙を流し続けるライラをじっと見つめると、やがて右手で優しく涙を拭った。
「……お嬢。」
「蓮桜……!」
ロキは、そんな二人を見て、ようやく一息吐くと、私の元へと歩いてきた。
「ロキ……。」
そして、私の目線に合わせる様にしてしゃがむと、優しげに微笑み、頭を撫でた。
「……助けに来るのが、遅くなってしまい、すみません。」
「べ、別に、1日2日ぐらい、どうってことなかったわよ。全然へっちゃらよ!」
「……本当に、よく頑張りましたね。」
その、たった一言を聞いた瞬間、今まで張り詰めていた緊張の糸が、プツンと音をたてて、切れた様な気がした。
そして、今まで我慢していた想いが、一気に溢れ出し、ついにはロキの胸に泣きついてしまった。
「うっ……、ううっ…………!」
本当は、どうしようもないぐらいに、怖かった。
それでも、あんなジジイに負けたくなかった。ライラも居たから、ずっと泣くのを、我慢していた。
「うわあああああああああんっ!!」
ついには、いつの日以来か、大声をあげて泣きじゃくってしまった。
ロキは、母さんの様に、そっと優しく頭を撫でたり、背中をポンポンと叩いてくれた。
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